7.伝説龍との死闘

最後の守護者

 鬼神像の部屋からは、狭い石階段が、大きく螺旋状に上へと続いていた。

 構造上からそこは魔王城の一番高い塔、その内部である事がアムルとカレンにも分かっていた。

 上へと続く階段の途中に小部屋や脇道の類は無く、ただ只管に上階の部屋へと繋がっている。

 2人にしてみれば複雑に入り組んだ迷路を進むよりも格段に有難い構造ではあるが、逆にそれはこの城を設計した者が持っていた圧倒的な自信の様にも伺え、アムルとカレンには不気味なものに感じられより一層緊張感が高まっていた。


 2人は会話を交わす事無く、ただ只管に階段を昇りつめて行く。

 ただし、この2人が喧嘩状態にある……という理由からではない。

 アムルは毒を抑え込む事に集中しており、カレンは彼の状態に焦りを覚えて声を掛けるよりも早く先へ進みたい一心からであった。


 随分と階段を進んだ先に、目的である次の部屋への扉が見える。

 今までの扉よりも更に小さく、一目見る限りでは僅かばかり豪華な扉としか思えない。

 だがそこまで辿り着いたアムルとカレンは、扉越しに中から感じられる言いようもない重圧に息を呑んでいた。


「……開けるね」


 カレンがアムルを見る事無く把手とってを手に取りそう呟き、アムルもそれに答える事無く無言で頷いた。


 カレンがユックリと扉を開いた。

 見た目と違い重々しく開いた扉の中からは、マロールからも受けることのなかった圧力が流れ出してきていた。

 一歩室内へと歩を進めたアムルとカレンは、目の前に鎮座する白い小山の様な存在を即座に捉えてその動きを止めてしまう。

 周囲の造りはやはり今までと同様、綺麗に敷き詰められた自然石の床と壁。

 ただしその色は大理石の様に薄っすらと白く、どこか荘厳なイメージを醸し出していた。

 広い部屋の中央付近には周囲の白に敗けない程の白色を発している存在が静かに在り、無言の眼差しを侵入者へと向けていたのだった。


「……よくここまで辿り着きましたね……。人界の少女、それに魔界の若者よ……」


 動けないカレンとアムルへ向けて、穏やかだが圧力のある声が投げ掛けられる。

 小山の様な存在は既に本性を表している白い古龍であり、声はそこから発せられていた。

 その声で漸く呪縛の解けたカレンとアムルはユックリと、しかし警戒を怠る事無くその古龍へと近づいてゆく。


「……ふふふ……面白い組み合わせです。よもや人族と魔族が共闘しようなど、夢にも思う事ではありませんでした」


 その巨体はマロールよりも更に一回り大きい存在であった。

 カレンとアムルはその古龍と距離を開けて対峙しているにも拘らず、2人には全く安全な距離を取れている感じが持てなかった。

 だがそれでもそこまで近づいて行ったのは、その古龍が発する声音に悪意や敵意が含まれていなかったからに他ならない。

 2人の警戒心が随分と薄まっていった。

 古龍から発せられる圧力に反してその物言いは穏やかで優しく、二人は思わず気を緩めてしまっていたのだ。


 突然何の前触れもなく、白竜はその大きなあぎとを一杯に開いて白く巨大な一塊をアムル達に放った。

 不意を突かれながらも2人は左右に飛び退き、その白弾が直撃する事を避けていた。

 白弾が着弾した石床一帯は即座に凍り付き、その効果が冷凍である事を物語っている。


「ちょ……ちょっと―――っ! いきなり何すんのよっ!?」


 白竜の行為にカレンが即座に抗議の声を上げた。

 しかし白竜は、そのカレンへ向けて白弾の第二撃を放った。


「貴女はここへ話をしに来たのですか? もっともどの様な話を持ち掛けられようと、私はここを通すつもりはありません」


 そして更にもう一発をアムルへと向けて放ったのだった。

 彼は即座に魔法障壁を展開してその攻撃を凌いだ。

 今の彼が魔法を行使すれば、その分体内の毒を抑える事が疎かとなり浸食を再開する。

 そして今の彼は、その毒の効力により本来の魔法力で術を展開することが出来ない。

 それでもアムルが古龍の攻撃を防ぐことが出来たのは、それが警告であったからに他ならなかった。


「ここを通りたければ、最初から私を倒す気持ちで向かってきなさい。会話など、話し合いなど無意味であると知る事です」


 再び対峙するアムル達に、白竜は悠然と言い放った。

 



