第2話 一人目との出会い
僕らの入学式は、春の初めだった。少し前の嵐で桜は散ってしまい、「どうにも締まらない入学だな」と思ったのを覚えている。
今思えば、ただ単に何気ないような軽いじゃれあいの少しの行きすぎ程度だったようにしか思えないが、僕は小学生の時にいじめに遭っていたことを理由に、そのまま近所の中学校に行くのではなく、少し離れた私立の南高校附属中学校、通称を南中に進学した。
とはいっても自己意思などではなく、親の進めるままあれよあれよと事が運び、受けろと言われたテストを受けたら受かっていて気づいたら進学していた程度のものだ。
とはいえ、子を慮って高い学費を払うことを進んで受け入れてくれた両親には頭が上がらない。正直いい迷惑だと思う時の方が多いし、『優しい親』のように振る舞い自分に酔っているとも思っているが、それでもそのおかげで今があるのだからまあ、悪いものでもないだろう。さて、ここまで引きづっておいて何だが、入学してから一年間、特に取り上げるようなことはなかった。精々、小学校が一緒だった数人や出席番号が近かった人と仲良くなれた程度で、内向的な僕はあまり友達が増えることもなかったのだ。 ただでも、あえて言うならば、担任してくださっていた先生の勧めで、アコースティックギターをメインに扱う音楽部に入ったことは述べておくべきことなのかもしれない。だが、その程度の一年だった。
さて、二年生の夏。僕は先にも述べた、学園祭の準備に勤しんでいた。その折に同じ班となり、帰宅方向も一緒であったことから徐々に仲を深めていった女性。名を山淵詩織。
彼女が初めの物語の登場人物だ。山淵は、とても繊細で臆病な女の子だった。道に猫の骸があれば心を痛め、夕立の雷鳴を聞けば一心に怯えていたのを今もよく覚えている。
彼女とは、未来に志す道も、心の在り様も何処か似通っていた。僕が惹かれるのに然したる時間を必要としなかったことは想像に難くないことだろう。時たま話す中で、僕は徐々に、そして確かに彼女への想いを募らせていった。そして、必然的に僕の意識は、彼女にこの想いを伝えることへと日々移ろっていく。しかし、ここで一つの問題が生じる。それは、僕らは「変わる」ことをとても嫌い、また恐れていたということだ。
良くならなくていい。悪くもならなくていい。
願わくば、今のような日々が明日も続きますよう。
この思いは、二人の間に確かに共有されたものであったと断言できる。だからこそ、想いを告げるということが憚られる。間違っても、‘交際‘という変化があってはならないのだ。またもう一つ、別の気持ちもあった。当時の自分には…いや、年月の経った今でも僅かに残っている思いではあるが、‘男女交際‘というのは、どうにもありふれた関係である上に、諸刃の剣であるように思えたのだ。振られてしまえば、今のような時を取り戻すことは苦難を極めるだろうし、付き合ってしまえば今より関係は密なものとなる。別れてしまえば、もはや戻ることは出来ないとすら言えるだろう。だからこそ、僕は考えに考えた。そして出た結論は、費やした時間とエネルギーに対してはつまらないものかも知れない。
それは、付き合わない。想いを明かした上で、今まで通りであること。友達というには近く、恋人というには遠くある、ということだ。では、肝心の新たなスタートはいつ切るか。いつ明かせばよいだろうか。新たな悩みが悶々と僕の頭を苛む。そんな日々の中で、ある日、思いもよらぬ話が耳に入る。曰く、僕の数少ない親友、入水が山淵に告白をするというのだ。
しかもその予定日は、聞いた週の末日である。突然の展開に心が追い付かぬままにその日は終わり、僕は、山淵からの結果の報を待った。すると、「自分なんかの何がいいかわからないが、断るのも怖いので、言われた通りに付き合うことにした」という。それを聞いた僕は、今思えば大きなショックで何かがおかしくなってしまっていたのだろう。「入水の気持ちもわかる気がする。だって僕も、山淵のことが好きだったから。二人のことは応援するけれど、入水のせいで自分の日々の楽しい時間が奪われるのも癪だから、これからも変わらず付き合ってほしい」などと言い放った。そう、僕は 勢いに任せ、あろうことか親友の彼女に告白をしたのだ。それに対し彼女は言った。「うん!大丈夫 友達のことにまで口出すような人だったら頑張って別れるから!」と。こうして、僕の願った山淵との関係は、八月の初めに、思わずして突然に実現したのである
僕には彼女がいない 竹海 伸空 @nm0809
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