第5話 大会前夜




 誕生日から数週間、遂に迫った大会の前日の村はいつもの賑やかさの他に、どこか剣呑とした雰囲気を醸し出していた。


 もっとも、俺は今回で初めての出場なのでその緊張でそう感じているだけかもしれないが。


 しかし、4年に一度のこの村最大の行事には、その日一喜一憂するに留まらない大きな役割がある。




 この大会で、次の4年間の運命が決まる。




 その重みは、出場者全員に重くのしかかっている筈だ。



火炎メガファイヤ



 俺の放った火球は、的にしていた岩に当たって爆ぜた。思わず顔を顰めてしまうほどの熱風と、焼き焦げた匂い。俺の唯一の攻撃魔法は、この村で戦っていくには十分な威力を持つ。


 火球の出現と同時に、出していた影の手がはらはらと消えていく


「3発目…これは使えるな…」


 俺は村の外、誰も来ないような山奥で最終調整をしていた。


 誕生日のあの日、影の手に可能性を見出した俺は様々な実験の結果、大きな戦力を得ていた。


「影の手を先に出した状態で火炎を使うと、魔力の枯渇が起きる前に影の手に使われている魔力が補充され、数発連続で打てる」


 これが俺が発見した無意識下で使われる魔力を意識的に取り出して使う方法だ。


 影の手に使われる魔力は俺の自由に使える魔力ではなく、口の維持に使われる魔力と同じだった。


 その性質を利用し、先に影の手を出しておくことで魔力のリソースを確保しておき、火炎で魔力を消費した時にそのリソースを解放することで、あの大変な魔力調整を簡易化したのだ。


 現在、影の手は万全の状態で4本出す事が出来、一本で火炎1発分を肩代わりしてくれる。


 この事により、俺は吸引サクション無しに4連発もの火炎を出せるようになったのだ!


 しかし、これには弱点も存在し、この方法で4発火炎を使うと暫く口と影の手を使う事が出来なくなる。口の維持に使う魔力を使っている手前、当然のことだが。


「ふぅ」


 大きく息を吐き、少し落ち着いたところで残しておいた影の手を出した。


 火炎の為の魔力調整は必要なくなったが、調整のためにしていた魔力操作の訓練はもう一つ別の恩恵をもたらしていた。


 俺は出した影の手に、訓練で培った魔力調整の要領で魔力を追加で流し込む。すると影の手は風船に空気を入れるようにして平面的な状態から立体的になった。


「よっ」


 俺はその手で地面を押し、ふわりとジャンプして近くの木の枝につかまった。


 影の手は通常は日常生活がなんとかできる程度の強度なのだが、魔力を追加でこめることで数秒の間強度を高めることが出来ることを訓練中に発見したのだ。これにより、ある程度は戦闘に影の手を使えるようになった。


 暫くすると、つかまっていた影の手が通常の形に戻り、体を支え切れずに手が離れた。俺は予め目星をつけていた場所に着地した。


 これが、俺の手札だ。頼りない事は変わらないが、手も足も出ない状態は抜け出せたと思う。これは大きな進歩だ。


 この手札を最大限駆使して、大会では戦って行きたい。


 今回、大会に出場するモンスターは16人いる。大会のルールとしては、相手を気絶させる又は場外に出して最後の一人になるまで勝ち残ればいい。


 今回はまず4人1ブロックで戦い、勝ち残った四人でトーナメント戦をする形になる。負けた者はその時点で大会は終わり新しい村長によって役割が決められる事になる。


 上位者は自分の好きな役割に着ける。また、町の大会に参加すると言う上位者のみに許された特権を行使することも可能だ。今回の大会では上位者はブロックで勝ち残った4人という事になる。


 俺たち家族はいつも真っ先に吹き飛ばされ、ずっと道具箱として使われている。これは俺が物心ついた時から変わった事はない。


 大会が始まればほぼ必ず俺を先に狙ってくる筈だ。実質3対1だが、今回俺はどうしても勝たねばならぬ訳がある。


 確認が済むと、俺はいつも通りぴょんぴょんと跳ねて押入れに向かう。しかしどうしても平静を装うことは出来なかった。不安が、頭から離れないのだ。


「おうおう、ザコが戻って来たぜ?」


「シュミレーションでもしてたんじゃねえか?」


「ぶははは!どうあがいたって勝てねえザコのハコが、シュミレーションだと?こいつは傑作だ!」


「「ぶははははは!!」」


「…」


 村の番をしていたリザード二人がからかってくる。リザードは二足歩行の蜥蜴だ。


 普段は数発蹴られもするところだが、大会出場者を大会前に怪我させてはいけない決まりがあるため、からかうだけだった。


 道具屋の主人は優しくしてくれるが、強さが全てのモンスター社会では、前世にあるような人権は弱者に存在しない。虐められても誰も助けてはくれない。


「お?なんだぁその目は」


 一瞬火炎を当ててやろうかと思ったが、その考えを振り払う。今手の内を見せる訳にはいかない。そのために山奥で調整していたのだ。


 からかいの言葉と嘲笑の目を全て無視し、押入れに入る。


 そこには…





「ゴホッゴホッ」

「うう…」


 見るからに元気を失った家族がいた。


「大丈夫?父さん母さん」


「まだ、大丈夫だ…」


 今まで有り余る程に元気だった親が二人とも数日前から急に体調を崩し、衰弱している。


 病状は日毎に悪化しており、一刻も早く医者に診てもらいたいところだが、俺達のような弱者を診てくれる医者はいない。


「明日、絶対勝って病気を治してもらうから、それまで頑張って」


「ああ…」


「応援してるわね……」


 これが、俺が勝たなければならない理由だ。


 道具屋の主人も休ませてやれと言ってくれた。明日まで耐えてくれればブロック戦が終わる。決勝トーナメントは明後日になるが上位者と決まれば流石に診てもらえる筈だ。


 親の顔をのぞき込む。


 魔力が殆ど感じられない。魔力の回復ができていないのだろう。


 読んだ本によると、魔力はスタミナや体力といったものに性質は似ているが、本質は全く違うらしい。


 魔力の本質は生命力であり、どちらかと言えば寿命や若さと言った方が正しいのだ。


 魔力が病気なんかから身を守り、身体の活力となり、それは生命維持に繋がる。


 そんな大事な物が常に欠損していればどうなるか、想像に難くない。


 魔力はその者の魂が作り出している。その者が死ぬか、魂がなんらかの理由ですり減るまで、ずっと。


 だから普段の場合魔力が枯渇してもしっかり休養を取れば体に満たされるはずなのだ。


 なぜ父さんと母さんの魔力が回復しないのか。


 想像もつかない。


 俺にできるのは、たった一つ。


 医者に診てもらうように頼む事だけだ。




 俺はもう一度、大会で勝つ事を誓った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る