第3話 仲間を増やしていく場面
三話 仲間を増やしていく場面
前回までのアイカツ! え? 違う? はい。
前回は「外の様子を確認する」筈だったのに、結局外の様子というのは「屋根裏部屋の外」という意味だったらしい。
ひとまず前回、この城のメイドの一部を殺し、他のメイドの協力を得たわけだったのだが……。
「はあああああああ」
いいお湯だった。
とても広い空間だったが、殆ど私のいる範囲しか照らされていない。灯火がすぐそこに一つあるだけだった――けれど。
とてもちょうどよい温度のお湯だった。
白い置き型の猫足バスタブ――足がだいたい伸ばせる大きさだ――に私は浸かっていた。
この湯の成分を入って解析して、どうやら私の肉体にとって毒ではないということは明晰判明に判ったので、シャットダウンしていた皮膚感覚を復活させ、少しリラックスしている。
少し。
……皮膚感覚、切っていないと流石にこの石造りの城では寒かったし。季節(という概念があるのかはまだわからなかったが)はどうやら少し寒い時期なようだし。
全裸だったし。
全裸になってしまったので、私はそのまま風呂を借りることにした。
本当は、城の内部をくまなく調査してからそうしたかったのだが、短時間にいろいろあってだいぶ疲労していたし、考えを整理したかったから先に入浴することにした。
どうやら先程戦闘していた舞踏会ホールは城の一階にあったようで、恐らく玉座と反対側にあった巨大な扉は、そのまま真っ直ぐ入り口に繋がっていると思われる。舞踏会で使われるこのホールまでの道のりが、来客がうんざりするほど階段を上り下りさせられたり、迷宮並みに入り組んでいたりするとは考えづらいからだ。
いや……窓の外を見るといい景色、みたいなのもあるし高い階の場合もあるのか。
ひとまずこの城の大ホールは一階にあるようで――私の感覚が正しければ、だが――私は全裸のまま、メイド長に風呂へと案内されていた。「巨大な扉」ではなく、ホールの横にいくつかある給仕に使われるのであろう扉から出て、螺旋階段で下の階――地下へと向かっていた。
ぺたぺたと、私は裸足でこの石畳の螺旋階段を反時計回りに降りていく。
寒さの感覚は切っているが、地下に潜っていくにつれてどんどん冷えてきていた。
私も、目の前をランプを持って歩くメイドも特に何かを話すわけでもなかった――いや。なんか話してたわ。思い出した。
『前歩いて不安にならないの?』
という私の問いに、
『もちろん、なくはないですが』とこちらに見向きもせず、『でもあなたは私の前を歩かないでしょう?』
『そりゃあそうだ』
『……あなたは、神ではないのであれば、ヒト、なのですか?』
明確に、「ひと」という単語がカタカナで脳内に現れてきた。
『まあそうだね。あんたら定義する「ヒト」と同一なのかはわからないが』
『……そうですね』
『なにその間。ハダカデバネズミなの?』
『……』
通じなかっただろうか。そりゃあそうか。この「勝手に翻訳」がどの程度私の発する言葉の意図を伝えているのか――きっとそこまで深くは伝わっていないのだろう。
まあ、同じ言語でも変わらないか。
「新世界より」という、SF小説がある。まあネタバレになるので読んでこの言葉の意味を考えて欲しいわけだが、同じ日本人でも読んでいる人とそうでない人で、この言葉の意味が正しく、或いは或る程度伝わるか、全く伝わらないか変わる。
ああそうだった。現状力関係でいえば私の方が上なのだ。深く訊けばいい。
『で、その
『……わかってお訊きではなかったのですか?』
『私はわからないことは訊くが、わかることは訊かない』
特に今回は、あらゆる事態がイレギュラーなのだ。僅かな齟齬が致命傷になりうる。
『あなたが仰った意味は、何となく伝わっていますが』
『ほう』
『恐らくですが、殆ど同じだと、思います。私たち侍従の中でも、観察に長けた者がいますので、あなたの構造も何となくはわかっています』
