6.祀らるる神像の脅威

祭儀の間

 マロールの守っていた部屋を出たアムルとカレンは、更なる上層を目指して通路を進んでいた。

 随分と階段を昇った事で、それまでの地下通路では無く既に地上よりも高い所に位置しているのか、壁の高所に設けられた明り取りの小窓からは外の光が射し込んでいる。

 通路にも苔むした陰気な感じはなく、何処の城でも見る事の出来る石造りの廊下が続いていた。




「はぁ―――っ!」


 カレンが裂帛の気合いと共に、剣を構えて突出する。

 立ち向かう先には異形の邪神を模ったであろう石像が、まるで生命を得たかの様に動き出しカレンとアムルの前に立ちはだかっていた。

 その魔像 “MGR―033 メタルゴーレム”は、動きこそ2人にとっては鈍重そのものだがその攻撃力には目を見張るものがある。

 所謂、石造りのゴーレムと違い、その身体を構成する成分に多くの高硬度な鉱石を含んでおり、防御力も異常に高かったのだ。

 まるで金属同士がぶつかる様な甲高い音を響かせて、カレンの斬撃がメタルゴーレムのボディを傷つけた。


 カレンからは、先程の戦いに依るダメージは感じられなかった。

 すでに、アムルが施した回復魔法に依り、体力の低下と傷ついた体は回復済みであったからだ。

 だが、失った魔力や精霊力の回復には至っておらず、今後の戦いを考えて極力温存する方向で戦っており、メタルゴーレム相手にも殆ど魔法や特殊技能は使わずに対していたのだ。

 ただ正攻法のみで相対するには、ここで出現する魔物は高レベルでありどうしても倒すのに手間取ってしまうのだった。


「滾る炎熱を束ね敵を穿て! インテンスヒート・ライン!」


 異常な防御力を示す魔像だが、その身体には属性防御の類が働いておらず、対するには魔法攻撃が一番であり、ここで最もメタルゴーレムに効率よくダメージを与えられるのはアムルの魔法に他ならなかった。

 だが彼も先程の戦いに依り低減した能力が回復しきった訳では無く、かなり上位の魔法攻撃である“炎熱線インテンスヒート・ライン”を以てしても、一撃で魔像を沈黙せしめることは出来なかった。


「もうっ! アムルッ! 魔法は温存しなさいって言ったでしょ!」


 アムルにそう毒づきながら、カレンが最後の一撃をメタルゴーレムに見舞った。

 アムルの魔法を受けて大きなダメージを負い動きに隙が出来た魔像の胸部にカレンの剣が深々と突き刺さり、ついには魔像もその動きを止めて沈黙し崩れ去っていった。


 カレンがアムルを気遣うような言葉を発したのも仕方のない話であり、魔法を温存する戦いを打ち合わせていたにも拘らずアムルは魔像にレベルの低くない魔法を行使したからだった。

