第3話 俺はミミック。ただの箱だ。


「ふわぁーあ」


 窓に映る自分の姿を見て、あくびを一つ。


 綺麗な木目の木材と、純度の高そうな金属の留め具で作られたシンプルな木箱。その中から、闇夜の猛禽類の眼のようだがどこか眠そうな目が二つ輝いている。


 俺はミミックのミミ。ただの箱だ。


 今は両親と共にレンガ村の端にある道具屋で道具箱として働いている。ミミックは同じ大きさの箱よりも多くの物を仕舞っておくことが出来る特性があるので、それを道具屋の店主に買われたのだ。畑仕事が満足にできないミミックにとって、この仕事はまさに渡りに船だったのだが…


 がらんとして客足の一つもない店内を眺めながら、俺は暇を持て余していた。


「暇だ。」


「ミミちゃん、いまは仕事中なんだから大人しくしてなさい。あとでいっぱい遊んであげるから」


 右隣にいる母ミミックが優しく声をかけた。


「いや、別に遊びたい訳じゃあないけど」


「ミミちゃん、暇だけどしょうがないんだ、ごめんな、お父さんが弱いばっかりに…次回は押入れじゃなくて、いい感じの物置に置いてもらえるように父さん頑張るよ!」


 左隣の父ミミックは真面目な顔でいった。

 俺達には家がないので、道具屋の押し入れを家代わりに使っていた。


「物置で良いのかよ!もっと上目指せよ!そんな変わってねぇじゃん!」


 思ったことをそのまま声にする。


「それは…父さんに死ねって言ってるのかい?わかった。ミミちゃんのためだ父さん、命をかけるよ!」


「言ってねえよ!命はかけなくて良いよ!」


「じゃあどうしろと…?」


 父ミミックはそういって絶望感のある顔に瞬時に切り替えた。


 こいつの表情筋はいったいどうなっているんだ?そう思わずにはいられない。


「はぁ」


 呆れてため息がでる。


「ミミちゃん、お父さんも頑張ってるんだから、そんなに責めないであげて?」


 母ミミックが少し語気を強めていった。


「あーごめん。でもそれより父さん母さん、それわざと言ってるの?」


「「???」」


 俺は両隣のミミックがハテナを浮かべているのを感じ取ると、


「いやね、俺、もうすぐ17じゃん?成人じゃん?俺もうミミじゃないと思うんだよなぁ…」


 そう呟いた。


「なんだと!?」

「何ですって!?」


 すると両親は驚きの表情を見せて「もうそんな歳かぁー」とか、「次の大会はミミちゃんに任せようか」とか、2人で喋りだした。


 ああ、うん。すごい上の空だ。

 しっかりと思い知らせてやらねば。


「いや昨日も言っただろ!何で毎回初耳みたいに驚いてんだよ!直す気ゼロだろ!」


「「バレた?」」


「バレたとかそういう問題じゃな…」

「煩い。静かにしろ。」


 急に空気が凍りついた気がした。


 この声は…店主だ。


 人間のような出で立ちだが、いつも黒くて広く体を覆うローブを着ているので正体は全く分からない。


 そんな近くの椅子に座っていた道具屋の店主が、読んでいる本から目を離さずにいったのだった。


 こうなればやることは一つ。


「「「す、すいません!」」」


 「す」の間すらもシンクロさせた、完璧な謝罪。


 すると少し時間を置いて、


「…ああ。」


 と適当な返事が返ってきた。


 よ、よかった…


 店主の声を聞いて、ほっと息を吐く。ここを追い出されれば、仕事がなくて露頭に迷う事になるだろう。と言うのも、この国のシステムがミミックにとってとても不利なのだ。


 モンスターは基本的に自分より強い者の言うことしか聞かない。だから4年に一度の村、町単位で行われる大規模な大会の結果で強弱をはっきりさせる。家族の中で一人が大会に出場して戦い、その戦績で身分を決めるのだ。


 しかし、不意打ちでしか戦えないミミックにとって、大会で正面切って戦うのは厳しい。

 それで俺達はいつも軽くあしらわれ、ひどい扱いを受けているのだ。

 そしてそんなミミックに仕事をくれるモンスターなんて、そうそういないのである。


「…ミミちゃん。」


 母ミミックが声をひそめてか話しかけてきた。呼び名を変える気はないようだ。


「すごーく明るくなったね。前よりも。」


「そ、そんなに変わった?」


 急に変わった話題に動揺を隠し切れずにいう。

 俺には前世の記憶がある。別の世界の人間だった記憶で、果物のようなナニカを食べて寝込んだ時に思い出した。あの果物には、飲み込むと前世の記憶を思い出す効果でもあったのだろうか。出来る限り調べたが、わからずじまいだった。

 ともかく、あの出来事から性格が変わったと思う。前世の明るい性格と、今世の物静かな性格が混ざったのだ。


 ただ、この世界において人間とモンスターは敵対関係だから、あやふやなことを言う気にならなかった。


「ええ。でも、今の方が私は好きよ。」


 そう母ミミックは微笑んだ。


「そうだな。ポジティブなら大会で負けても早く立ち直れるしな!」


 と父ミミック。


「負けるの前提かよ…」


 呆れ声で呟いたが、否定出来ない自分に悔しさを感じた。


「次の大会もそろそろだし、どうにかしてもっと戦えるようにならないとなぁ……」


 そういった俺は、この暇な時間を使って自分の手札についてぼんやりと考える事にした。




 ミミックは生まれた時から2つの魔法が使える。一つ目は相手の魔力を吸収する魔法、吸引サクション。二つ目は炎の中級魔法火炎メガファイヤ

 火炎メガファイヤについては相手の弱点に当てることが出来れば、一撃で相手を仕留めることができる結構強力な魔法だ。


 しかし、その分消費が激しく、まず吸引サクションで魔力を吸収してからでないと火炎を撃ったあと自分が魔力切れで気絶する。


 つまり、ミミックの基本戦術としては相手に近づき魔力を奪い、そのまま火炎で焼き払うか飲み込むかするしかない。


 ミミックの口の中は特殊な空間になっており、口の中のものを出し入れしたり、吸収したり、分解したり、自由にできる。


 飲み込むことが出来ればほぼ勝ちだが、そもそもそこまで近づいてくれるような奴はダンジョン内の人間しかいないし、大抵が始まった瞬間すぐの魔法でやられる。


 …以上。


 俺弱くね?

 そんで元の魔力少なすぎだろ!

 何で吸収すること前提なんだ!


 そう心の中で匙を投げようとしたとき、不意にある疑問が浮かんだ。


 ん?まてよ?


 吸収が前提じゃないとしたら。


 どこか別のところで魔力を使いすぎていたとしたら。



 俺の口は何であんなに万能なんだ?



 俺の口が万能になるために、魔力が必要だとしたら。




 あ。



 窓は眠気が吹き飛んでギラリとした目を鋭く反射していた。


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