第3話 螺旋階段2


 彼の腕の中で少し安堵する。深く深呼吸すると彼の甘い香りが鼻腔をくすぐる。私は甘えるように声を出す。


「お母様はどんな方?」


 一瞬、彼が身を硬くしたのが伝わってくる。だが彼は私の不審を打ち消すように、私の背を撫でた。その感覚に私はまた酔いしれる。


 ——まだ祭りが続いているような気がする。


「母は一族の決定権を持っている。君をそばに置くには母の許可を貰うのが手っ取り早い」


 そう。

 そうなのね。

 ついて行くわ、私の王子様。


 寄り掛かっていた身を起こすと、私はまた階段を登り始めた。


「この塔は母の物だ。この最上階に彼女は眠っている」


 …?

 眠っている?

 ああ、そうか。病気で横になっているのね。


「そろそろ二度目の鐘が鳴る頃だ」


 彼がそういうと、本当に轟音が響き渡った。私は耳をふさいでうずくまる。


 音が引いてから彼は私の手を取ると、それまでより早足になった。


「急ごう。彼らが追ってくる」


 これは何かの儀式なんだろう。

 一族に他人を入れる時の儀式だ。

 これを乗り越えさえすれば、私は彼のそばにいられる。


 あの豪奢ごうしゃなお城で甘い甘い時を過ごすのだ。昨日の夜のように——。


 首すじチリっと痛みが走る。


 昨日の夜?

 今は何時?

 まだ夜が続いているの?


 彼に首すじに口づけを受けてから記憶がない。でも、体に残る感覚は甘やかだった。


 そう、彼に握られている手から感じる感覚のような。その感覚に身をゆだねると、首すじの痛みは消えて行く。





 これだけ登っているのに行手の先は見えて来ない。私は再び疲れで足をもつれさせてしまった。


 転びかけた私を彼がしっかりと支えてくれる。


 ああ、愛されてるわ、私。


 だけど少しだけ座りたい。

 私が休むと見て、彼も隣に座る。


 足が痛い。

 慣れない靴だ。

 この階段なら裸足で登っても大丈夫そうだ。ごうとすると彼がさすがに眉をひそめた。


 ごめんなさい。

 そうよね。

 貴族ならそんな事しない。


 私は慌てて脱ぎかけの靴を戻した。

 慌てたので手が滑る。カランと、落ちた靴を彼が拾ってくれる。


 彼は私の足を取ると、そっと靴を履かせてくれた。その手がなめらかに私の素足を撫でて行く。


 …っ。


 頭がぼうっとする。

 私はまた彼に立たせてもらい、足を踏み出す。


 その時、下の方からざわめきが伝わってきた。あの人たちが登ってきているのだ。


 嫌だ。

 捕まりたくない。


 息を切らせながら私は聞く。


「捕まったら、終わりなのね」


 彼はうなずく。


「そうだよ、君は彼らに四肢ししを引き裂かれ城の外に放り出されるだろう」





 何を、言っているの?



 つづく

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