いじわるな思いやり
みなづきあまね
いじわるな思いやり
夕立が止まない。闇につつまれた外を見ていた視線を前に戻し、コーヒーを片手にクッキーを齧った。疲れた体に甘さが染み渡る。目の前を行きつ戻りつする職場の人達をぼんやり眺めていた。
視界の端に後輩が入ってきた。机を挟んで反対側の通路から話しかけられた。
「この間話してた仕事を3人で割り振りしたいから、この後やるみたいですよ。」
「うん、プリントは貰ってる。私はしばらくここにいるよ。」
私はまた一口コーヒーを飲み、息抜きを続行した。
それから3分も経たないかという頃、今回の仕事のために奔走している張本人がやってきた。
機械やカメラに強い同僚。正直普段はちょっと冷淡かなと感じることもあるが、趣味の話で男子トークを繰り広げてる時は、よく笑っている。なんか、そのギャップが好きなんだよなあ。私にはまだまだ硬いけど。
「あ、今いいですか?」
「はい、さっき聞きました!あの件ですよね。いただいたレジュメはちゃんとここに・・・あれ?なんで?」
早くやらないと、と思い、つい数時間前にも机の上に揃えておいたレジュメが、想定した場所にいなかった。
「ちょっと待ってくださいね、さっきまであったんです!絶対・・・」
ただでさえ何か言われるんじゃないかと思うのに、致命的ミス。焦りながらファイルの束をひっくり返していると、低い笑い声が背後から聞こえた。
「珍しく焦ってる、笑」
そうやって彼は笑いを噛み殺しながら、いつのまにか合流した後輩と、ニヤニヤしながら私を見下ろしていた。
「え、いつも焦ってばかりですよ・・・あった!すみません!」
ようやくレジュメを発掘した私は、さっと立ち上がり、のぼせた顔をそれで隠した。
それから3人で役割分担をし、やり方の説明を受けた。しかし、私はあまり機械には明るくなく、ワードやパワポはかなり使いこなしてる反面、エクセルは根っからの数字嫌いもあってか、自信がない。
だから、話についていくのが精一杯だったが、以前も私が難しいと感じているタスクで疲弊したことを知ってか知らずか、話がひと段落したところで、彼が私に向かって言った。
「どんなに苦手な人でも大丈夫ですよ。ちゃんと数式は組んだから、自動計算されます。数式を消されなければですけど。逆にこれで何かあったら、僕の作り方が悪かったってことなんで。」
どう聞いてもプレッシャーにしかならない話を笑顔でされ、思いやりなのか意地悪なのか判別がつかない。が、彼の顔は意地悪な笑みを浮かべている。うっ・・・。
「不安しかないんですけど・・・傑作を台無しにしないように頑張ります・・。」
そう私が呟くと、会合は解散した。
数日後、明らかに私の勘違いではなく、タブに必要事項が反映されないことがわかった。でも、直接言うのはハードルが高すぎて言えない・・・!
まずは本当に自分の説が正しいか、後輩のもとへ向かった。
後輩は私に言われたように操作をし、一通り数式を確認すると、
「確かに設定されてないっすね。直接言ってみたほうがいいかも。」
とニヤリと笑った。私が彼を好きなことは多分知らないが、目の前にするとカチカチになることは知っている。
渋る後輩を半ば引きずり、仕事中の彼に修正を頼みに行った。
「あの、お仕事中すみません。実は例のエクセル、タブに必要事項が反映されてなくて、名前を選べない場所があるんです。」
結局私が説明するの?!彼がエクセルを起動させている間、私は後ろに控えていた後輩を睨んだが、楽しそうに指でフレームを作ると、私と彼を指の間から眺めた。最早気持ちまで感づかれてるのか・・・。
「ちょっと確認します。」
そう彼が言うのと同時に後輩は、自分の役目は終わったとばかりに戻ってしまった。仕方なく、私が彼の隣にしゃがもうとすると、
「今、隣いないんで、座っていいですよ。」
画面を見たまま彼は左側の椅子を指した。私はありたがくそれに座り、数式だらけの画面を眺めていた。時々ぶつぶつ言いながら数式を確認したり、なにかとクリックしていたが、しばらくして背もたれに体を預けると、
「これは俺のミスですね。直しときます。」
そう一言発した。よかった、私の推測ミスとかだったら、ただでさえ鋭い目元に皺が寄るところだったかも。
「あ、あといくつかこの後の作業も教えときますね。」
私が一息ついた瞬間に彼がそう言い、またマウスを握った。それからああだこうだと操作を教わった。一通り説明が終わり、お礼を言うと、私は自分の席に戻った。
飲みかけのコーヒーを口に運びながら思う。何も説明を覚えていない!
だってあまりにも真剣な横顔に見惚れていたから。女性とは質感の違う滑らかな肌、キリッとした眼差し、高い鼻、整った白い歯・・・
パソコンフリークなあなたに夢中。
いじわるな思いやり みなづきあまね @soranomame
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます