螺旋の塔
青樹春夜(あおきはるや:旧halhal-
第1話 祭りの夜
貴方と共に駆け登って行く。
決して辛くはない。
愛した貴方と二人だから。
私達は追われていた。
彼の一族に結婚の報告に行ったその日に、その一族に追われているのだ。
彼は貴族だった。
私は平凡な市民。
出逢ったのは祭りの夜。
収穫を祝う祭りで、橙色のランタンが町中を彩っていた。皆が目元を隠す仮面を付けて、誰が誰だかわからない混沌の祭り。友達とはしゃぎ疲れて暗い路地に入り込んだ時、私は思い切り誰かにぶつかった。
目の前を見ていなかった私が悪い。
けど、彼は怒りもせず、私を受け止める。ひどく驚いたけど、甘い香水の香りと広い胸に受け止められた衝撃と——柔らかに軽く抱きしめるような
皆が躍り狂う中、私も彼の手を取ってその流れにのる。
今度は彼が驚いていた。
初めてなのかしら?
話し声も聞こえない音楽の波に包まれて人々はくるくると回りながら躍る。
頭上をキラキラした紙吹雪が舞い、
狂乱の夜だ——。
「いつもこの様にはしゃいでいるのかい?」
気がつくと、町外れの農場の木陰に居た。大きな木に彼はもたれて、私はさらにその上に馬乗りになっていた。
彼の胸に顔を埋めたまま、私は答える。
「まさか、祭りの時だけよ」
そう、今だけなのだ。
今夜だけ町中の人が酔った様にはしゃぐ。こんな風に男の人にしなだれかかるのも祭りの雰囲気のせいだ。
彼の手がスッと私の体を撫でる。背中から下へ——。
胸がどきんとする。
しかし彼は私の体を少しずらしただけだった。でも、今夜ならもう少し先へ触れられても——構わない。
きっと私も酔っていた。
私は指を伸ばすと、相手の画面を外した。
白い綺麗な顔。瞳の色は定かではないが、流れる様なプラチナ・ブロンドは夜目にも浮き上がる。
そして上質な服装。
貴族だ。
あの農場の向こうのお城の人に違いない。初めて、私はこんなに美しい男の人を見た。この人なら、こんな夜に私を捧げてもいい。きっと一生の思い出になる。この先普通の人生を歩む私の一生の自慢。
でもどうすれば良いのかわからない私は、再び彼の胸に顔を埋めた。寄せ合う体の触れ合う所から熱くなっていく気がする。反射的に私は胸を押しつけた。
彼の身体がそれに反応して、私の首すじに口づけを——。
目覚めた時、私は見たこともない豪華な部屋にいた。夢かと思うようなレースの天蓋付きのベッドから飛び起きると、身に付けているものも変わっていることに気がつく。
お姫様が着るようなドレスだ。薄いローズピンクのサテンにこれもまたレースをたっぷりと使っている。
首すじがチリっと痛む。そこへ手をやると首飾りが付けてあった。鏡を探すと壁に巨大な姿見がある。楕円形の縁飾りの付いた素敵な鏡だ。
そこに映った自分の姿に驚く。首には見たこともない大きさの真珠の首飾りが付けられていた。しかも二連だ。
髪も整えられ、薔薇の髪飾りが付いていた。寝ていて乱れた部分を直すと、鏡に向かって微笑んでみる。
ただの町娘が化けたものだ。
と、すると着飾ればみんなこれくらいにはなるのかしら?
「気に入ったみたいだね」
つづく
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