輝鉱石の鬼姫

「……ほんっと……良い趣味してるよっ!」


 ゆっくりと動き出した鬼神像を見つめながら、アムルがそう毒づいた。


「なによっ! あれを作ったのは魔族の王様、魔王なんでしょっ!?」


 アムルがまるで嫌悪している様にそう言い放ったのを聞いて、カレンが憎まれ口でそう返した。

 その言葉は、鬼神像の設置に関する責任をアムルに問うているものではない。

 単なる「売り言葉に買い言葉」とまでは言わなくとも、アムルの言葉に同調して発しただけなのは明白であった。

 ただ、カレンの口にしたその言葉が「まだ見ぬ魔王」に当てたものであると分かっているだけに、「今代の魔王」であるアムルとしては胸中穏やかならざるものを感じていたのだ。

 勿論、動き出した巨大鬼神像を制作、設置するよう指示したのはアムルでは無い。

 階下にいた悪龍マロールも、そして目の前の鬼神像にしたところで、配置したのは随分前のだ。

 だがそんな事は関係なく、カレンは包括的に「魔王」の責任を謳っているのだ。

 つまり。


『やっぱり魔王って意地が悪くて、嫌なやつね』


 と言われている様に感じられたのだった。

 その事について、アムルとしては異論もない。そして、反論の余地も大いにあった。

 外敵に対して、本拠地防衛は最重要項目である。

 どの様な仕掛けや兵器であれ、備えないのは愚か者でしかない。

 その備えは招かれざる侵入者に対してのみ働くものであり、悪意を持って押し寄せなければその洗礼を受ける事など無いのだ。

 つまり攻めてきた方が悪く、それについて文句の言われる筋合いはない……と言う事だ。


 だが残念ながら、今代の魔王であるアムルも、今は外敵と認識されている。

 その立場から考えれば、アムルもカレンの言葉に概ね同意だと言えた。

「あれを作った魔王って奴は、なんて嫌らしい奴なんだ」と言う思いを抱かない訳では無かったのだった。

 ただ「魔王」と一括りにされた発言に、アムルとしては何とも言い難い葛藤と、忸怩たる思いがない交ぜとなった気持ちを感じているのだ。


 とうとう、鬼神像はその巨足を一歩、前へと進めやった。

 動き出した巨像は、考えるまでもなくその足で行動し侵入者の排斥を行うのだろう。


 ―――そう……カレンと……アムルを……。




「と……兎に角だ、カレンッ! 随分とデカ物だが、戦えないって事は無いだろうなっ!?」


 心の動揺を抑え込んだアムルが、カレンへと向けてそう問いかけた。

 鬼神像の戦闘能力は未知数だが、その手に持つ巨剣だけを見てもかなりのものだと推察出来た。

 そして何よりも問題なのは、その大きさに他ならない。

 人体か、それに近しい造りをしている生物ならば、その急所は大抵が頭部に在る。

 だが、立っている巨像の頭部は、カレンやアムルの遥か上方に位置しているのだ。

 人口建造物体である鬼神像の急所が、必ずしも頭部に在るとは言えない。

 しかし、何処に巨像の急所があるのか分からない以上、彼等が攻撃を集中させるのはその頭部以外に考えられなかった。

 アムルは、その事をカレンへと確認しているのだった。


「勿論よっ! あれ位の高さなら、問題ないわっ!」


 カレンも正確にアムルの言葉を理解したのだろう、そう声を返して来た。




 これが生物ならば、カレンの手が届く場所、それこそ足に攻撃を集中しても、それなりにダメージを期待出来るだろう。

 執拗に攻撃を繰り返せばいずれは膝をつき、倒れ、頭部への攻撃も容易となるかもしれない。

 しかしそれも、巨像が相手ならば期待し過ぎるのは危険と言える。

 何せ相手は、痛みを感じる事が無いのだ。

 完全に破壊する以外に、相手の膝を折る事が出来るとは思えなかった。


「よしっ! じゃあ、行くぞっ!」


 そうカレンへと呼びかけ、アムルは即座に魔法攻撃の為に精神集中を開始した。


「荒れ狂う稲妻の嵐っ! グロムシュトゥルムッ!」


 そしてそれは、即座に完成する事となった。


「……っ!? ええっ!? もうっ!?」


 その余りに早い実施に、カレンは驚きの余り大きな声を上げていた。




 普通一般で考えるならば、魔法のプロセスはまず精神を集中させ、魔法行使に必要なだけの集中が高まった時点で呪文を唱え、その呪文に対して魔力を注ぎ込み、それを内なる魔導書へと刻み、それと同時に注いだ魔力を具現化する現象に合わせて形成し、その後発動し効果を得る。