『は?』
初耳だった。彼女はその威圧(にびくっとしながらもそれ)を無視して続ける。
『あなたが、お嬢様の肉体を乗っ取ったとき、何か内臓に違和感はありませんでしたか?』
『……あ』
あったわ。何か胆嚢のあたりにもう一つ似たような器官があった。気がする。
『それが魔力を体内に貯蔵する臓器です。名前はぐっるしゃい』
『は?』
『……聞き取れませんでしたか? 恐らくですが、あなたの言語に対応する言葉がなかったのではないでしょうか?』
『……なるほど』
『着きました』
と、彼女が言うと、唐突に開かれた空間――そこは「大浴場」というべき広さの、例えるのであれば「ローマの公衆浴場」みたいな……行ったことはないわけだが、そんなイメージ。
……いや、行ったことないもので例えても全く伝えられている感がないので言い換えよう。上階のホールくらいの床面積の長方形のこの空間の外周に装飾がなされた石柱が並び、この地下空間を支えていた。その床の殆どが浴槽で――今は水も入っておらず、底が露出していた。空間は殆ど灯りはなく、私の〝機械〟的な視力で観察できていた。
『……』
「ソウナル錠」でお湯のない風呂に入る哀れな客が想起されたが。
『今、浴槽に湯は張っていないのです』と、メイドが答える、『こちらに、一人用の浴槽がございます』
彼女が指すほうに、薄い白いシャワーカーテンで囲まれた、白い置き型猫足バスタブがあり、既にお湯が張られていた。
『普段はお嬢様がご使用になっているものです』
私の疑問に先回りして答える。
『私はそばに控えておりますので、何かご用がおありでしたら仰ってください』
あと、と彼女はポケットから何かを取り出した。
『眼鏡です。度が合うかはわかりませんが、よければどうぞ』
久しぶりにこのしっくりする感じ。
別に〝機械〟の肉体になってから視力はズームとかでどうとでもなるのだが、十年近く顔の一部だったそれが眠る時以外で存在しないと、やはり頗る違和感がある。
その渡された丸眼鏡を隈なくスキャンして、特に何も異常がなかったので掛ける――縁が太めの、四角いレンズのそれに変える。ああ――
縁が、四分の一ほどしか赤くならない。
やはり、この異世界で殺した魂だけが、私の〝能力〟の燃料のようだ。
「はあ」
一つ息を吐く。リラックスの溜息だ。
ああ――きっと。
あの王女――私の肉体になったお嬢様は、私と同じなのだ。
神に願った――悲劇を目の前にして。
彼女が滅びゆく国を目の前にして、私を喚んでしまったように。
私が、死にゆく彼を目の前にして、神に願ってしまったように。
そしてそれが叶ってしまった。
私の〝能力〟はそもそも、私の彼を、蘇らせることだったのだ。
「彼の魂を現世に取り戻す」能力。
そのための〝機械〟であり〝改変〟――〝
私が私の一つの〝能力〟を、名前を分けて管理しているのは……例えるなら、
〝能力〟が広大すぎるので、一度に必要な分だけしか使わないようにしているのだ。……今回それが非常に役に立っている、省エネ的な意味で。
〝機械〟、〝改変〟、〝
それに、たとえ使えたとしても、「地球上のあらゆるものを〝改変〟することができる膨大にして強大な能力エネルギーを、体内に留めることで飛躍的に戦闘力を向上させ(彼の仇を討ち取)る」という〝地晴雨〟は、エネルギーの消費が激しい。瞬く間に〝卍解〟は解かれてしまうだろう。
……と、私は私の思考をゆっくりと整理しているわけなのだが。
自身の能力を自身で解説するというのは、なんというか、自分の発言したギャグを解説しているかのような気恥ずかしさを感じる。
