第9話 自殺志願者は、晴天下で叫ばない
「……ん…ここは……?」
ぴょんぴょんと体ごと動かして周りを見渡す。
「っ…痛え…」
俺の体は包帯でグルグル巻きになっていた。はたから見ればミミックゾンビである。そんなミミック聞いたことないけど。
どうやらここは闘技場に設置された治療室のようだ。そうか、そういえば俺気絶したっけ。
まだ歓声が聞こえる。どのくらい気絶していたか分からないが、そう長くない筈だ。
そんなことを考えていると治療してくれたと思われるモンスターがこちらに来た。
「もう目が覚めたんですね。流石上位者様です。それにしても…ミミックって実は強いんですね!」
そう言ってふわふわ飛んでいる。
このモンスターはピクシーと言って、妖精みたいに小さくて羽が生えてる。…こんなに可愛い女の子この村にいたっけ?あんまり外に出ないから知らないだけかもしれないけど。
ん?…上位者?
そうだ…俺、勝ったんだ…!これで親を見てもらえる…って、見てもらわなきゃ!
「あの…ピクシーさん、今、俺の親が病気なんです。診ていただけませんか…?」
「えーっと、いいですよ。まだ人手は足りてますし、上位者の頼みですしね。」
ピクシーさんはそういってうなずいてくれた。
「私の名前はティアです。気軽に呼んでください。上位者なんですから、私なんかに敬語はいらないですよ!」
にこやかにそう話してくれるピクシーさん、もといティアさんに俺は心から感謝した。
「本当にありがとう!俺はミミ。気軽に呼んでくれ!」
来てくれるんだ。上位者ってすごいなぁ。
「えっ?…よ、よろしくお願いします…」
なぜかティアさんは驚いたような声を上げていた。
…
まだズキズキ痛む体に鞭を打ち、ティアさんを連れて押入れに戻る。
「父さん母さん!医者連れて来たよ!きっと良くなるから…って、え…?」
押入れの中には、誰もいなかった。
「いない…ですね?ミミックさん?」
ティアさんは困惑顔で聞いてくる。
「そんなはずは…ん?これは?」
俺は床に置かれた手紙を発見した。手紙には、いつも母さんが着けていたリボンが添えられていた。
「このリボン…今までほとんど外したこと無かったのに…」
さっきからなにか嫌な予感がする。俺は恐る恐る手紙を開いた。
『ミミへ
まず…私達夫婦はミミをずーっと愛しているわ。それだけは言わせて欲しい。
そして、私達が病気になったのはあなたのせいじゃ決してない。そんなに気負わないで頂戴。
ミミが小さい頃から私達は病気を患っていたの。それは、もう二度と魔力が回復しなくなるって言う、呪いのような病気。
そのせいであんまり外で遊んであげられなかったし、大会でも何もせずに負けていたの。窮屈な思いをさせてごめんなさい。
でも出来るだけ消費する魔力を少なくしなきゃいけないから、仕方なかったの。
そうやってミミと出来るだけ長く接してあげられるようにしていたのよ。
でも…それももう限界みたい。
誕生日にオークのステーキをプレゼントしたのを覚えてる?あれは、ミミのこれからの誕生日全部を祝ってプレゼントしたのよ。もっと豪華にしたかっんだけど。
それを分けるなんて言ってくれたミミに、私達はとても嬉しく思ったわ。
そして、安心した。
ミミに、お願いがあります。
ミミちゃん、あなたは、強いし、優しいし、賢いし、謙虚だし…やりたいこと全部出来る力がある。
それは、きっとこんな狭い押入れに仕舞っておくには勿体ない才能よ。
だから、色んなところに旅して欲しいの。
それは、私達夫婦には出来なかったこと。
あとは…ミミちゃん、最近はいつも強くなりたいって言っていたわよね。
でも、その〈強さ〉を履き違えないように。
ただ力が強ければいいって訳じゃないのよ。
その答えを、これから見つけていって欲しい。
最後に、お父さんから。
ミミ、ミミ、ミミ…ミミ!
