四神撃砕破
曲がりなりにも男性が女性に対して、「敵の攻撃を引き付けろ」などと言う要求を突きつけたのだ。
カレンがアムルに対して、少なくない不振の目を向けても良い場面である。
それなのにカレンは、アムルの提案を即答で了解したのだ。
ただし、確りと“爆弾”を植え付ける事は忘れていなかった様だが。
カレンの笑顔を目の当たりにしたアムルは、引き締まった顔に何とか笑顔を浮かべて答えた。
「……ああ! 任せておけ!」
もっともその笑顔は、到底カレンの笑顔には及ばない緊張感に塗れたものだった。
彼女の「期待」は、とどのつまり「あたしにそんな役を押し付けるんだから、当然1発で仕留めてくれるのよね?」と言うプレッシャーに他ならない。
自然、アムルも後には引けず、気合も否応なしに高まると言うものだった。
「それじゃあ、行くわよっ!」
カレンは気合の声を上げて、鬼神像を周り込む様に駆けだした。
ただ駈け出したとは言っても、その動きは到底「走っている」には程遠い。
せいぜい早歩き程度だろうか。
それでも、アムルが移動する速度よりは遥かに早い。
そして鬼神像も、自分に向かって来る人影をターゲットに認めた様だった。
重力に抑えつけられながら、それでも鬼神像が巨剣を振りかざし、それをそのままカレンへ向けて振り下ろす。
「くぅ……っ!」
動かない身体を気力と体力で後押しし、カレンは何とかその一撃を躱す。
カレンの動きも本来のもので無ければ、巨像の動きも緩慢としたものだ。
しかし、使用する「力」は普段の倍かそれ以上に達している。
疲れを知らない鬼神像は、この圧力の中でも黙々とカレンを狙い定めて攻撃を繰り返す。
対してカレンは、今は何とかその斬撃を躱す事に成功しているものの、それも時間の問題だと言う事は明らかだ。
―――このままでは所謂、結果の見えた盤上棋に他ならない……。
アムルはそれを俯瞰した意識で見つめながら、殆どの神経を集中する事に回している。
「重圧に耐える」と言う集中を無意識下に追い出す事は出来ない。
これを無視すれば、彼は瞬く間に床へと縫い付けられてしまうだろう。
故に彼の集中力は、ぞの全てを魔法行使に回せない。
それでも、必要最低限の集中力で圧に耐えながら、大部分を魔法行使に回し魔力を呪文になぞらせる。
アムルはカレンの要望通り、自身の持てる最大の魔法で応じるつもりだった。
勿論、強力なればこそ、その完成には大量の魔力と集中力、そして長い詠唱が必要となる。
意識の端では、カレンが明らかな苦戦を強いられている事を把握している。
彼女は元来、パワータイプでは無い。
鬼神像の攻撃を、その剣で受け止める事が出来るかどうかも怪しいのだ。
今はまだ体力が持続しているお蔭で、巨像の振り下ろす巨剣を躱す事が出来ている。
それも時間の問題なのだが……。
アムルがカレンを気に掛けているのは、それこそ最悪の事態を想定しての場合だ。
アムルの魔法が完成する前にカレンの体力が尽きるようであれば、アムルは別の手段……秘匿すべき手段を行使する腹積もりであった。
アムルの集中が更に高まり、魔力が魔法を形成して行く。
焦らず、慌てず、心を乱す事無く、それでも最速で……。
様々に相反する条件を、それでもアムルはその凄まじい集中力で熟してゆく。
「きゃあっ!」
アムルの耳に、カレンの悲鳴が流れ込む。
彼の視界にも、今カレンがどの様な状況か把握していた。
肩で息をし大粒の汗を浮かべたカレンが、とうとう鬼神像の巨刀に捕捉されたのだ。
残された力でカレンは何とかその巨刀を自身の剣で受け止め、そして刃先を滑らせる事で何とかその攻撃を地面へ逃がす事に成功した。
