第4話 服を着る場面
四話 服を着る場面
空気が、震える。
空間が、揺れる。
そこは闇というよりは「無」で。
底は――無というよりは無限。
無限にして夢幻。
対峙するは魔の結晶にして負の
退治するは――地球を滅ぼした、この私。
――
私はもう一度、感覚を切る。センサーで「空気がどう」で「肌にうけている刺激がどう」なのかはわかっているのだが、それは五感的ではなく、機械的に、情報として得ているのであって、すなわち「痛い」という感覚はないが、「これは××くらいの痛みと同程度のダメージを受けている」という情報をリアルタイムで得ているし、「寒い」とは感じないが「気温水温は×度でこれは肌の感覚を失うレヴェル」だという情報を直観的に得ている、ということだ。
……わかりにくかっただろうか。どうしても、「感覚」の話を論理立てて説明しようとしても、言葉ばかり増えて肝心の部分が伝わっていないことが多い気はする。
――まるでレールのポイントを切り替えるように。
感覚を切ったのは、温かかったお風呂から強制的にあがらされて湯冷めを避けるのと、やはりこの城の、それに地下空間であるこの大浴場は、ひどく寒かったからだ。
足下は、高さでいえば太腿くらいまで、隣にいるメイドの魔術的液体――『物見の液体』で浸されていて、それによってこの地下空間、大浴場の床は透明化されていた。
この地下空間の底の底――遠近感がおかしくなりそうなほど巨大な、鎖に繋がれ、漆黒のオーラを放つそれは。
口元に二本の、黒光りする反り立った牙。
「イノシシ――この世界の生態系にもいるのか」
私の問いに、隣のメイドが回答する。
「そちらにもいるのですか? 魔獣の殆どが牙をもち、その牙から大気中の魔力を収集して魔術を使います。使う魔術、溜め込んだ魔力によって、大きいものだとあそこまで大きくなります」
「なるほど。牙はアンテナ、というわけか」
「……なんとおっしゃいましたか?」
「『アンテナ』」
「もう少しゆっくり?」
どうやら存在しない単語のようだ。代替する言葉が存在しないため、私が発した「アンテナ」という
「で、どうやったら斃せる?」
「私たちと……私たちと同じです」言いながら、少し、私に殺された同僚のことを思ったのだろうか。言葉に一瞬詰まったようだった、「首を刎ねる、
「ん……お前たちも魔力が無くなったら死ぬのか?」
「……」
「都合が悪いと黙るのやめない?」
「……そうですね。基本的に吸気と一緒に入ってくるので、それが原因で死ぬときは、窒息することとほぼ同義です」
「ふーん……」
まあいい。オーケー。うんうん。
「とりあえず、この水を引いてくれない? 中に入りたくない」
「ですが、彼ら魔獣は幻術を使って巧みに自身を守るのです。この『液体』がそれを防ぎます」
「……」
……結局私は、彼女を信用できないのだ。
メイドたち七人を殺した女と、たとえ召喚された強力な存在だったとしても、こうして協力関係を築こうとする彼女たち。意図が読めない。否、可能性が多すぎるし、確定させるには材料が乏しい。
『自分の考えた正しいと得心できるまで、口外せずに熟慮する』
決心する。
左手で――彼の〝
触れた瞬間、この液体魔術を理解する、『わかってしまうのだから、しょうがない』と古泉くんが言うように、まるで啓示のように――直観的に。
「ぐっる」は「魔のような鬼のような、しかし悪ではない概念であり、大気に溢れる自然的な力」。今後もう「魔」と訳すことにしよう。「しゃい」は「包む、とか袋、に加えて元々『我々を包み込む世界そのもの』を意味する言葉」。
というわけで、「ぐっるしゃい」という体内の器官については『
……堅いな〜文章。まるで哲学者が、誤解なく伝えようと文章を著しているときのようだ。
このメイドの魔術を〝追従〟で触れてわかったことがある。
……復讐のために――もとい、復習のために言っておくと、〝追従〟は「一度触れた能力を劣化コピーする能力」だ。それ故の〝