(多少)リラックスして考えても、「私の〝能力〟の発揮」という面での状況も芳しくはなかった。それに「元の世界に帰る」という意味でも、殺した魂のエネルギーを溜めるこの眼鏡の他に、魔力を蓄積するひとまず私固有の「ぐっるしゃい」に相当する臓器――は肉体を作り替えてしまった以上難しいとして、何か入れ物を作るか手に入れるかする必要があるということだ。
やらねばならぬことがたくさんあるし、気になることがある。
あああああ面倒臭いなああああ……。
水だ――この風呂の水。あまりに綺麗すぎる。
勿論地球にも、古代ヨーロッパの時代から「テルマエ」という温泉が存在し、中世にはそんな技術は逆に失われてしまったわけだが、こと「浄水」或いは「上水」施設という意味ではできて「塩素をぶち込む」くらいしかできなかった筈だ。
だがこの水。
恐らく飲んで人体に影響ない――それどころか水そのものがもつミネラルがちゃあんと含まれていてむしろ体にいい気がする。
技術が謎すぎる。これだけ「水を綺麗にする技術」があるのであれば、他の技術ももっと進歩していてもいい筈なのに。
と、突然地面が揺れる――呻き声。ゔおおおおおおおおという、低く、体の中心に響くような。
「気になっているようですね、お水のこと」
「……関係があるんだな、この呻き声と」
「……」
暗黙の了解。
「話を振っといて黙るな」
「……はい。失礼いたしました」
「で?」
「説明するより見て頂い――」
「見るから説明もしろ」
というか見てるし。
「……はい」
彼女は何かを唱える――
「……………ぐっるィ、………………しゃいーィェ」
今回は少しだけ聴き取れた。どうやら「ぐっるしゃい」という単語は「ぐっる」と「しゃい」の二つの単語から成る言葉のようだ。その部分だけ認識できるようになった。どうやら助詞で名詞の「格」を定義するのではなく、語形変化でそれを示すようだ。いや、それはさておき。
お湯が入っていなかった巨大な浴槽の底、の中心。
から、温泉のように水が溢れ出してくる。……いや、透明な液体だからそう表現してしまったが、恐らくこのメイドの魔法なのか魔術なのか要するにそういう液体が、浴槽を浸し、溢れ、この空間を満たし――ってえ? いや水なら私は呼吸はできるけど、魔術的液体ならどんな影響が出るか――
「私の魔術は人体に影響ありません」と、メイドは言う、「まあ、あなたは信じないでしょうが」
私は風呂から立ち上がりシャワーカーテンの向こうにいるメイドへ間合いを詰め、三つ編みを
「早く魔術を解け」
「げほっ、話を聞いて」
「お前の胴体と頭が離れても生きていればな」
「止めます」
彼女は魔術をそのタイミングで止める――私はその「液体」に触れないように床から五十センチメートルほど飛んでいたが、彼女は床に立ったまま、太腿の辺りまでそれにつかっていた、けれど、白のふりふりのロングスカートは水にひたっているのに漂ったりせず通常の空気の中にあるようだった。
水の底――熱を送る空間の、その向こう。
「私の、げほ、液体魔術は、物見の魔術、で、いろいろ見えます」
「説明雑か」
いや――今は、措いておこう。
「これが、私たちが使う水が、綺麗な理由です」
暗い地下室――真っ黒な闇。
闇――なのは、どうやら灯りがないからではないらしい。
私の世界の魔術体系と違っていても、肌で感じられる。これはどうやら悪とか負とか、そういう感じの魔術だ。
「ふーん」
そこには巨大な、真っ黒な――猪、のような生物。
「……こいつらが、浄水フィルターってわけか」
「……はい」
「で? なんで見せようと思ったの?」
「……倒せば、大量の魔力が得られますよ」
「チッ」
いいように使われているようだが――まあ乗ってやろう。
魔力が必要なのは変わりないのだ――元の世界に、帰るためには。
ところで私は、いつになったら服を着れるのだろうか。
……帰還するまでずっと全裸は、流石にいやだなあ。
続く。
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