 もっとも彼にしてみれば、の魔法は残存魔力を考慮する程でもなかったのだが。

 類稀たぐいまれな魔法力を持ち莫大な魔力を有するアムルにとって、現存するどの魔法をどれ程行使しても、即座に魔力が枯渇する様な事は無い。

 マロールとの戦闘では殆どカレンのバックアップに徹しており、使用した魔法も防御系が殆どだった。

 マロールの特殊能力に依り未だ魔法力は回復しておらず本来の威力には程遠いものの、魔力自体が激減している訳ではないのだ。


「ああ、悪い。どうにも固そうだったからな」


 しかし、わざわざカレンにその事を説明する様な事をアムルはしなかった。

 ここでそんな事を説明すれば、自ずと彼の存在に彼女は疑問を持ってしまうだろう。

 その様な愚を犯す事など、アムルは今ここで取らなかったのだ。


「……まぁ、確かに? ちょ―――っと硬かったけどねぇ……」


 言葉と裏腹に反省の素振りを見せないアムルに対して、カレンは唇を尖らせてそう答えた。

 確かに先程のメタルゴーレムは非常に硬く、カレンだけで即座に倒しきる事は難しかったのだ。

 アムルの魔法が、魔像の撃退に大きく貢献した事に間違いなかった。


「大丈夫だよ、カレン。ちゃんと考えて使ってるから」


 アムルの言葉に、カレンもどうやら留飲が下がったようであった。

 もっとも、彼女がもし魔法に対して深く精通していたなら、先程アムルが使用した魔法のレベルからその使用魔力も想像出来、やはり彼に対して小言を続けていたかもしれない。

 そこから彼の正体に気付くと言う事も、ひょっとしたら考えられる事であった。


「……それなら良いけど。じゃあ、先に進みましょうか」


 だが幸い、カレンが魔法の種類やそれに伴う魔法力の強度と魔力の使用量に詳しいと言う事は無かった。




「ここも……所謂、チェックポイント……なのかな?」


 通路の行き止まりにある、少し豪奢な扉。

 マロールの部屋の入り口にあった扉よりも小さいものの、その造りは立派であり所々に精緻な意匠が凝らされている。

 また、場所が地上階に当たるからなのだろう、その扉が苔むし埃塗れと言う事は無く、だからこそより一層立派な異様が見て取れたのだった。


「恐らく……いや、間違いなくそうだろうな……」


 自身の城であるにも関わらず、その殆どの内部構造を把握していないアムルはそう答えた。

 しかしそう考えるのも当然であり、殆ど道を違う事無く辿り着いた先にある扉なのだ。

 そして彼らが居る階層の位置を考えれば、この先が目的地である「魔王の間」である可能性は低い。


「ここにもいるのかな……? 古龍……」


 カレンがそう考えるのも仕方のない事であった。




 のっけから魔王の座す「魔王の間」に続く通路を、古龍であるマロールが守護していたのだ。

 それ以降の通路にも古龍か、それと相当以上の強さを持つ魔物が居ても不思議では無い。

 そしてカレンの問いかけに、アムルは明確に応える事が出来なかった。

 可能性としては、彼女の言うようにこの扉の奥で古龍が待ち構えている事も考えられる。

 早い段階とも思えるタイミングで、古龍であるマロールを配していたのだ。

 疲弊した侵入者に、続けて古龍をぶつける様な戦略も十分に考えられた。

 ただ古龍種と言うだけあって、その個体数は決して多くない。

 古より生きる強大な力を持つ龍族ドラゴンであり、貴重な戦力である古龍をまるで使い潰す様な配置は考えられない。

 少なくとも自分が差配するのならば、その様な事はしないだろうとアムル自身も考えていた。


 何も答えないアムルに、カレンは何かを問い質す様な事はしなかった。

 先程の呟きも、アムルから明確に返答が来る事を期待してでの事では無い。

 答えは、薄い扉の向う側で待っているのだ。


「それじゃあ……行きましょうか」


 質問の代わりに、カレンはそうアムルに告げた。

 そしてその言葉に、アムルは無言で頷いたのだった。


 扉には鍵は勿論、何かしらの仕掛けが施されている訳でも無く、いともアッサリとカレン達を招き入れた。

 薄暗いその部屋へと足を踏み入れたカレンとアムルは、マロールの時とはまた一風違う部屋の雰囲気にその歩みを止めて立ち尽くしていた。

 部屋の造り自体はマロールの部屋と似通っており、床や壁は綺麗に形作られた自然石を組んで造られている。

 室内の大きさも殆ど同じように見受けられ、やはりかなりの広さを有しておりちょっとした城の大広間よりも広い程であった。

 ここならば余程の事が無い限り、大暴れをしても狭いと感じる事は無い筈である。

 ただ、周囲に張り巡らされた注連縄しめなわと、一定間隔で垂れ下がる紙垂しでがその部屋の異様さを醸し出していた。

 暗闇に向けて目を凝らし周囲を警戒しているアムルを横目に、カレンはその注連縄へと興味深そうに近づいて行った。


「……ねぇ、アムル。この部屋に張られている荒縄は……何?」


 おっかなびっくりと言った様子で、その注連縄に触れようかどうか思案しながら、カレンはポツリとそう問いかけた。


「なんだ? 注連縄も知らない……そうか。カレンの……人族の世界にはこう言った風習は無いんだったな」


 魔界では比較的多くの村で用いられている注連縄も、人界では全く見る事は出来ない。

 アムルはカレンの問いに答えようとして、その事に思い至ったのだ。


「……ええ……そうね―――……。こんな変わった飾り付けは、何処の村でも見た事は無かったな―――……」


 カレンは、今は遠く離れてしまった故郷を思い出してか、そう呟くように答えたのだった。




 彼女が魔界へと赴いて、まだ一月と立っていない。

 しかし彼女が此処で培った多くの経験が、あたかも長い時間魔界に逗留している様に錯覚させたのだろう。


「それよりアムル? 良く人界の文化に精通しているのね―――?」


 そこでカレンは、アムルが何故人界の事に詳しいのか僅かばかり疑問を持ったのだろう、彼にそう問い質して来た。

 その瞳は彼の何かを探る様に、あからさまに疑っていると言うかの様な半眼となっている。


「ま……まあな。俺は魔法使いだぜ? 異国の文化にも興味があるから、その手の書物は随分と読み漁ったのさ」


 アムルとしても特に考えも無しに彼女と問答を行っており、カレンの不意を突く様な鋭い質問に僅かとは言わずにたじろいでいた。

 表面上は兎も角、内面の動揺が表に出ていたアムルの返答は、聞く者が聞けば即座にその内心を読み取っていただろう。それこそ、彼の執事である……以下略。

 ただ、やはり前衛職を得意とする者は深く考える事が苦手なのだろか……アムルの返答を受けても、カレンは別段疑問に思った様子は浮かべなかった。


「ふ―――ん……。そうなんだ?」


 あっさりと納得して、引き下がってしまった。

 アムルは心の中で大きく安堵の溜息を洩らしながら、先程カレンが浮かべた疑問を答えて行く。


「この縄は『注連縄』と言ってな。この国ではかなりポピュラーな物だ。自らが、もしくはその地域が信仰する神様の本尊を祀る為に用いられている。そしてその注連縄には、この紙垂と呼ばれる紙飾りが多く使われたりしているのも特徴だな」


 そう話しながら、未だに不思議そうな表情で注連縄を見つめるカレンの横に歩を進めて、アムルはそう説明したのだった。

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