ラストアイドルキルズミー
長月 有樹
第1話 仮に二話を書くことがあったら読み直します
奇跡が誰にだって一度は起きるのだとしたら、私にとってのそれは今なのでは?と緑山春花は思った。
全国展開されているコーヒーチェーンの二階の喫煙席のガラス側の席でその奇跡は起きていた。
春花はアイドルオタクだ。と言っても好きなアイドルは男性のイケメンではなく可愛い女の子達が歌って踊る。女性アイドルのオタクだ。
輝いてる。幼い幼稚園の低学年の頃、テレビに映る少女達が光っていて、眩しさを感じた。それから彼女たちアイドルの虜になっていた。
言葉の通り、心を奪われていた。朝も昼も夜も考えている事はアイドルの事ばかり。それが365日のほぼほぼそれで脳内を占めていた。
アイドルは私に輝きを与えてくれた。だから彼女たちの事を考えなければ失礼ではないか。とかなり一般的な考え方とは逸れたモノを春花は持ちあわせていた。
シンプルに何の忖度を無くすとヤバいアイドルオタク女。
ソレが春花を形容するのに適しており、実際春花は彼女には届いてなかったが周りの人間からはそう言われていた。家族も友人も彼氏も。小学生、中学生、高校生の頃も。そして大学二年生となり成人した今でも周りからは影言われ続けた。
そんな春花は奇跡を確信したのは、何故か。それは向かいに座っている少女が理由だ。
少女は単体だと丸いオシャレなのか野暮ったいのか分からない眼鏡をつけており、さらさらと手入れの行き届いた黒いロングヘアー。高校の制服を着ていた。
春香はその少女を知っていた。
「RION……ちゃん?」と今対面してる少女の名前を春香は言う。
「えぇ。久しぶりにその名前を言われました。本名は、青木李衣菜申します。」
と少女がまるで聞かれ慣れているのか、春花の問いにさらっと肯定し、次の言葉を喋ろうとすると──
「本当に!?あののっぺらぼっちゃんのRIONちゃん!?ぇえええ!?ウッソー!!!マジでマジのマジなの!?うっわーーー!!!!へぇこんなことあるんだ!!ぇえヤバァ」
興奮が抑えきれなかったというより抑えなんかいらず為すがまま身体全身から発奮される感情を爆発させて、店の喫煙席全体を揺るがせる叫びを響かせた。
それをダイレクトに受けたRIONこと青木李衣菜は鼓膜を守るため、耳で手をでおさえながら「痛っ」と漏らした。
周りの人が春花達に視線が注がれているのに気づき声のボリュームをおさえながら
「ごっごめんなさい、けど本当にのっぺらぼっちゃんのRIONちゃん??ううん。私が間違える訳ない。うわぁ本当に生RIONちゃんかぁ。あっ!私行ったよ、ラストライブのドントフォーゲットミーの前でRIONちゃんとあずみんが泣くのを堪えながらそっと肩を寄せ合うの。私生で見てたんだぁ……あれはあ、良かったなあ。」
段々と抑えてた心のコンロのつまみが再び回して着火しそうになるのを「あのそのRIONです……いいですか?本題に入って」と李衣菜は制した。
「あ、すみません。オタの悪いところでちゃった」
と謝る春花だが。内心は自分が数いるアイドルグループの中でも1番ハマった五人組のアイドル、のっぺらぼっちゃんのセンターRIONが自分と席を向かい合っている事実に高揚を隠せなかった。
のっぺらぼっちゃん。三年前に解散したアイドルグループ。人気はそこまで無かったが、生のライブでのダンスパフォーマンスとロックテイストの曲調が一部のアイドルオタクだけでなく、音楽ファンまで届いていた。知る人は当たり前に知っている、けれどもコアなファンで支えているアイドルグループであった。
李衣菜は落ち着いた春花を見て、ブラックのアイスコーヒーを少し喉を通して調子を整えた。
(好きなたべものでアイスコーヒー。書いてあった通り、やはりRION!?)と内心春花は思っていたが。
「今日、こうやってわざわざ面会を頂いた事は私の昔話をしに来た訳ではありません」
李衣菜は真剣な面持ちで春花に言葉を向け始める。
そう、私はRIONに会いに来た訳ではない。
けどよりによってきた相手がRIONって、こんな奇跡って──。
「緑山春花さん何故、白い奇跡の斜塔の神言を無視したのですか」
冷たい目を李衣菜は春花に向けた。
テーブルの上にある二つのアイスコーヒーのグラスは汗をかき、テーブルに水滴を浮かべていた。
「………………………………………………」
長い沈黙。春花を顔をうつむいてさっきは先程までの興奮は消え去っていた。
白い奇跡の斜塔。それは正しき神が人々に正しきチカラを与えて進化を促す事を名目にしたグループであった。所謂、新興宗教に春花は加入しており、そのグループの幹部が神言を無視した春花に対して幹部が面談があると言われていた。
