激突

 魔王アムル、そして勇者カレンの戦闘は、開始早々からその激しさをほとばしらせて繰り広げられていた。

 高速移動と美麗な剣技を以てアムルへと攻め寄るカレンに対し、幾つもの魔法を駆使してカレンを翻弄するアムル。

 対照的な攻撃方法で相手を圧倒しようとする2人は正しく水と油であり、逆に言えば見事に噛み合っているとも言えた。

 互いに僅かでも隙を見せれば、即座に決着と成り得る攻防だったのだ。


「ハアァッ!」


 アムルの死角を突いて、カレンの目にも止まらぬ斬撃が彼を襲う。

 だが驚く程早く構築した防御障壁を展開して、アムルが彼女の攻撃を防いで見せた。

 カレンの剣がアムルの防御障壁との反作用で弾かれ、僅かに体勢を崩した事を見計らったアムルが即座に反撃へと転じる。


「ファイア・ウォールッ!」


 カレンの動きを「点」で捕える事に見切りをつけたアムルは、効果が広範囲に及ぶ魔法を行使する。

 彼が空間をなぞる様に右手を払うと、その手の動きに合わせて巨大な火の壁が出現しカレンのスペースを塗り潰していった。

 見る間に火の海と化した魔王の間では、豪奢な絨毯は消し炭となり高価な大理石の床や柱に炎の跡を残してゆく。

 それを傍らで見つめるバトラキールは、大きく溜息を一つ吐いていた。

 周囲を迫り来る炎に占領されながら、迫られ退路の断たれたカレンが即座に精神集中を高めた。


大いなるクレーメンス・この世のモデルノ・事象をフィスィ・司る者達オルデン・ラウフ……」


 唱える上位精霊語は、彼女の秘剣「精霊剣」を発動させるものだ。

 カレンは押し寄せる炎の壁から逃れる術がないと悟り、早くも精霊剣を発動し氷の精霊を纏わせたその剣で炎の壁を無効化し霧散させた。

 荒れ狂う炎を屈服させ、それでも凛としてアムルと対峙するその姿は正しく戦場に舞い降りた女神そのものであった。


「早速出して来たな、精霊剣……。聖王剣でなくて良いのか?」


 早くも奥の手の一つを披露し、更にその威力も目の当たりとしたアムルは額から一筋の汗を滴らせてカレンにそう言った。

 不敵な態度を崩す事は無かったアムルだが、いざ敵となりその威力を目にして戦慄を覚えずにはいられなかったのだ。


 属性魔法が精霊の支配下に置かれている事を考えれば、彼が繰り出す全ての魔法が彼女に対して効果を成さない事が容易に想像出来た。

 しかし、アムルに「精霊剣」と対する手段がないかと言えばそうではなかった。

 数度しか見た事のない精霊剣であっても、初見では無かったと言う事はこの際彼に大きなアドバンテージを与えていたのだ。


「お前が“魔力転換”を使わないのなら、これでも十分よっ!」


 アムルにそう返したカレンの言葉は、半分だけが本当の事であった。




 アムルが属性魔法しか使用出来ない事は彼女の知る処であり、ならば精霊剣で制する事が出来るのだ。

 余程の事でも無い限り、カレンは真剣にそう考えていた。

 だがその反面、安易に聖王剣を使えない理由もあった。

 アムルの“魔力転換”と同様にカレンの“聖王剣”も使用する為のリスクが高すぎ、そう簡単に使用して長時間維持する事が難しかった。

 アムルの魔力転換が生じる条件は既に把握しており、彼が魔神化するよりも早く決着を付ければカレンも危険を冒す必要はない。

 先に聖王剣を使用してアムルより早く「タイムリミット」が来てしまえば、彼女の敗北は決定的となるのだ。


「出し惜しみして、そのまま負けちまうなんて事にならなきゃ良いけどなっ!」


 しかし例え精霊剣と言えども、多くの精霊力を使用する事に変わりはない。

 如何に尋常で無い精霊力を有しているカレンと言えども、その保有量は無限ではないのだ。

 周囲の空間から無制限に精霊力を吸収する聖王剣と違い、自身の精霊力を使用する精霊剣は確かに長く使い続けることの出来る技ではない。


「それはお前とて同じ事よっ! 魔王っ!」


 そしてアムルも、無制限に魔法を使用してはいられない筈であった。

 魔神化に使用する魔力はアムルの全保有量を使用する。

 だが、少なくなり過ぎれば効果が得られない事は想像に難くない。

 カレンの戦略としては精霊剣を使用してアムルの魔法を無効化し、彼には魔法を多く使用してもらうと言うものだった。


 一気に間合いを詰めたカレンは、アムルに向けて止め処ない連撃を繰り出した。

 しかも、その剣に纏わせる属性を数撃ごとに変えて攻撃し続けていたのだ。

 これにはアムルも防御障壁の属性をその都度変えるより他に手段は無く、素早く属性を変更させ、時には違う属性を持つ障壁を二重に構築する事で対応せざるを得なかったのだった。