 白竜から感じ取った優しい雰囲気から友好的と感じ取っていたアムル達へ、白竜はまるで注意を喚起している様である。

 そしてその言葉に、己の危機意識が希薄している事に気付いたカレンは打ちひしがれていた。

 ここは魔界の最深部、魔王の居城魔王城であり、カレン達勇者一行はここへ魔王討伐に赴いているのだ。

 白竜の言った通りここへは話し合いに来た訳では無く、そしてこの城に存在する魔獣幻獣が友好的であるなどある筈はなかったのだ。


 アムルもまた、自身の立場やこの城の状況を失念している事に気付いた。

 彼は少なくともカレンよりこの城について詳しい筈であり、また魔王の間を守る守護者についても知っていた筈であった。

 その種族や能力までは知らなくとも、その存在が魔王の間へと続く通路を守護している事を考えれば、人族の侵入者や相手に友好的である筈がなく敵対していて然るべきなのだ。

 本当ならばアムルはその事をしっかりと把握して、カレンに注意を喚起しなければならなかったのだ。




「……先程の攻撃は最後通告です。人族の少女、そして招かれざる魔族の若者よ、此処をこのまま去りなさい。ここは魔王の居城であり、呼ばれもしない者がおいそれと訪れて良い場所ではないのです」


 そう告げると白竜の身体から、白い霧のようなものが湧き立ち部屋を満たそうと広がっていた。

 マロール戦での例から言えば、それが只の霧などでは無く白竜の龍気による結界である事は明らかだった。

 間違いなく白竜にとって有利な状況となる事はアムル達にも察しがついたが、それがどの様な効果をもたらすのかまでは分からない。


大いなるクレーメンス・この世のモデルノ・事象をフィスィ・司る者達オルデン・ラウフ……」


 カレンは即座にその対応策として精霊剣を詠唱し、あらゆる事態に備えだした。

 間もなくカレンの剣に顕現した精霊は、先程白竜が吐いたブレスから勘案して炎の精霊であり、刀身全体を真っ赤に染めてその表面には炎蛇プロミネンスがのたうち回っている。


「……えっ!? 何っ!?」


 だがその現象はカレンが発した驚きの声と共に消え失せてしまった。

 炎の如き紅い光も、その表面を蠢いていた炎蛇も今は全く見て取れなかった。


「ど……どういう事なのっ!?」


 恐らく何度も精霊剣の発動を試みているのだろうカレンは、その試行が上手く行かない事に焦りの声を上げた。

 そして動揺の隠せないカレンへと向け、古龍は再度白弾を見舞った。

 しかしそれを先んじて察していたアムルが、即座に魔法障壁を展開させようとカレンへ向けて掌を翳した。

 だが彼の目論見は効果を発揮する事無く、カレンの周囲に防壁が発現する事も無かったのだった。


「……っ! そう言う事かっ!」


 そう毒づいたアムルは状況を把握し、すぐさまカレンの元へと駆け出し彼女の身体に飛び掛かった。


「ちょっ!? アムルッ!?」


 突然アムルに抱き付かれる形となったカレンは驚きの声を上げ、彼と共に床の上へと倒れ込んだ。

 彼女が先程まで立っていた場所には着弾したブレスが氷の床を形成していたが、アムルに上から覆い被さられているカレンはその事よりも別の事に気が向いており、顔を赤らめてモジモジと所在なさげにしていたのだった。


「……そこの魔術師は気付いた様ですね」


 アムルは白竜の言葉と共に立ち上がり、カレンも慌てた様に彼に続いた。

 カレンが何に対して照れていたのかアムルにも想像に難くなかったのだが、今はその様に甘やかな雰囲気を楽しむ場合ではないのだ。


「私の結界内では魔法の類を使用する事は適いません。己が肉体を駆使して、死力を尽くし私と戦うのです」


 白竜は大きな体を動かしてアムル達に正対すると、ユックリと白霧の効果について語った。

 その言葉は先程の通り穏やかであったが、その内容は声音と裏腹に過酷で厳しいものであった。

 強力な古龍を相手に属性魔法は当然の事、精霊魔法ですら使用する事が許されないのだ。

 攻撃や防御は勿論の事だが、回復や補助魔法すら使用出来ないのであれば人の身で古龍に抗うなど自殺行為に等しいのである。

 しかし白竜に打ち勝たなければ、この先にある「魔王の間」へ辿り着く事は叶わない。


「申し遅れましたね。私の名はセヘルマギア……。古き魔王との盟約に依り、侵入者から魔王の間へと繋がるこのを守護せし者です」


 セヘルマギアは、変わらずその丁寧な優しい口調で自身の名前を語った。


「セ……セヘルマギアですって!?」


 その名前を聞いたカレンは、大きな声で驚きを隠さずに彼女の名を叫んでいた。


「セヘルマギアって言ったら……“原初の龍”の一体じゃないっ! 神話だけじゃなくて童話やお伽噺にも出て来る最強クラスの幻獣よっ!?」


 カレンに説明を聞かずとも、アムルにもセヘルマギアについて認識は持っていた。




 創世神話の冒頭、世界を形作った“”が神々とその僕たる数匹の龍。

 セヘルマギアはその中の一体であり、もっとも古く力持つ龍と謳われる存在なのだ。


「人族の少女、魔界の若者よっ! ここを通りたいのならば……私を屈服させるだけの力を示しなさいっ!」


 高らかにそう宣言したセヘルマギアは、立ち竦むアムル達へ向けて白く輝くブレスを吐きだしたのだった。

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