その幹部がRIONだなんて想像もつかなかった。
自分がこの白い奇跡の斜塔に入るきっかけが来るとは思わなかった。
春花が言われた神言とは殺人以外の何ものでもなかった。具体的に言うと組織に不都合がある政治家宅へ行き一家を殺すこと、その実行グループに春花はいた。
春花はあることがきっかけでこの新興宗教に深くのめり込んだ。心がぽっかりと空洞になっているときにそれをチャンスとばかりに色々な体験をして。気づけば唯一で絶対の神は、白い奇跡の斜塔の教祖、それになっていた。
そんな重度の信心深さであった春花もできなかった。人を殺して良いなんて、流石に信じることは出来なかった。
「何で……出来なかったんですか。緑山春花さん。神を信じることは出来なかったのですか。」
そしてそれを気づかせてくれたのがよりによって……。
あっ……RIONだけどRIONじゃないと。俯きがちに目線を上げて、相手の表情をみた春花はそう感じた。
切り裂くような鋭い視線。それはアイドルの時に見せていた泣いて、笑って、叫んで、愛を、叫んでいた。グループの仲間もファンに対しても分け隔てなくひまわりのような笑顔で幸せにしていった。
そんなRIONがしているとは想像する事が出来なかった。
怖い。けれども美しいと春花は思った。
だから腹がたった。あんたのせいなんだと。
「私が白い奇跡の斜塔に入会したのはのっぺらぼっちゃんが解散したからです」
「………はい?」
予想をしてなかった言葉だったので、李衣菜はきょとんとする。
春花は言葉を続ける。
「さっきのヤバいアイドルオタク女ぶりで分かったと思うんですけど、私はアイドルがめちゃくちゃ好きなんです。生きがい……いや生きるために必要なモノだったんです」
俯いてた顔を上げて、春花は李衣菜へと視線を結ばせる。
「その中でものっぺらぼっちゃんは私の中で輝きを与えてくれる。一番だったんです」
「……………」
李衣菜は特に顔色を変えなかった。が頬は少し朱を帯びていた。
「別に私は人生が辛かった事なんてこれっぽちもありません。普通の家庭、普通の家族、普通の学校、普通の友達、普通の彼氏、何より私自身が何一つ持ってるモノなんてない普通の女」
声に力が帯びる。春花は続ける。
「普通の学生生活や普通の恋をして、普通の毎日がある。たまに幸せを感じたり、たまに落ち込んだりした普通の毎日……けど」
けど。そうだ。だからこそ。それは──
「辛いんです。ただ普通の何も無い日々が辛かったのです。どんなに楽しい事があっても。感じてしまうんです。あー辛いなって」
「………それは甘えてる」
李衣菜は顔色を変えず、感じたこと。あるいは事実を春花に伝える。しかし春花は止まらない。
カランとグラスの中の氷が溶け音を立てた。
「そうなのかもしれません。甘えてるのかもしれません。もっと辛いことが世界には沢山あって、苦しんでる人がいるのかもしれません」
「けど………」
「私のこの辛いって気持ちは私だけのモノです。理解なんかされなくたっていい。けどこの辛いって気持ちは私だけのもので、他の誰にも渡しません!」
少しの涙が春花の頬を伝った。
確かにそうかもしれない。と李衣菜は向かいの相手に届かないくらいの小声で呟いた。それは心の声が漏れて出てきてしまったかのような。
「そんな私が出会ったんです。輝きと彩りと幸せを感じるモノ──アイドルに。そしてのっぺらぼっちゃんを知ってしまったんです。そしたら変わったんです。モノクロの世界が急に眩しくなったのです。」
コーヒーの氷は溶けて水嵩が増し、薄くなっていた。
「のっぺらぼっちゃんの女の子達は輝いてる。あずみん。しーな。Poん子。林檎……そしてRION。赤、黄、緑、桃、青のカラフルな衣装で懸命にステージで歌って踊るあなたたちが眩しかった。幸せだった」
春花の瞳にはハートと星が散りばめられてる。それくらい輝いてる。しかし闇がさす。
「けど一生続くアイドルなんて無いようにのっぺらぼっちゃんはもういない。そしたら私はまたがらんどうな空洞が私の中にまた出来た。」
それから春花は言葉を続ける。空洞で何も無くてまた辛い毎日がやってきた。アイドルものっぺらぼっちゃんが解散してからどうもそれに輝きを感じられ無くなった。それを埋めてくれた、埋められてしまったのが白い奇跡の斜塔であった。
白い奇跡の斜塔は、春花が最初に入会した。気づけば家族や友人にもその手が迫り、春花の周りは信者になっていた。信じ続けた。だから気づけば春花の家庭は家族ぐるみで金を絞り取られた。家族の絆は、いつの間にか組織を信じることでしか繋がる事ができないと不安定で歪なモノになっていた。