逆説的に、触れた能力を直観的に理解できる能力、と言える。
この隣のメイド、私がブチ殺した七人のメイドとは、魔力の量が段違いだ。光弾によって攻撃してきたメイド、剣術で攻撃してきたメイド、血液を垂らしてきたメイド。この水量――流量の魔術を行使できるこのメイドとは比べ物にならない。
「……いい加減識別するために、名前を教えてくれないか?」
「ちゃんと伝わるかわかりませんが」
そう言って彼女が告げた名。
「ウィエウスー・メイィシャイ」
「女神……」
「あ、伝わりましたか?」
「どういう意味でその姓なの?」
ウィエウスーと名乗ったメイドの少女――と女性の過渡期にあるその女性は、一瞬悩んだようだが、名乗ってしまった以上、そして伝わってしまった以上、説明する他ないと悟ったのだろう。
今度黙秘したら首を刎ねようと思っていたので、英断だっただろう。
「……侍従の一部は、女王様の親族なのです」
「じゃあ女王様も……女王様か」
やはりメイド長が「侍従長」と翻訳された段階でそうだと思っていたが。
この肉体になった少女は、お嬢様にして王女様――ではなく、女王。
「はい。女王様の名は『スウィィエウスー・メイィシャイ』」
太陽の女神。
「私は傍系ですが、それでもその辺の人間よりは魔術や魔力量が上です」
「ふーん」
ま、いいや。今は措いておこう。
このウィエウスーの魔術、人体に基本的に影響はなさそうだ。当然と言えば当然で、『観察』対象に『観察』していることの影響がすぐに現れれば、『観察』していることがバレてしまう。この液体に触れている人間は、幻術の影響をゼロ、或いはノンアルコールだと言えるほどのアルコール量、くらいにしか受けないようになる。
「このまま泳いで下っていけば、床を破壊せずに抜けてあの広い地下空間に行けます」
「それで魔術を解けば私を閉じ込められる?」
「……」
私の剣が彼女の首、喉仏を襲う。音もなく。
音もなく、彼女はその剣を自身の剣で防いでいた。
「!」
二人の力は拮抗していた。
「お前……直系だろ?」
「……」
「女王だった少女と歳も近いように見える。姉妹か何かか?」
「……」
お互いの剣が金属だったら、ぎゃりぎゃりとそれ同士が削れ合う音がするのだろうけれど。
水の剣。
いや、私の世界の「水」に似ているだけで全く別の物質かもしれないが(さっき触れた感じは同じように思えた)、青い光を透過して、海のように深い色をしていた。密度がとても濃い。ウォーターカッターのそれとは違う、ただただ、深海の水のように強固な塊。
いつの間にか周囲の水――液体魔術は消滅していて。
どうやらそれでできているようだった。
「……」
一瞬だ。いや一瞬もない時間。あの液体魔術が消滅してあの剣に変わるところを確認できなかった。
「あなたがたの世界ではどうかわかりませんが」とウィエウスーは口を開く、「この世界では『どこかに存在しうるものはここにも存在しうる』のです。徒歩で移動すると一メートル先に行けるように、『魔放』を使えば『そこにあったものをここに』移動させることができます。『それがここに存在できる条件が揃っているのであれば』」
「……なるほど」
元の世界の――私の世界では。
宿敵の吸血鬼が〝時空間操作〟で空間を超えて〝転移〟するとき、それはただ超越的な力で行われていた。
しかしウィエウスーが行使した今の『魔放』は違う。「魔術」というよりは「科学」に近い。
言葉で非常に説明しづらいが……。私が理解しているこの科学的な転移の原理は、『ぼくらの』でコエムシが説明しているのがとてもシンプルでわかりやすい。
つまりは、世界は小さい粒で構成されていて、「今私がここにいる状態」というのは、その小さい粒が「『私』という性質を表示している状態」ということ。まるで野球場のバックスクリーンが、指定された部分が指定された色で点灯することによって、選手の顔写真を表示するように。それが三次元の実体で行われるというわけだ。
……わかりにくい?
