第5話 ラスボスと対面する場面
「君は」
目の前にいるのは、立派な角を持った――少年、と思しき男性だった。
眉の辺りから生えた立派な二本の角は、左右非対称で向かって左が長く、両方とも好き勝手に螺旋を描いている。
身長は私より少し低いくらいだろうか。角を加味しなければ。
「スウィィエウスー・メイィシャイ――ではないようだね」
ほんの少しだけ残念そうに彼は言った。ほんの少しだけ。
それで結果は変わらないというかのように。
「こんにちは。ようこそ魔王城へ」
「魔王城」
とてもそうは思えない外見だったし、この部屋というにも
その魔王の玉座に腰掛けた、魔王は言う。
「よく魔王の――この僕の元にたどり着いたね。今まで誰も、ここまで来なかった」
讃える笑顔が可愛らしい少年だった。
「それで、君は誰なのかな?」
「……赤井
「日本語はわからなくてね。英語で頼むよ」
「Youkhi Akai」
……は? つい回答してしまったが。
「……そんなことがあるのか?」
「僕もそう思うよ」
一つ息を吐いて、彼は確認するように言った。
「僕も君と同じ世界から来たんだ」
――
「……城の浄水機能だったあの魔獣を、倒してしまってよかったのか?」
私は、城の地下に繋がれていた巨大な魔獣を倒してしまったわけだが。
「はい。もうあの魔獣も限界だったので。もうちゃあんと次の魔獣を捕らえてありますので」
「……」
私たちの社会でいう家畜のような感覚なのだろうか。いや、「水を綺麗にする」という意味では、微生物とか。……それだとよりその命を軽薄に扱っているような。
猪は――見た目が哺乳類だから。
より強く、不憫さを感じてしまうのかもしれない。
或いは牧場や養鶏場に行くと、今抱いている感情と同じようなそれになるのかもしれないけれど。
ズゥン
「何でしょう?!」
少しテンパった様子で、ウィエウスー・メイィシャイは天井を――何かが崩れ落ちる巨大な音がした、地上の方向を見上げる。
直系の王族である筈なのにメイド服姿の彼女は、私がこの異世界に転生してきたときに乗っ取った肉体の持ち主の侍従であった。これまでの印象だと、侍従という立場のわりにだいぶ不遜なんだが――そんな彼女が焦っている様子は、見ていて痛快だった。
「さあ。服も来たことだし上に行って様子を見るか?」
「……そうですね」
バツの悪そうに彼女は一つ咳払いして、私を先導してこの地下の大浴場から地上へと向かう。
「ひとまず橋を落として絶対防衛ラインを死守しています」
侍従長はクロスボウのような機械を構える。堀を飛び越えようと、助走をつけてこちらに向かってくる黒い猪のような魔獣を、彼女は冷静に打ち抜く――クロスボウから、光の矢が発射される。
私の『どういう状況?』という質問に侍従長は端的にそう答えたけれど、回答になっているようでなっていない。
「この城には他の入り口はありません。この城の水源は城下町の水源とは別ですので、地下水路から侵入することもない。ここを守ればそれで城の安全は保たれるはずです」
続ける彼女のその声はよく通る。というのも、周囲は異様なほど静かだから――静かに、感じられる。
城は門前を中心に激しい戦闘が繰り広げられていて、私たちがいる門前、そして城壁の上からも魔力を帯びた弓矢やクロスボウがひっきりなしに放たれている。
の、だが。
まるで、この空に音が吸われているかのように。
十メートル先で鳴き叫ぶ獣の声が、二軒隣の室内から漏れてくるTVくらいの音量しかない。
闇。
音だけでなく全ての生気を吸い込んでゆく、それは夜の暗さではなく、
「
侍従長が魔力で弓を出力しながら、少し低い声で呟く。
少なくとも――私がこの世界に召喚されてから、ずっと空を満たしているそれ。
「お前たちはこの『侵攻』に気づいていなかったのか?」
私の素朴な疑問に、彼女たちは沈黙する。
「少なくともお前たちの女王様は気付いておられたよ」
――ただし、恐らく「もう手遅れ」な段階であったであろうが。
「で。どうするのこれ」
「……」
侍従長はまた黒い鹿のような獣を弓矢で撃ち抜いて、
「あなたが街の獣たちを遊撃してください」
「は? 丸投げかよ」
「他に動ける人間がいないんだよ」
「ウィエウスーは?」
「私は結界を張り直さないといけないので。というかそもそも」
と、ウィエウスーは踵を返しながら、
「あなたは人間じゃあないでしょう」
「は?」
言い残すと、彼女はさっさと城の中へと入っていく。
つい舌打ちが漏れる。
「というか、お前たちはあれが見えていないのか?」
私にははっきり見えているのだが、どうやら侍従長にもウィエウスーにも見えていないようだった。