 特に重要なのが「集中」であり、より高位の魔法を行使する為にはかなり集中を高める必要がある。

 そしてそれは、どんな人間であっても時間の掛かるものなのだ。

 魔法使いが高みへと達する為には魔法力の強さや量も大切だが、この集中をどれだけ短時間により強く高める事が出来るのかが重要となって来るのだった。


 アムルが魔法を発動したその次の瞬間、鬼神像の上方に出現した漆黒の球体……魔導球より、夥しい数の稲妻が巨像目掛けて降り注いだ。

 まるで小型の雷雲が出現し落雷を引き起こしたかのように、石室内には眩い光と、それに伴う轟音が響き渡った。


「キャッ!」


 鬼神像へと駈け出していたカレンだったが、その余りに凄まじい魔術の発現に図らずも足を止めてしまい、手を翳し思わず悲鳴を上げていたのだった。

 瞬間的に強力な雷が無数に降り注いだのだ。

 鬼神像は動きを止め、その身体からは無数の黒煙が筋を引いていた。

 それを見たカレンは暫し動けないでいたが、それもほんの僅かな時間。

 即座にアムルの方へと振り返り、抗議の声を上げた。


「ちょっと、アムルッ! あたしまで巻き添えにする気っ!?」


 勿論、アムルはそんな考えなど更々持っていなかった。

 極度に高度な制御をされた彼の魔法は動き出していたカレンをも計算に入れ、彼女に被害の及ぶことが無いよう繰り出されたものだった。

 寧ろアムルとしては、その様な非難を受ける事自体、心外以外の何ものでもない。

 その事に対して反論しようとしたアムルだったが、それよりも先にカレンが言葉を続けたのだった。


「……でも、流石ね。あれだけの威力を持つ魔法をあんな短時間で……。ひょっとしたら、マーニャよりも使い手なのかもね。あなたって」


 そう言ったカレンの顔には、心底感心したと言う笑みが浮かんでいた。

 些か気分を害されたアムルだったが、そんなカレンの表情を見て込み上げていた溜飲も下がったのだった。


「……まぁな。魔法に関しちゃ、俺もかなり自信をもって……っ!?」


 アムルがカレンへと返答していた最中、大質量の鉱石が起こす擦過音が鳴り響いた。

 動きを止めていた鬼神像が、その行動を再開しだしたのだ。


「何だとっ!?」


「あいつ、ダメージが無いのっ!?」


 アムルとカレンは、殆ど同時にそう叫んでいた。




 アムルとしては、持てる魔法力を最大限に高めて、上位魔法を行使したのだ。

 それで仕留める事が出来なかったとしても、大きなダメージを与えたと言う手ごたえがあった。

 カレンの方も先の魔法を目の当たりにして、如何に巨大な像であってもただでは済まないと考えていたのだろう。

 事実、2人の間には、この戦闘が終了したと言う空気すら流れていたのだった。

 しかし、現実は大きく異なっていた。

 巨大な鬼神像は、アムルの攻撃で動きを止めた事に違いはないが、それが無かったかのように動き出したのだ。


「それならっ!」


 ただ二人の動きが驚愕に硬直したのは、ほんの僅かな時間であった。

 すぐさま気持ちを切り替えたカレンは、アムルに先んじて行動を開始していた。

 この辺りは、流石に場数を踏んで来たカレンの方がアムルよりも優れている。

 一瞬の間に鬼神像へと最接近を果たしたカレンは、手にした剣でその左足脛を強打した。

 想像に反して、彼女の剣と鬼神像の接触音は金属を打ち合わせた様な甲高いものであった。


「……見た目通りの材質じゃないって事か」


 カレンに僅かばかり遅れたものの意識の再起動を果たしていたアムルは、発せられた金属音を聞いてそう毒づいた。


「はぁっ!」


 自身の一撃で巨像に大ダメージを与えられるとは思っていなかったであろうカレンは、攻撃したその場に留まる事無く気合い一閃、大きく跳躍した。

 その直後、彼女のいた場所に鬼神像の持つ巨剣が振り下ろされた。

 すでに跳躍済みであったカレンに直撃する事は無かったものの、剣はそのまま石床へと着弾していた。

 鬼神像の一撃はその石床を粉砕し、巨大なクレーターを形成さえる程強力だった。


「いやあっ!」


 未だ剣を振り下ろした態勢であった鬼神像の横顔に、飛び上がったカレンはそのまま剣を横に薙いだ。

 またもや響き起こる金属音。

 顔を横から格好となった鬼神像は、ややかがんだ姿勢のまま態勢を更に崩し、大きくたたらを踏んで後退する事となった。

 着地したカレンの方はそのまま畳み掛けると言う事もせず、やはり一旦後退してアムルの隣へと舞い戻って来た。

 彼女にしてみてもこの一連の攻撃はあくまでも様子見で、それだけで決着をつける事が出来るとは考えていなかったのだろう。


「なに、アレ? 石や粘土で作られてるって訳じゃなさそうね?」


 アムルの隣では、カレンが呆れたような声を上げていた。

 彼が彼女を横目で確認すれば、カレンは剣を握った手を僅かばかり開いたり閉じたりしている。

 先程の攻撃で鬼神像が殊の外硬かったのだろう、手に少なくない痺れを感じているのかもしれない。


「……ああ……。流石に、魔王城に安置されている鬼神像は、その造りも豪華だって処だろうな」


 自身の城に安置されている守護像であるにも関わらず、アムルはどこか他人事の様にそう答えた。


「あれは多分……アダマンタイト鉱石で作られた巨像だな……。厄介な……」


 そして先程からの一連の攻防を見ていたアムルが、そう自身の考えを付け加えた。

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