第4話 迷路

 彼は足を止めて私の顔を見る。

 さも不思議そうに言う。


「聞き逃したかい?四肢ししを引き裂かれて打ち捨てられる、と言った」


 何一つ変わらない笑みを浮かべて、彼はそう言った。


 私は声が出ない。

 この人は何を言っているのかと思考が混乱する。


「嫌だな。だから彼らがってきたんじゃないか。母上の裁量は絶対だ。母は僕に甘いしね。君が僕の側に居られるのは間違い無いよ、母に会えるならばね」


 お母様に会えなかったら?


「下の彼らの嗜虐性を満足させて捨てられる。君の事を反対している彼らがこの塔に登ることを認めたのは、彼らにも楽しみが生まれるからさ」


 冗談じゃない。

 だったら何がなんでも登らなくちゃ。


 レース編みのように見えた螺旋階段は今の私の目には獲物を絡めとる蜘蛛の巣のように映った。




 幾つ段を登ったのだろう。

 もう、脚が上がらない。

 半ば引きずられるように私は前へ進む。


 大丈夫。

 大丈夫。

 彼がいる。

 きっと後少し。

 私は王子様と幸せになるのだ。


 王子様は私の腰に手を回す。またその感触にぞくりとする。

 支えられながらようやく最上階とおぼしき場所にたどり着いた。


「ここ?」


 彼は笑みを浮かべたままうなずくと重そうなドアを開けた。


 中には——。




「何これ…」


 迷路だ。

 ひと目でわかる。

 螺旋階段を形作る細い木組みと同じ細い木で、向こうが透けて見える格子こうし造りの壁が折り重なるように立てられていて、とても真っ直ぐには進めない。


 その時、後ろ手に閉めたドアの向こうで人声がした。


 私は血の気の引いた顔で走り出す。


 捕まってはいけない。

 捕まりたくない。

 死にたくない。


 でも、わからない。

 わからない、わからない。

 どっちへ行けば良いのかわからない。


 私は闇雲やみくもに走り回り、袋小路に入っては後戻りしながら追い詰められた鼠の様に走り回る。


 時折笑い声を上げながら格子の壁の向こうをだれかが走ってゆく。


 その度に息を止め、身をかがめてやり過ごした。


 彼は——?


 はぐれてしまった。

 いや、私が慌てて迷路に飛び込んだのだ。


 きっと私を探しているに違いない。

 そうでなければ、私はなんでこんな目にあっているのか。


 ああ、あの優しい手があれば、私は安心できるのに。




 つづく

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