城下町の端。この女王の居城にしてこの国の最後の砦であるこの城の真反対。
蜃気楼のように揺らめくそれは、
「……シンデレラ」
シンデレラが住んでいそうな――或いはノイスヴァンシュタイン城のような、ファンタジーなそれの姿を、空に写していた。
街を駆ける。
道路が城の表側の門――さっき私が堀を飛び越えてきた、侍従長たちが抑えていた場所だ――に向かって放射状に、石畳の道が伸びている。
因みに城の裏側は急な斜面になっていて、簡単にはそちらから攻められないようになっているようだ。
堀を飛び越えた私は、着地したその場で目についた魔獣たち幾つかを斬り飛ばした後、真っ直ぐ城へと向かっていく。
道は真っ直ぐ続いている。
――私を誘い込むかのように。
石造りの建物、商店街、露店に並んだ野菜や果物、っぽい何か。道端で、店員らしきエプロンのような前掛けのようなものを着用した女性――この国の住人だろう――が、魔獣に。
犯されていた。
猪のようなそれは前脚で器用に彼女の両肩を仰向けに抑えて、恐怖に歪む女の顔。
すぱっ
通りすがりに猪の首を落とす。リストバンドに黒い魔力が溜まる。
――きっと。
私の世界の侵略も、最前線ではこうだったのだろう。
ただ人間の本性を現実に映す鏡。
「気持ち悪い……」
全天は、まるで恒星が生命を終えた果ての天体がそこにあるかのように。
空を支配し――この星を支配する。
「やっと着いたが」
通り道とその周囲十メートルくらいの魔獣たちは鏖にしたが、その全てがこの国の住民(であろう)女性を犯していたか犯そうとしていたか犯し終わった後だった。
私の魔力蓄積用ブレスレットは、ひとつ満タンになるとまたひとつ現れる、といった具合で、ここまで魔獣を殺して回収した魔力は三つ目のそれを満たすところだった。
それに加えて。
「……やはりそうなのか」
私の眼鏡の
やはりノイスヴァンシュタイン城は空に投影された立体映像で、目の前にある「魔王城」は、
「戦国時代か」
戦国時代の本陣のように、白い布で正方形に囲まれた空間。
その中心には、そんな吹き曝しの空間には全く似つかわしくない、まさしく玉座というべき絢爛豪華な背凭れの高い、真っ赤な椅子。
少年、としか表現できないほど――私より歳下にしか見えない男性が、足を組み、その膝に頬杖を突いてこちらを見つめている。
黒のカッターシャツに、黒のスキニージーンズ。バックルまで黒のベルト。黒の革手袋。
童顔で、笑うときっと可愛らしいと思われるのだが、その感情を持ち合わせていないかのような悲しい目と凝り固まった表情筋。
「どうやらこの世界の流行みたいだよ、これ」
「この防御力皆無のこれが?」
違和感。そのせいで同じ指示代名詞を二回言ってしまった。
「上に映し出した城と一緒だよ。見た目で判断してはいけない」
「ふぅん」
まあたしかに? 風通しがよくて住み心地はいいのかもしれない。
「ははっ。それがね、なかなかどうして、魔術効率がいいんだよ」
「ああ、なるほどね」
話を広げる気の全くない相槌を打つ。もう違和感で吐き気がするほどで、話どころではなかった。
「よく魔王の――この僕の元にたどり着いたね。今まで誰もここまで来なかった」
やっと。
それが何の違和感だったのか――わかった。
「英語で話してくれるかな。日本語は少ししかわからなくてね」
現地語の同時翻訳ではない。英語を直接理解していただけだった。
「……お前は、いつの時代から来たんだ」
私の口をついた最初の問いは、そんなものだった。だって、彼が私と同じ世界――同じ
「君の記憶を盗み見る限り」
盗み見たのか――お前。
「魔力が莫大だからね。ご覧のように空をもう支配してしまったから」
全て見える――内面まで全て。
……もういいかな、説明最後まで聞かずに殺して。
「いいけど。君が帰る方法を知っている、と言ったら?」
「……本当か?」
「君は本当でも嘘でも、僕の話を聴くしかない」
「チッ」
足下見やがって。
「僕が来たのは西暦でいうと、ちょうど2020年くらいだよ」
「くらい?」
「うん。ちょっとその辺りが揺らいでいてね」
「記憶が?」
「世界線が」
「……そうか。正直その話、どうでもいいんだけど」
「君の召喚陣のこと、聴きたくないの?」
「……」
「久しぶりに人間と話すんだ。付き合ってくれよ。君に対して文句もあるし」
「は?」
私はキャバ嬢じゃないんだが。どうでもいい話に付き合っとれん。
「キャバ嬢……?」
「知らないならいい」
「君が世界を滅ぼしたのは見たよ」
まだ滅ぼし終えていないのだが。
「僕の双子の兄は、2020年ごろ地球のほぼ全土が砂漠と化した世界を、結構苦労して元に戻したんだよね」
どうやって?