「まあ基本それができるのは、『魔放』で放たれた魔力だけなのですが」
「それにしてもだよ」
これでは、彼女を後目にこの魔獣と戦うのはリスクが高い。普通に後ろから切られかねない。
「共闘するというのではいかかでしょうか?」
「……」
一考し、私はひとまず
話が進まない――結局、この魔獣は倒して、魔力を少しは貯蔵しておいた方がいいことは確かだ。ウィエウスーが裏切るようであれば、全力で彼女を殺しにいくしかない。
「そうしよう」
言いながら私は小ジャンプののち〝
ガラガラと床が、逆に言えばこの空間の天井が私一人分崩れる。
広い。思ったより広い、その地下空間。
その中心に、イノシシはいた。
「……大きいな」
遠近感がおかしくなる。さっき言ったけど。飛行している私のすぐ目の前にその巨大な姿が存在するのに、まるでピントが合わない、老眼の前の新聞のように。
「すでに幻術にかかり始めています。お気をつけください」
結果的にウィエウスーが液体魔術を解いた影響なのだろうが。
そのとき。
ぱきん。
板チョコが割れるような軽い音とともに、そのイノシシを繋いでいた鎖が砕け散った。
「……!」
計算尽くか――
即座にこちらに跳びかかってくる。
仕方がないので〝天叢雲〟を構え
『能力は――その人の心に抱えた願望とか不安とか恐怖とか、そういったものが発現するものなんだよ』
彼の声がする。
『どうしてそんなこともできないの?!』
目の前で仁王立ちするその女は、ヒステリックに金切り声を上げた。
『そんなに怒ることないじゃないか』
と父親が言っても、
『あなたが口を挟まないで! ろくに給料貰ってないのに!』
斜め上に八つ当たりされて、けれど彼にはぐさりとくるようで、その女に何も言い返せない。
その女は、私の母親だった女だ。
いつだったか、母親が自分の本当の母親ではないのではないかと――小学校高学年の頃、そういった知識を得だす時期にちらりと思ったことがあったけれど、そんなことをそんな歳で確認できる筈もなく、ただ、恐らく単純に母親がそういう性格なだけで、両親と自分は一親等の自然血族だろうと、次第に思うようになって結局、そのまま。
思い返すことができる小さい頃の記憶は、「いつも母親に怒られてばかりだった」というものが殆どだ。
楽しかった記憶なんてなかったけれど――
――小学校低学年のとき、テストで百点を取って珍しく褒められたことがあった。
……けれどそれ以降、たとえ九十五点を取っても怒られるようになってしまった。
『成績が落ちてるじゃない!』
いつの間にか、何をどうしても、屁理屈をこねるように、揚げ足を取るように、その女は怒声を上げるようになってしまった――その理不尽に、私は固く心を閉じた。
まるで〝機械〟のように――何も感じないような心に。
――感情が煩わしい。
私は教室に立っていた。通い慣れた高校の教室。
陽射しの角度や光の加減からして、どうやら朝のようだ。
しん、と体の芯にまで感じられるこの空気の冷たさは、どうやら季節のせいだけではないらしい。
『おはよう赤井さん』
少し頭と尻が軽そうな女が挨拶をしてくる。
『……』
彼女をガン無視して視線鋭く周囲を確認する。
見覚えのある顔。見覚えのある顔たち。
菊が生けられた花瓶が、私が一番近くにいる席、要するに後方扉から一番近くにあった席一つに置かれていて、その机には誰かが思いつく限りの罵倒が油性マジックや彫刻刀で書かれたり掘られたりしていた。
私の席だ。
朝のホームルーム開始前なのか、見慣れた生徒たちがいる。
『……』
『おはよう委員長。よく学校に来れたね』
さっきの尻軽のすぐ後ろにいた、そばかすだらけで恐らく髪を多少脱色しているような細目でスカートが無駄に短いブスが、更に後ろに二人ほど同様のブスを連れてくすくすと笑う。
『はあ』
一つ――息を吐く。
『今日もよろしくね――』
そう言ったそのグループのデブが、その場で全身を強く打って間もなく死亡した。
『はあ』
教室は血に塗れる。後を追うように他の三人も全身を強く打って間もなく死亡した。
『……』
私が殺害した。
『やだー、まだあの子来てるよ』
教室の中の他の場所にいた人間が言う――その惨状を認識していないかのように無視して。
私を横目にくすくす笑いながら陰でない陰口を叩く。
『あのガリ勉ブスまた来てるとかまじ笑えるんだけど』
『なにしてんの? あいつ。委員長のくせにあの性格はないよね』
『そうそう、何あの澄ました態度。絶対私たちのこと見下してるよね』
『うわ、こっち見た』
『あいつがああして教室にいるだけで空気が悪くなるし』
『なんであいつ私たちのこと無視すんの』
それらに回答することは全てが無駄だった。
回答すれば必ず報復が待っているから。
物を隠すのは当たり前。