ただ先程の悲鳴が現わしている様に、この防御方法は彼女の意図するものでは無い。
そうしなければ、躱す事が出来なかったのだ。
そして次の一撃は、真っ向から受け止めるより術はない事をアムルも理解出来ていた。
「炎の魔神っ! 水の女帝っ! 風の大王っ! 大地の守護神っ! 全ての王に拝謁仕るっ! 我の望みを聞き届けたもうっ! 我の前に牙剥きて立ちはだかる巨悪に対し、その御手により裁きの鉄槌を放ちたまえっ……っ!」
だからこそアムルはより一層自身を抑えつけ、冷静を旨とした。
そして、その“我慢”の結晶が結実する。
小さく、早く、それでいて力強く紡がれた呪文に、アムルの魔力が満ち満ちて行く。
「カレ―――ンッ! 待たせたな―――っ! そこから離れろ―――っ!」
アムルの中で完成された魔法は、今まさに鬼神像へと放たれようとしていた。
疲労困憊の中でアムルの声を聴いたカレンは、アムルの方へと目をやり思わずギョッとする。
それ程に、アムルの元で渦巻く魔力が尋常では無かったのだ。
「ちょっ! アムッ! まっ!」
全ての単語を途切れさせるほどに慌てたカレンが、残る力を振り絞ってその場から飛び退いた。
「いっくぞ―――っ!
カレンの声に構う事無く、アムルは魔法を放った。
勿論、カレンが何を言おうとしているのかも、彼女が回避行動を取ったばかりだった事をも理解した上で。
アムルはカレンを見て、彼女ならば魔法の有効距離から回避してくれると信じたのだ……いや、期待したのか。
アムルの魔法発動と同時に、鬼神像の足元には巨大な魔法陣が展開された。
「ちょっ! きゃあぁぁ―――っ!」
カレンはそう叫びながら、最後に大きく跳躍する事に成功する。
間一髪……カレンはアムルの展開した魔法陣に巻き込まれず、何とか回避する事に成功した。
「
アムルは両掌を併せて指を組み、腕を前に突き出してそう叫んだ。
彼の声に呼応して、巨像の足元に展開済みの魔法陣から水が鞭のように飛び出して鬼神像を絡めとった。
巨像の動きを制圧した水の鞭は、ぞのまま氷の鎖となり完全に固定される。
「
続けざま、彼は二つの言葉を放った。
その直後、鬼神像の頭上に強力な魔力光が発生し、そこからは巨大な紅蓮の剣と、同じく荘厳さを漂わせる風を纏った槍が出現した。
何ら勿体ぶる様な事もなく、その二つの神器は即座にその目的を行使する。
紅蓮剣は巨像の右肩から左わき腹へ、風烈槍は左か方から右脇腹へと、アダマンタイト製のボディを一切苦にする事無く貫いた。
それと同時に灼熱の炎が湧き上がり、それを巨大な竜巻が巻き上げた。
激しく渦を巻く竜と化した炎は、その温度を一気に高まらせて鬼神像を翻弄する。
「……アム……ッ!?」
その光景を見つめていたカレンが、アムルに声を掛けようとして思い留まった。
両腕を突き出し、術を次々と発動して行くアムルは、玉の様な汗を掻いて必死の形相で鬼神像を見つめていた。
彼の使っている魔法を唱え切ることがどれ程の苦難なのか、カレンは一目でその事を理解したのだ。
「……
アムルが四度、声を発する。
激しく渦巻く爆炎の背から、神々しいと言って良い巨大な鎚が出現する。
金剛石をふんだんに取り込んでいるその神鎚は、炎柱と化した鬼神像へと躊躇なく振り下ろされた。
耳を
神撃に耐えきれなかった鬼神像の両足が、膝の部分から
炎の塊となって、鬼神像が前のめりに倒れる。
そして。
地響きを上げて、鬼神像は巨体を石床へと沈め、その行動を停止させたのだった。
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