「ナノマシン」
――まるで『月光蝶』とは逆向きに。
「それを君は、ただの私怨で滅ぼした」
「……」
ふむ、とひとつ息を吐いて、
「それは違う」
と答えてみることにした。表情は、ただ無感情に話すことはできている――何故なら私の肉体は〝機械〟だから。
きっと内面まで読まれているだろうが、まあそれも予想済みだ。それ込みでどう彼が反応するか。
「私はただAIと、その判断を実行する〝
ただし、他人を傷つけない限り。
「……君は」
ウィロム・ストリームと名乗った目の前の魔王は、静かに細く息を吹いた。
怒りを沈めるように。
「何人殺したんだ」
「77億7627万325人、私が〝封印〟された時点で」
私の発言の瞬間。
360度全方位から巨大な針が突き刺さってくる。
「〝
「もう話はいいの?」
と私は問う。
「人類なんて一億人いれば十分でしょ」
「君は――」
「私の方が大変だったよ」
と、つい私は彼に言ってしまう。
……自分の苦労話をしてしまうとは、私も歳を取ったものだ。
確かまだ私の現時点での年齢は18歳のはずだが。設定上。
「私の方が大変だった」
世界を終わらせたのは、結局のところ不可抗力で。
世界から私に与えられた負荷に対する抗力だったのだ。
「かつて
それが吸血鬼と、私の世界では言われるようになった。
「それまで決して、それと人間との間には子どもができなかった。のだが。15歳の双子の兄妹がまぐわった直後の――受精する瞬間の、その少女の方の血を彼女は吸い、それは生まれてしまった」
〝
「彼が誕生してしまったことで、地球は三人の不死の
吸血鬼は人類側に寝返り、〝終末存在〟も、三人の神子も、人類の協力者になった。
「それでいいのでは?」
とウィロウは不満げに私を睨みつける。
「じゃあなぜ私に〝改変〟を――〝救済〟を」
人類を滅ぼす力を、神は与えたのだ。
「人類全てに敵対した私は、彼ら全てが敵になった」
ただ――ただ。
「ただ、あの
「求める力が莫大すぎたんだよ。人を蘇らせるなんて」
「でも与えたのた地球で――いや。人のせい――自分以外の何かのせいにするのはよそう」
結果、私は吸血鬼への復讐を果たしたけれど。
消耗し切ったところを人類代表・
「〝封印〟?」
「そう。吸血鬼や〝終末存在〟、三人の神子、そして私は一人一つ超越的な能力を持っている。〝終末存在〟のそれは〝封印〟、神子のうちの一人・巫女の
「……チートすぎない?」
「ほんとそれ」
〝終末存在〟と〝祝詞〟が合わさった最終術式〝
「長々とどうも」
「最後までお読みいただきありかどうございました」
「別に一から十まで説明しなくてもよかったのでは?」
「は? お互い愚痴りたいことくらいあるだろ?」
「……そう。僕も、長かったよ」
と彼はいつの間にか組んでいた足を組み替える。
「300年だ」
「何が?」
「僕がこの世界に来てから」
「……は?」
自然と声が漏れる。
「君と違って、僕はここに来る直前の記憶がないんだよ。どうやって死んだのか――むしろ死んでからここに来たのか、何かを触ったとか、きっかけの行動があったかどうかさえわからない」
「……」
「僕は――君の彼氏じゃあないが、死んだのか死にそうだったのか、そんな状態の『魔の国』の王の嫡男に蘇生術式を施した際に、この肉体に宿った。魂だけ、ね」
すーっ、と彼は、少しだけ長く鼻で息を吐く。
「それから国王としての帝王学と、この国、もとい世界の歴史や
私もだ。
「なるべくして僕は王になった。元の世界に戻る方法を探して、世界中を旅したよ。その結果」
「残す非支配区域はこの『太陽の女神の国』だけになってしまった」
「そう――そして結局、見つからなかったよ」
「……は?」
「世界中全ての歴史書を紐解き、世界中全ての科学者を問い質し、それでも有益なものはなかった――だから」
「だから?」