そんな時に白い奇跡の斜塔から政治家の殺人を春花達、家族に言い渡される。そして春花はそこから逃げた。
「何で……逃げたの?」と李衣菜は尋ねる。鋭い気配は、気持ち少し落ちてる?と春花は感じたこと。
「あなたです」
「………はい?」
「正確には貴方ではないかもしれません。のっぺらぼっちゃんのRIONが言ってました、殺しはいけないと」
「…………それって……」
薄くなったコーヒーを二、三口喉を通して、春花は言う。
「ごめんなさいになっちゃうかもしれません。あなたの……RIONの家族は殺されました。それがのっぺらぼっちゃん解散の理由とネットでも当時言われてました」
悲しみを春花は隠しきれなかった。李衣菜は冷たい何かを感じるだけで表情が無かった。
「そんな渦中の時にRIONはブログで書いてました」
『人を殺すなんて悲しすぎる。絶対にしちゃ駄目だよ、そんなこと。私は悲しい気持ちの人を、何より私自身を笑顔にさせるためこれからもアイドルを続けます』
そのメッセージと一緒に笑顔の李衣菜の写真が記事には添付されていた。ファンは必死に応援しようとしていたが、ネットの大勢は不謹慎、信じられない等、家族が殺されて傷ついてるであろうRIONの心を容赦なく切り裂いた。
「あの夜……私は人を殺すためバールを手に持っていた。そしてもう戻れないところまで来てしまったと確信していた。最後に昔好きだったものはなんだろうとずっと聴いてなかった……ううん目を背けていたのっぺらぼっちゃんのラストシングルを聴いた」
曲名はラストアイドルキルズミー。
壊れるくらいに傷つけて。
傷をつけられるくらいがちょうどいい。
私にとって愛はあなたを殺すこと。
あなたの心を体を壊して、私だけのカタチしたい。
ラストアイドルキルズミー。
その曲は、当時のRIONの状況も鑑みて話題になり、最後で初めての100万枚を突破した。そして世間ののっぺらぼっちゃん叩きは加速した。
「その曲を聴いて思い出したの。RIONのブログを。私を救ってくれてた人の言葉を。だから私は家族を振り払って逃げ出した」
「だから」
「許せない!!何でよりによって……よりによって私を救ってくれてたあなたが、私を止めてくれたあなたが私を断罪する事を。許せない。許さない。何で……あなたなのRION?」
店内の客が再び私たちに視線を集中させるがそんなの知るもんか。と両の眼から涙が流れる事が止まらず。けれども瞳には強い意志を携えて、春花は李衣菜を見つめ睨む。怒りだ。
李衣菜は丸眼鏡を外して机に置く。そして春花の怒りと交錯させる。
透き通った目で、何もかもを把握しているような。そして何もかも否定するような。冷たい目で。
春花は固定された。怒りを。睨む眼差しを。震える唇を。まるで体全体を氷で覆われたような、そんなイメージが湧いてきた。
時計の針が止まってしまったかのような静寂をぶち破れったのは梨衣菜。
「ありがとう。って言っちゃいけないするけど。やっぱり言いたいから言う。ありがとう」
何を!!と激情をぶつけるところのはずができない。春花の時間はまだ止まっていた。そう自身で感じて、ただ怒りの目線を梨衣菜にぶつけていた。
理知菜が言葉を続ける。
「……ありがとう。私たちを。のっぺらぼっちゃんを。私を。RIONを愛してくれていて」
頬を優しく伝う涙。
流したのは梨衣菜だった。
「こんなにも想っていてくれて。ありがとう」
梨衣菜の冷たさを感じていたオーラは、気づいたら空に溶けていった。その顔に浮かぶのは嬉しさと──悲しさ?
涙でぐしゃぐしゃになる梨衣菜。
──いやちがう。コレは。
「けどゴメンね。裏切っちゃって」
梨衣菜が涙で化粧が落ちて、剥がれて、覗かせたものは、弱さと──
「私は殺しちゃってるの、人を」
──後悔
──そして懺悔だった。
顔を歪めて苦しみながらも言葉を吐き出そうとしてる梨衣菜はRIONだった。
RIONが泣いてる所なんて見たこと無かった。
いつも一生懸命でいつも笑顔でいつも私に笑顔をくれていた。
けど──と気づけば春花もぼたぼたと涙を溢していた。
けど。涙の奥にある瞳の輝きは紛れもない。私の大好きなのっぺらぼっちゃんのRIONだ。その事に春花は心が震わされていた。
「もう。お願いだから泣かないで。お願い。ねぇRION」
たどたどしく春花は必死に言葉を紡ぐ。怒りは消えていた。
「そんなの無理だよ」と弱々しく返す梨衣菜を見ているのが辛かった。
それよりも止めたかった、何よりも。
「私が見たいのは、そんな顔じゃない。そんな辛そうなRIONじゃない」
ラストアイドルキルズミー 長月 有樹 @fukulama
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