愛してる。信じてる。
龍脈からミミのこと、ずっとみてるからな。こっちには当分来るんじゃないぞ。
お父さんお母さんより。』
「は…?」
書いてある事が理解出来ない。
もう一度手紙に目を落とす。
………変化はない。
全身の力が抜けて、手紙を掴む影がふっと消えた。
ひらりと手紙が地面に落ちた。
「な、何が書いてあったんですか?」
ティアさんが落ちた手紙を拾った。
そして…
「これって……まさか、遺書…?」
そう小さく呟いた。
***
どれ程の時間が経っただろうか。
ドクン…ドクン…ドクン…
自らの鼓動がやけに大きく聞こえた。
口が乾く。
ぐるぐると頭の中を黒いもやが這い回り、体の感覚が麻痺していく。
暑いようで、寒いような、
軽いようで、重いような、
何もかもが曖昧に感じられる中、一番信じたくない事実だけがはっきりとした輪郭をもって目の前に突き出されていた。
俺は、その目の前から、必死に目を背けようとした。
「う、嘘だ……嘘だ!ちょっと前まであんなに元気だったじゃないか!」
涙が
止まらない。
「いっつも父さんが変なことやってさぁ!母さんが乗っかってさぁ!」
「俺が頑張って止めようとして、店主に怒られて…それ以上何も望んでねぇよ!」
「俺にはそれ以外無いってのにさ…何でそれを奪うんだよ!?そんなことって、ないだろ………理不尽だろ……」
「ミミさん……」
打ちひしがれるしか無かった。
行き場のない怒り。
どうすることも出来ない無力感。
ただただやるせない思いが募る。
「あああああ!」
「え…?ちょっとまってください!」
俺は家を飛び出した。村を出て、山を登る。
「くそがあああ!」
龍脈とは前世でいう天国みたいなものだ。この世界の人々は地中奥深くに全ての源である龍脈があって、俺達はみんなその龍脈から溢れだしたひとかけらっていう考えを持っている。だから死んだらまた龍脈に戻っていくと思ってる。
死にたいモンスターは火山の火口に飛び込む。そこが一番龍脈に近いから。
頂上に着く。魔力を全開にして来た。
「はぁ、はぁ、はぁ…」
もう俺には生きる希望が無かった。
欲しいものはなくなった。
もう何も感じない。
俺は火口に向かって跳んだ…
…しかし、体は空中で止まってしまった。
「ッ!…なんだよ、店主」
店主が俺の体に巻かれた包帯を掴んでいたのだ。
「……お前の行く道はこっちでは無い。」
「くそっ!離せ!俺はもうこの世界に居たくないんだ!店主は関係ないだろ!」
「…ああそうだな。お前には関係ないな。だが、お前の両親とは関係がある。」
「何?」
振り解こうと出した影の手の動きを止める。
「…平たく言えば、お前が村を出るまでは、死なせんという事だ。」
俺の親と関係があるって?
意味が分からない。そんな様子は今まで見た事がない。
そして今更そんな事はどうでもいい。影の手を使って振り払おう。
そう思ったとき、
「ミミさんはまだ生きなきゃダメですよ!」
ティアさんが目の前に飛びこんできた。
「え?」
「ミミさん、あなたは手紙で頼まれていたじゃないですか!」
彼女はスカイブルーの瞳をしていた。
「頼まれた?ああ…あの色んなところを旅しろってやつか…」
「そうです!それに、まだ龍脈には来るなって書いてありましたよ!それに—!」
俺は一度目を逸らし、そして向き直って叫んだ。
「俺はもう生きる理由がないんだ!強くなりたいのだって、親を安心させたかっただけだ!もう嫌なんだ!この世界で生きるのが!」
「死んだ親の言いつけを守って生きてなんになる?この何もかも失った空箱が、既に失ったモノを追いかけて生きるなんて、いつまで経っても満たされない、地獄そのものじゃないか!!!」
「追いかけて生きるんじゃありません!」
「!」
「ミミさん自身が先頭に立つんです!両親の思いを背負って、前に立って進むんです!」
「前に立って、進む…」
その言葉が、鐘の音のように優しさと重さを持って染み込んできた。
「ミミさん。本当に、両親を安心させたかっただけなんですか?あなた自身が、やるべきこと、やりたいことは、まだ残っているんじゃないですか!?」
俺にまだ何か残っているのか?そんなことがあるのか?
「お、俺はただ—」
言いかけて、次の言葉を失った。
不意に見せた彼女の微笑みに、見惚れてしまったのだ。
「私、あんなに凄い目、初めて見ました。」
「め?」
「強い覚悟と決意の目です。大会中のミミさんが見せていました。」
「だから私は確信しているんです。ミミさんは、前に立って進むことができる、『強い』方だと。」
「!!!」
彼女のその透き通ったスカイブルーの眼差しに、俺はいつのまにか釘づけになっていた。
彼女の眼に映る俺の姿。
まるで、空を飛んでいるようだ。
気高く、強靭な、
体内に蔓延る黒いもやが霧散していく。
永遠に終わらないと思われた理性と感情の混沌としたループが、簡単な未完のパズルに姿を変えた。
俺は、そのパズルを埋めるように、声を出した。
「俺は父さんと母さんを助けられなかった。」
俺は今まで弱いモンスターと言われ続けてきた。
「病気の理由も分からない。」
今日やっとそれを塗り替える一歩を踏み出せた。
「安心させてやれなかったし、その運命に、抗うこともできなかった…」
まだやるべき事は残っているんじゃないのか?
「まだまだ、俺は弱い……だから—」
俺はこのまま終わっていいのか?
いや…
「俺は、強くなりたい…………!この、運命と言って弱さに言い訳をしていた俺自身が、最高の真実と未来を掴み取るために!!!」
組み上がったパズルは、初めて山に登ったあの日見た、頂上からの景色だった。
ああ、俺はやっぱり、強くなりたかったんだ。
自分のために。
「そうです!そのいきです!さあ、まだまだ大会は始まったばかりですよ!」
彼女は頬をうっすら染めて言った。
「こんなこと、普段は絶対しないんですからね!こんなアフターフォローまでしてたら治療室が回らなくなりますから!」
でも、と彼女は続ける。
「あなたの戦いに感動して、心から支えたいって思ったんです!だから…だから生きて下さいっ!!!」
生まれて初めてかけられた優しさに、別の涙が溢れた。
「ううっ」
叫ぶように、
投げ掛けるように、
かけられた言葉。
それは、絶望しかなかったこの世界に、小さくて大きな希望の花を咲かせたのだった。
「う、うわあああぁぁーー!!!」
俺は、大声で泣き叫んだ。
山頂からの世界は、どこまでも広い、青空が輝いていた。
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