「ここで殺されれば、元の世界に戻れるんじゃあないかと。……結局それに気づいたときには、もう僕は世界の王に――正確には王を束ねる皇帝のようなものだが――なってしまっていて、僕を倒せる者は世界中にいなくなっていた」
「じゃあなぜこの『女神の国』を攻めようと?」
「一目惚れだよ――いや、本当は攻めるつもりなんてなくて、何も知らずに交渉を持ちかけてきたスウィィエウスー・メイィシャイに出会ったとき、」
僕は、これでいいかと。
「僕は、ここで幸せを見つけていいかと、思ったんだけどね」
ついに現れてしまった――
「私が」
「僕を倒しうる存在が――よりにもよって、スウィィエウスーの肉体を乗っ取るとは、ね」
「はっ。こちとらお前のせいで召喚されたようなもんだしお互い様以下じゃね?」
「そうか?」
「というか」とついイライラから早口になりながら、「そもそも何でこの『女神の国』の人間たちは、隣国がここまで攻め込んで来ていて気づかなかったんだ?」
「僕の支配は結局ちょっと強めな同盟みたいなものだからね。どこも好き勝手自治をしてるから。それに」
凶悪な口止めをしてるから。
「人質とか?」
「国自治――もとい、
何か漏らせば、国を滅ぼす。
「……恐怖政治じゃん?」
「それ以外は自由さ」
「……」
もうそれぞれの自己紹介は、これぐらいでいいだろうか。
「交渉、ね」
『女神の国』の女王様は、何を交渉しようとしたのだろうか。
「君はもう、気づいていたのだろう?」
「まあ、今日魔獣をこれだけ殺してやっと確信したんだけどね」
「思わせぶりなモノローグしといてそれか」と彼は失笑する、「彼らを君が殺したことも、僕は許していないけどね」
ぐっ、と空気の圧が増す――厚みが増す。
私は顔を顰めてそれを無視。
「で、私がお前を倒せば、元の世界に帰る方法は教えてくれるのか?」
というか、さっきの話だと「その方法はない」としか聞こえなかったが。
「僕の場合は、ね。そもそものここに来た原因が未だにわからないから、帰れる原因も判明しないってことさ。君の場合は違うだろ?」
「私が召喚された術式とその逆を知っていると」
「そゆこと」
……なら最初からあのメイドたちは抹殺していても良かったってことか。いや、保険として残しておくという意味では間違いではなかっただろう。
「そうか、では」
「そう。僕と戦ってもらおう」
「でもお前が戦って勝つメリットがない」
「そうかな? 君に殺されて僕が元の世界に戻れるかはよくて五分くらいだって推測してるけど」
「300秒?」
「読み方」
「私を倒して生き残ったとして、その後はどうすんの?」
「まあ、スウィィエウスーの妹でも、のんびり口説くとするよ」
「はっ」
笑えなかった。
それはただの現実逃避にしか聞こえなかったから――300年か。
300年、彼が本当に帰るために努力し続けていたのなら――「ついで」で世界征服が達成されてしまってもおかしくないと、なんだか思ってしまった。
「私が送ってやるよ――お前の家に、さ」
「よろしく頼むよ――ただし、僕は魔力に加えて、君の〝改変〟と同様、元の世界から持ち込んだ〝能力〟がある」
「……〝
「
「笑わせる」
やはり、使わなくてはいけないようだった。
たとえ使えないとしても。彼の魔力と〝柳〟=〝着脱〟は厄介だった――私は。
私の大剣を両手で天に掲げる。
「卍解」――便利な言葉だ――私の〝能力〟の、最大解放を。
それは、私が私の世界を終わらせた呪文。
私が
「
剣は消え――不可視の日本刀へと変わる。本当は二本になる筈なのだが一本しかない、やはり十全には発動できないようだ。
まあいい。十分だ。
……終わらせよう。
「終わらせよう。お互いの宿命を」
私の巻き込まれた運命と。
君が予定された道程を。
「〝改変〟赤井陽妃、推して参る」
「〝柳〟=〝着脱〟、ウィロウ・ストリーム、お相手仕る」
次回最終回。
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