それぞれの役割
巨大な深緑色の
その手に持つ体と同色の巨刀が、遠心力の力をも利用し加速して降りてくる。
「あぶないっ! アムルッ!」
体の制御を取り戻した……いや、抑えつけられる力に抗ったカレンが、そう叫びながらアムルへと飛び掛かり飛来する巨剣の一撃を回避する。
僅かの後にアムルのいた所では爆音が鳴り響き、石床に大きな穴を穿っていた。
「す……済まない……カレン……」
間一髪で助けられたアムルは、体の自由を奪われた状態にもかかわらずそれでも何とかカレンの方へと向き直ってそう謝意を示した。
「どういたしまして。……それよりも、動けそうにない?」
小さく息を付いたカレンが、心配そうな表情でアムルにそう問いかけた。
それを受けたアムルは、苦笑いを浮かべて彼女に応える。
「はは……まさか、こんな所で鍛錬不足が露呈するとは思わなかったよ……」
自嘲気味にそう答えるアムルに、カレンはそれ以上の言葉を続ける事が出来なかった。
実際の処、アムルも全く体を鍛えていない訳ではない。
多忙な日々を送る中で、それでも時間を見つけては魔法の研究や実習、それに体を動かす事も忘れていなかった。
ただそれも筋力アップを目的としているのではなく、それこそ必要最低限の事である。
本来魔法使いである彼が、本格的に体を鍛える必要はあまりないのだ。
魔法の使用には、必要な魔力と知識、そして高い精神集中が必要となる。
そしてそれに耐えうる体力も必要となるので、全くの虚弱であっては魔法の使用にすら支障を来す。
そう言った意味で、体を鍛える事自体は如何に魔法使いと言っても疎かにする訳にはいかない。
だがそれも、前衛を務める戦士並みに鍛えなければならないかと言うと、勿論そんな事は無い。
目的はあくまでも魔法の行使であって、剣を携えて戦う事では無いのだ。
親衛騎士団長のリィツアーノや、カレンの仲間である戦士ブラハムの様に、ムッキムキのマッチョとなる必要は何処にもないのだ。
それでもアムルがそう口にしたのは今、彼等を抑えつけている重力に対抗する為には、少なからず「筋力」が必要であったからだ。
「それで? 何か考えはあるの?」
アムルの独白が自身を責めるものでは無く、どちらかと言えば思わぬ処で思わぬ弱点が露呈した事を楽しんでいる様に感じられたカレンは、やや呆れた口調でそう問いかけた。
彼の弱みが浮き彫りとなったからと言って、状況は一向に良くはなっていない。
巨大鬼神像は、重力の影響下でもそれを気にした様子すらなく行動し、2人に対して容赦のない攻撃を繰り出して来る。
それに対してカレンは何とか動く事が出来るものの、その動きは常時のものとは程遠い上に、アムルに至ってはその場から歩を進める事すら辛そうなのだ。
「……弱点は頭部……若しくは上半身で間違いないだろうな」
再びこちらへと向き直ろうとしている鬼神像を横目に見ながら、アムルは冷静な口調でそう話し出した。
「まぁ。そうでしょうね」
それに対してカレンの反応は、その先を更に促す相槌だった。
カレンとて、決して猪武者と言う訳ではない。
普段は考える事を参謀であるマーニャや、博学なエレーナに任せているものの、冷静な洞察力と判断力を“少しは”備えている女性なのだ。
そんな彼女から見ても、この状況……重力の影響で高所への攻撃が難儀な現状を鑑みれば、巨像の核となる部分が上半身よりも上である事は、それこそアムルに指摘されなくともすぐに察せられた。
「……お前……高く飛べそうか?」
次いでアムルの口から発せられたのは、彼女に対して確認を求める言葉。
当たり前の話で、上半身に急所があるならば彼女の攻撃を有効にする為には飛び上がらなければならない。
「無理ね……。ちょっと跳ねるだけでも大変だわ」
そしてカレンは、ややお手上げと言った声音とゼスチャーでそう返答した。
戦士として少なからず鍛えている彼女ならば、この場での戦闘行動は辛うじて可能だとしても、流石に高くジャンプするまではいかない様であった。
「……だろうな……。なら、奴を這い蹲らせるしかない……か……」
高い場所に攻撃目標があり、そこへ至るのが至難ならば、その目標を自身の攻撃が届く範囲へ引き下ろせばいい。
アムルはそう言いたいのであったが。
「どうやって?」
簡潔かつ的確に繰り出されたカレンの言葉。
今必要なのは状況を分析して論じるのではなく、それを如何に実行するかという事である。
単純に、強力な攻撃を加える事が出来れば、さしもの鬼神であってもその両手を地面に付くかもしれない。
問題なのは、それをどうやって行使するかと言う点にあった。
強力な重力に晒されているアムル達は、現状魔法を使えない……いや、使い難い状況にある。
魔法の行使には、高い精神集中が必要となる。
より高度な魔法であればあるほど、より集中力を高める必要があるのだ。
だが戦闘中に在っては、敵もその事は重々承知しているだろうし、わざわざ自分達を攻撃する魔法が完成するまで待っていてくれるなどと言う事は有り得ない。
当然の事ながら阻害行動を取るのは明白で、そして魔法使いもその事を念頭に置く必要がある。
故に、魔法使いに求められるのは、先頭の最中に在っても集中力を高く維持し、即座に、そして強力な魔法を行使する事だ。
だが今この時に関して言えば、魔法の為に精神を集中する事すら儘ならないと言っても過言では無かった。
抑えつけられる力に対抗する為に、魔法とは違う部位……つまりは四肢に力を籠める事へと集中を割かなければならないのだ。
そんな状態では、強力な魔法を行使する為の集中を高めるなど無理と言わざるを得ない。
「勿論、俺の魔法で、だよ」
しかしアムルの答えは、カレンの考えとは違っていた。
「だから、どうやって……っ!」
「カレン……お前、時間稼ぎしてくれ」
どうやって魔法を使うのか? ……と言うカレンの問いかけは、続けて紡がれたアムルの言葉に遮られてフェードアウトしていた。
単純に考えて、今のアムルが強力な魔法を行使する為には、重力による行動制限を無視する必要がある。
当然の事ながら、魔法行使のために動きを止めたアムルは鬼神像の攻撃を回避できない。
その為に、アムルはカレンに鬼神像の注意を引き付けるよう求めているのだ。
勿論、立ち止まろうが寝転がろうとも、アムルに掛かる重力が軽減される訳もなく、カレンが巨像の相手をしていたとしても彼の魔法が発動するにはそれなりの時間を要する。
カレンにしてみれば、そんな事はすぐに理解出来る範疇だったのだが。
「ええ、いいわよ」
それでも、カレンはアムルの提案に異議を唱える事もなく、自信ありげな笑みを浮かべて即座にそう答えたのだった。
これにはアムルの方が面喰い、少なくない動揺を見せていた。
「お……お前……それで良いのか?」
危険をその身に引き付けろ……等と言う、ある意味無茶な要望であるにも関わらず、カレンにはそれに対して不満を浮かべた様子はない。
それどころか、その言葉を待っていたと言わんばかりの表情と声音だ。
「良いも悪いも無いでしょ? 現状ではそれしか方法が無いんだし、適材適所って奴よ」
だがそんなアムルの考えに反して、カレンの答えは実にサバサバとしていた。
「だけど……期待して良いのよね?」
そして彼女は、飛びっきりの笑顔でそう付け加えた。
その笑顔を前にして、アムルは不覚にも絶句してしまっていたのだった。
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