誰かの何かが壊されたのを私のせいにされ、目撃者が現れ、容疑者から被告人になる。母親から叱責され、母親とともに教師と相手生徒、それに相手生徒の両親に謝罪しに行く。そこでも叱責される。男子生徒から校舎裏で暴行を受ける――性的なそれではなくて本当によかったと、今は思う。逆に言うと、当時はそんなことさえ考えられないほど疲弊していた。
神に感謝さえしている――神に出会ってしまった、いまの私は。
小学校の――三年生からだろうか。
ずっとだ。
ずっと。
「もっと昔に、今の私のような力があればなあ」
世界を滅ぼさずに済んだと言うのに。
「教室――いや街ひとつぐらいかな」
きっと――きっと。
春風どれみちゃんみたいな女の子がクラスにいたのなら。
『それは間違ってるよ!』『どうしてゆうきちゃんばっかりこんなことされるの!?』と、ちゃんと言える子にどこかで出会っていたのなら。
私の人生はもっとポジティヴで、ずっと明るかったに違いない。
助けを求める相手はどこにもおらず。
ただ真の孤独だけがそこにはあった。
「そんなことを!」
私は目の前の女子の両目に、チョキの形をした右手で殴りつける。女が苦痛に叫ぶ。ぐにゅりとした感覚とともに眼球深く指が入り込み、そのまま私は手を右に振って目から上の豆腐、もとい頭部を斬り飛ばす。
「考えても!!」
反対側にいた男子の鳩尾に左アッパーを捻り込む。その捻りに連れて皮膚を巻き込み、徐々に奥の筋肉、内蔵をみちみちと破壊していく。男が低い声で断末魔を上げ、そのまま私の拳は背中へと突き抜ける。
「後の祭りなんだよ!!」
後は――血祭りだった。
教室中が真っ赤に染まる。
あの吸血鬼なら諸手を上げて大喜びしそうなほど、鼻を刺す濃厚な鉄の匂い。
ここにいるのはあと三人。
私。
教師。
――。
後ろの黒板に磔になった教師の皮膚を、ピーラーで丁寧に剥いていく。ピーラーを皮膚に押し当てて、手前に引いていく度に、教室中に男の断末魔が響く。
「もう、いいだろう、
彼の声がする。
聴き慣れた、彼の声が。
「だからこんな世界、一緒に滅ぼそう」
目の前にいたのは。
「ハル……」
私よりほんの少し高い背。
普段学校で着ていた学ラン姿。短めの髪と、優しい笑顔。握手を求めるように、こちらに手を伸ばしてくる。
殺された筈の彼が――私の彼が。
あの冬、ただただ憎い吸血鬼に殺された筈の彼が。
いつの間にか徒手になっていた私も、彼に右手を差し出して。
「さあ――」
「そんなこと言うわけないだろ」
私は右手を――右手そのものを、その幅、その刃渡りの短刀に替える。
「ブッ殺すと、心の中で思ったなら」
目の前のそれの右手を切り刻む。切ったそばから黒い霧になって消えていく。
「な――」
「その時既に、行動は終わっているんだ」
驚愕の表情のままの首を向かって左から右に刎ね、念のため体の中心を突き刺す――鳩尾に右ストレートをうつように。
「ああああああああああああああ」
苦悶の表情を――ハルの顔が、苦しみに歪む。
脳裏に焼きつく――脳内を、焼き尽くす。
「うううううう」
視界が滲む。
なんの躊躇いもなく、ただ涙が溢れて流れ落ちてくる。
今私が抱いている感情を、目の前で自身の愛する人が亡くなったことがある人なら――それが病気や老衰であったとしても――理解してもらえるだろう。
死の間際。
ただ呼吸をすることも辛そうで。
返事をすることもままならず。
目は虚――まるで向こうを見ているように。
目の前で再び見せられているのだ――
「私たちの仲間を殺したあなたが言うのですか」
「はっ、たしかに」
いつの間にか私の隣に立つはに言われ、私はつい吹き出してしまう。
私が元の世界で、全ての罪を監視し全ての罪に罰を与える〝JKシステム〟を敷いたように。
この世全ての理不尽を排除するために――私が人類に最後の理不尽を強いたように。
私が異世界に召喚された理不尽を排除するために――その異世界に、理不尽を与える。
「ああそうだった」
と私は思い出す。
「出てこい『魔包』」
私の呪文とともに――呪文はこの世界の言葉だ――左手首に、所謂光るブレスレットが一つ現れる――黒く光る中身は、吸収した魔力なのだろう。形まで明確に想像していなかったが、最適化されたのだろうか。
そう。……忘れるところだったが、私はこのイノシシの魔力を溜めるために斃そうとしていたのだった。
「そういえば、お前たちの『魔包』はどれぐらいの魔力を貯蔵できるんだ?」
「……あまり多くはないですね。個人差はありますが」
「家系にもよると」
「……」
「喧嘩売ってるのか?」
「……はい、家系にもよります」
はい、でまた私は剣を振り下ろそうとしていた。いや振り下ろしてたわ。また水の剣で彼女に防がれていたが。腹立つ〜〜。はらたつのり〜〜。
