第2話 螺旋階段

 いきなり背後から声をかけられて驚いて振り返る。いつのまにかそこに彼がいた。


 白皙の頬にプラチナブロンド。

 瞳は——紅色だった。


 整った顔。

 豪華な部屋。

 素敵なドレス。

 真珠のネックレス。


 ああ、私の王子様。


 彼の胸に飛び込むと、彼は優しく受け止めてくれた。どうしてそんなに優しいの。


「こちらへ」と部屋の外に連れ出される。


 ここはあのお城の中に違いない。金と銀とに飾られた廊下を進むと、キラキラした大扉があった。お付きのものだろうか、うやうやしくドアを開けてくれた。


 大広間だ。


 目がチカチカするほどの豪華絢爛な作りに私は声も出ない。光り輝くシャンデリアは月の光か星の光か。


 広間には大勢の人々がいた。

 彼の家族なのだろう。

 皆一様に彼と同じ顔をしていた。似ているのだ。


 …男も女も一人として笑っていない。その表情を目にして、一瞬で私は自分の立場を知る。私は決して歓迎されていない。背筋に悪寒が走る。急に足場がなくなったような不安感が押し寄せ、私は側にいる彼の腕をつかんだ。


 おそるおそる彼の顔を見ると彼は、優しく微笑んでいた。

 ああ、ありがとう王子様。

 大丈夫なのね。

 少なくとも貴方は私を必要としてくれるのね。


 愛してるわ。

 全てをくれる王子様。





 それからは貴族様のお話。


「その娘をお前の元に?冗談ではない」


「そばに置くならもっと上級の血筋の者を」


「口にするのもおぞましい」



 彼らの罵詈雑言を一通り聞いた後、彼はゆっくりと口を開く。


「では母上の裁量に任せましょう」


 その一言で皆口を閉ざす。どうやら彼のお母様はこの一族の中でも力を持っているらしかった。つまりは彼のお母様に好かれれば、ここにいていいということだ。


 さっと目を走らせたが、誰が彼のお母様なのかわからない。


「塔に登るというのか」


 一番偉そうなおじ様が口を開く。何処どこと無く不安げな、それでいてどこか楽しそうな口調だ。


 禁忌に触れるのは嫌だが、それなりの楽しみがある——そんな感じだ。


「ええ、彼女を連れて。勝てば私の望むようにさせていただきます」


 勝負なんだ。

 何が勝利条件なのか知らないが、勝てば私は彼のそばにいられるのは間違いない。


「ふふふ、いいのね?楽しみだわ」


 羽の扇で口元を隠した女が笑った。それは始まりの合図であった。




 連れて来られたのは高い高い塔の下だった。それまでの豪奢ごうしゃなつくりとは違い、中は木造だった。木造とはいえ、その作りは繊細だ。細い細い木材を組み合わせてなめらかな線を作っているのだ。


 見上げると、大きな螺旋階段が何処どこまでも続きているのが見えた。いや、はるか上の方は闇に沈んでいる。


 レース編みの模様を思わせる透かし造りの螺旋階段は美しくすらある。


「鐘が鳴る、君らが先に登る。二度目の鐘が鳴る、私たちが追いかける。捕まったら終わり。先にあの方にお会い出来れば君らの勝ち」


 偉そうなおじ様に向かって、彼はにこやかにうなずくと、私の手を取った。


 走るのは得意だ。


 彼と目が合う。

 私は覚悟を決めたと伝えるようにうなずいてスカートのすそをつまんだ。


 頭上から鐘の音が響き渡る。

 この世の全てをひっくり返すような大音響に肝をつぶしながら、彼に手を引かれて私は階段にその一歩を踏み出した。



 私たちの姿が見えている間は下からざわざわと声が聞こえていたが、しばらくすると私の息を切らす音と足音だけが聞こえるようになる。かかとのある靴がカツカツと音を立てるのだ。


 それに反して彼は物音ひとつ立てない。貴族とはこういうものか。


 グルグルと回りながら登るので、目が回る。


「もう。だめ。少し休ませて」


 私の懇願に彼は足を止めた。


「本当は少しでも進みたいんだけどね」


「ごめん、なさい。少しだけ…」


 終点は何処どこかと見上げるが、闇に浮かぶ白木の螺旋階段が見えるばかりだ。

 終わりがないのだろうか。



 つづく

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