 しかし繰り出される剣撃に対して、どうしても魔法構築のスピードが付いていけない。

 次第にアムルの魔法が追いつかなくなり、彼に焦りが生じだした。


「ちぃっ!」


 このままでは分が悪いと悟ったアムルは、自らの足元に巨大な爆炎を発生させた。

 突如沸き起こった超至近距離での爆発には、流石のカレンもその身を回避させるしか手段がない。

 対するアムルは自身の防御障壁で爆炎を防ぎつつ、カレンとは反対方向へと飛び退き大きく間合いを取る事に成功した。

 距離を取る事により、アムルは新たに魔法を構築し攻撃に転じる機会を得たのだ。


「連続魔法発動っ! ラピッド・ファイアッ!」


 両手を合わせてそう叫んだアムルは、次の瞬間大きく腕を開いて中空に魔法陣を形成すると、その手をそのままカレンの方へと向けた。

 アムルは動きの素早いカレンに抗する為、威力はやや低いものの連続使用出来る魔法へと切り替えたのだ。

 しかもこの魔法は一発ごとに属性を変えて放つ事が出来る。

 如何にカレンと言えどもそれに併せて精霊を変更しながら対する事も出来ず、ある程度は属性を纏わせた剣で斬り落としながら、対処の遅れた魔弾に対しては回避して対応するしかなかった。

 アムルが速射しカレンが回避する。

 普通の魔法使いならば即座に魔力が枯渇してしまいそうな程の時間アムルは連射を続け、僅かでもタイミングを逸すればその弾雨に晒されてしまう緊迫感の中、カレンは途切れる事のない集中力を発揮していた。

 そして均衡している状態に見えた攻防にも徐々に綻びが生じ始めた。カレンが押され始めたのだった。


「……くうっ!」


 アムルは僅かな時間でカレンの行動に癖やパターンを見出し、彼女を追い詰める様に攻撃を浴びせだしたのだ。

 高速で無数に飛来する魔弾を処理しきれずに、徐々にカレンの動きは速度を落としついには足を止めてしまった。

 アムルの攻撃に回避を封じられたカレンへ向けて、数えきれない程の魔弾が襲い掛かった。

 退路を断たれた状態のカレンは、それでもなんとか魔弾を剣で斬り落とし楯を以て防いでいた。

 だが余りにも多勢に無勢の状況では、その防御行動すら追いつかなくなっていった。

 火炎に氷結、突風に飛礫ひれき、四属性の波状攻撃がカレンを襲い、瞬く間に彼女を中心とした爆炎が沸き起こった。

 しかしアムルはそれでも攻撃の手を緩める事無く、立ち昇る噴煙の中に攻撃を放ち続ける。

 その直後、噴煙を斬り裂く聖銀の光が発生し全てを霧散させた。

 カレンのいた場所へと放たれた魔弾は、そのどれもが直前で効力を失い消え失せる。

 防御された訳でも斬り落とされた風でもなく、ただ与えられた属性を維持出来ずに消え去ってしまうのだ。


「……出やがったな……」


 その輝く銀色の光を、アムルは一度だけ見た事がある。

 鬼神像を粉々に粉砕したカレンが纏っていた光は、今見ている白銀光そのものだったのだ。


「……聖王剣っ!」


 煙が晴れ、中から姿を現したカレンに向けてアムルは強く吠えていた。




 美しく輝きなびく金と銀に分かれた髪。

 しなやかに体から伸びた手に握られた剣の切っ先まで、その力が満ちている。

 体全体からも銀光を発して、その姿は神々しい程であった。

 そして、双眸に輝く聖銀の光が鋭い眼差しとなってアムルを射抜いていた。

 だがこうなっては、アムルの魔法は攻撃に限らず防御に至るまで無効化されてしまう。

 彼女の聖王剣は魔法属性をその精霊力で霧散させ、彼女が放つ攻撃は全て有効にしてしまう特性を持っているのだ。

 こうなる事をアムルだったが、実際に聖王剣を纏った彼女と対峙して戦慄に近い感情を抱いていた。


「おおおぉ―――っ!」


 そしてそれに応じるように、魔力を高め出したアムルが気合の声を上げた。

 この展開は彼の思い描いていた通りであり、前哨戦は一先ずアムルに軍配が上がったと言える。

 魔力の使用量が多くなれば、彼の“魔力転換”に支障をきたす事は間違いなかった。

 故にカレンは魔法を多く使わせようと画策し、アムルは極力抑えたかったのだ。

 あのまま互いに切り札を隠したまま戦い続ければ、攻撃に魔法を使用するしかないアムルが最後に不利となるのは間違いなかったのだ。


 急激に高めた魔力が、黒く禍々しい色を発してアムルを覆い。

 まるで繭の様に彼の周囲に留まった黒い魔力が、彼の姿を変貌させていく。

 そして繭から羽化したアムルは、先程までと違い黒き魔神と化していたのだった。


「……魔王。とうとうお前も本気を出して来たわね……」


 銀色の聖女が静かにそう呟き。


「お前の聖王剣に対するには、これしかないからな」


 漆黒の魔神が口の端を吊り上げてそう返した。


 魔法の通用しないカレンに対するには純粋な力押ししかなく、この結果はある種アムルの想像通りとなった。

 正邪の視線を絡めあい、暫しの間アムルとカレンは見つめ合う。

 それは互いに言葉を交わさずとも、その視線だけで会話をしている様でもあった。

 双方とっておきの切り札を提示し、それぞれにリスクが生じている以上決着はそう遠くない場所にあるのだ。

 そして、その時間もほんの僅かなものであった。


 まるで示し合わせた様に二人は同時に床を蹴った。

 互いに小細工を弄した様子もなく、ただ一直線に双方の元へと向かってゆく。


 ―――まるで……惹かれ合うように……。


「魔王アムル―――ッ!」


「勇者カレン―――ッ!」


 しかしそれは、俗に言う甘やかな感情から来るものではない。

 二人の互いを呼び合う怒号が魔王城全体を震わせ、神話の時代に繰り広げられていたであろう壮絶な戦いが切って落とされたのだった。

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