まあ、もっと魔力を蓄積したければこのブレスレットを増やせばいいのだ。彼女たちのように体内ではなく外付けで拡張できるのは、逆にいいかもしれない。
「その一度に蓄積できる魔力量で、行使できる『魔放』のサイズや強度が変わるわけだ」
「そうです」
「じゃあなんでお前たちも、ああして魔獣たち見たく角や牙を生やさないんだ? その方が魔力の収集効率が上がりそうだが」
「……、たしかにそうですね」
明らかに、彼女は言い淀んだ。
今までの、少し私を試していた沈黙とは違う――明確に、明白に、「言いたくない」という感情が発露した
「まあ全く別の生き物ですから。私たちは、呼吸という収集効率が悪い方法を取る代わりに『魔包』に蓄積するほうに特化し、彼らは『魔包』があまり発展しなかった代わりに角などで収集能力を上げるほうに特化した、と、いう理解でいいと思いますけど」
「生意気な語尾だな」
まあ、嘘は言っていないようだが――騙ってはいないが、全てを語ってもいない、と。
「そう、これであなたは『魔放』を使えると思いますよ」
「そうか。……魔術体系は?」
「さっき私たちの世界の『魔放』の呪文を唱えていたじゃないですか」
「そう言われるとそうだが」
ウィエウスーに言ってもしょうがないが。
私の(彼の)〝追従〟は先述の通り「触れた能力」を劣化コピーする能力なのだ。
だから彼女の液体魔術の呪文は、この世界の言語で理解できたわけなのだが。
日本語に翻訳すると「私に従う大地の魔よ、我が前に放たれ万物を包み込め」。
それを応用して〝追従〟で『魔包』を作り出せた。
逆に他の『魔放』の呪文は全くわからないのだ。
たぶんだが、この世界の呪文は、文法的にはラテン語に近い。語順ではなく語形変化で主語述語などを表現する。つまり語形変化がわからないと、この世界の『魔放』は使えないのだ。
……余談だが、〝追従〟で私が召喚された魔法陣――『魔放陣』をコピーしようとしても、さっきは文字を読むことさえできなかった。いや、まだ文字は読めないのか? というかそもそも、あの『魔放陣』は、「私を召喚し終わった後の残りカス」なのであって、「私を召喚しているところの術式」ではない――つまりあの『魔放陣』を〝追従〟したが、術式そのものを〝追従〟できたわけではなかった、ということだったのか。
そりゃあ、何もわからないわけだ。
「恐らくですが」とメイドは言う、「そちらにはそちらで、きっとそちら特有の魔術があるのでしょう? 私たちには私たちのものがありますが、『観察』したところあなたのあらゆる〝能力〟は、なんであれエネルギーがあればよい、とお見受けしたのですが」
「なるほどそうか……やっぱりお前私を魔術で『観察』したんだな」
「……」
「もういいからそれ」
……私の世界の魔術。
彼女の謂いは少し違う。
〝改変〟と〝追従〟、そして〝追従〟によって使う〝祝詞〟と先ほどの『魔放』。これらの動力源というか燃料は、「私がこの異世界で殺した人間の魂のエネルギー」だ。この世界の魔力ではない――なぜならこれらの〝能力〟は、私が
対して――彼女の発言をとりあえず信じるとするならば、私が知る向こうの魔術を行使すれば、そのエネルギー源は「この世界で集めた魔力」となる筈だ。恐らく。
まあ、試しに使ってみよう。
というか私の世界の魔術の呪文、って何だったか。
『
『プルルンプルン ファミファミファ』?
「……思い出した」
嫌な記憶すぎて想起するのが遅くなったが。
私の彼を殺し、私が粉々にした吸血鬼が使っていたのが、確か私たちの世界に古来から続く魔術の一端だった筈だ。たぶん彼女も応用していたか、ただその魔術の型で――魔術を騙って、彼女の〝
まあ、今はいい。
私はこの〝天叢雲〟を――実は憧れていた、ハリポタの杖のように、軽やかに。
天に掲げて。
ひとつ。
私はシンプルに呟く。
「
全身を包む、ふんわりとした温もり。
まるで冬の晴天に、ベランダに出た時のような優しさ。
私の呪文に答えて、肉体が柔らかい光に包まれる。ぽん、とまず上半身、下半身と順に着慣れた制服――紺色の冬用セーラー服だ――が身に纏った状態で――変身ヒロインのように、現れた。
はあ、落ち着く。
この匂い、まさしく私が着慣れた制服、洗剤と柔軟剤の香り。私の魔術の
からん、と音がしたような気がして見ると、左手首のブレスレットに入っていた黒い魔力が少し減っていた――黒の濃さが、薄くなっていた。
ふむ。服を創造するのに必要なのはこれだけでいいのか。どちらにせよ、無駄遣いはしたくないところだが。
……ていうか服を着る場面ってなんだよ。
次回に続く。
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