時限戦闘

「……あれは……精霊……か……?」


 この魔界では、精霊魔法は非常に珍しいものだった。

 精霊はこの世界にも満ち溢れているが、その精霊を使役する為に必要な「精霊力」を魔族は先天的に殆ど有していないのだ。

 その代わりとでもいう様に魔族は生まれつき魔力が総じて高く、故にこの世界では魔法文化が発展したとも言えた。

 様々な文献を読み漁っていたアムルではあったが、その目で精霊魔法の発現を目にするのは初めてだったのだ。

 今、カレンの周囲では、氷の精霊が踊る様に彼女の周りで顕現し、カレンを熱波の脅威から守っていた。


「精霊魔法」は、アムルが使用している所謂「属性魔法」よりも上位に当たる。

 元々「属性魔法」は、精霊がこの世界で顕現させる事象を己が魔力で再現するもの……つまりは模倣したものだからだ。

 だがそれだけに、誰にでも「精霊魔法」を使用する事は出来ない。

 精霊力を駆使して、精霊を使役するだけの力を持つ者でなければそれは適わない事なのだ。

 しかし一度顕現出来るようになれば、その効果は計り知れない。

 それは、アムルが今見ている通りだ。

「精霊魔法」にも、影響力における強弱はある。

 少なくとも、マロールの使役する火の精霊がまき散らす熱波では、カレンの身を焼くことなど出来なかった。

 カレンとマロール……共に同じ「位」にある精霊を呼び寄せてはいても、彼女は火の精霊が齎す熱気で動きを妨げられるという事は無かったのだった。

 



「我を覆う聖氷のベールッ! アイスレインフォースッ!」


 アムルもまた、自身に耐熱性のある魔法を掛けた。

 これはカレンの呼び寄せている精霊の効果よりも数段劣るのだが、それでも熱波の中を何も備えずに動き回るよりは格段に有用である。

 ジリジリと肌を焦がされる状況は、まるで毒をその身に受けているのと大差ないものの、彼の魔法によりこれが「少し熱い」と感じる程度には軽減されるのだ。

 熱に依る多少の体力低下は避けられないが、それでも随分とマシになるのだった。


「……まだまだ楽しみたいのだ……。すぐに朽ちる真似はしてくれるなよ!」


 そう言うとマロールは、その長く巨大な尻尾を横に薙ぎ払った。

 このままだと、真っ先に接触するのはアムルである。


「強硬なる魔神の盾っ! ストロングシールドッ!」


 アムルは即座に魔法の盾を顕現し、両手を翳して迫り来る巨大な尻尾に立ち向かった。

 まるで押し留める様なその仕草と出現したその盾に、赤龍の尻尾は完全に押し留められてそれより先に進む事も、ましてアムルとカレンを薙ぎ払う事など出来なかった。


「ほうっ!」


 それを見たマロールが、またもや感嘆の声を上げる。

 だが、今度はアムル達が攻撃を仕掛ける番であり、マロールの感想に2人は耳を傾けていなかった。


 マロールの尾撃を抑え込んだと確信したカレンが動く。

 アムルの強化魔法で更に早くなったカレンは、まるで閃光の様に踏み出すと大きく跳躍してマロールへと迫ったのだ。

 殆ど一直線に飛び込んだカレンが向かったのはマロールの長い首、その先についている頭部であった。

 彼女は長期の戦いが不利と踏んで、速攻を仕掛けるつもりで攻撃を行ったのだ。

 マロールの頭部に湛えられた双眸がカレンを捉えるもその態勢は完全ではなく、攻撃を繰り出した後に起こる硬直で僅かに遅れていた。


(……いけるっ!)


 そう確信したカレンの剣が真一文字に閃く。

 彼女の想像した通りならば、その攻撃で首を切断……とまではいかなくとも、致命的なダメージを与える事が出来る筈……であった。

 しかし恐るべき速度で翳されたマロールの右前脚が、その掌で彼女の剣の進行を食い止めたのだった。

 マロールの掌には深々と切れ口が刻まれ、そこから出血を起こしているものの、当然致命傷には程遠かった。


「な……なにっ!?」


 カレンにしてみれば、これは到底納得出来る結果では無く、その考えが思わず声に出ていた。

 だがマロールもまた、その事を考慮して動きを抑えてくれる訳ではない。

 右前脚でカレンの剣撃を防いだマロールはその事を歯牙に掛ける事も無く、今度はそのまま左前脚をカレンに向けて薙いだのだ。

 巨大な壁の如き悪龍の前足がカレンを襲う。

 しかしまたしても、空中で回避行動のとれないカレンを襲うマロールの前足から、出現した魔法障壁が防ぎ切った。

 自身をマロールの尾撃から高度な防御魔法で防いだアムルが、即座にカレンへと向けて防御魔法を再度発動していたのだ。


「きゃ……きゃあっ!」


 だがアムルの時とは異なり、今度はその前足を完全に防ぎきる事が出来ず、カレンはその圧力で弾かれる様に吹き飛んだ。

 前足の一撃がカレンに直撃した訳ではないので彼女にダメージは無いが、アムルとカレンは大きく引き離される結果となった。


「……何だ!?」


 齎された結果は彼の思った通りでは無かった事が、アムルにこの言葉を呟かせていた。

 彼が使用した防御障壁のレベルを考えれば、力負けする可能性は否定出来なくとも、そこまでカレンが吹き飛ばされる結果は想定外だったのだ。

 しかし、アムルがその事を深く考えるよりも先に、視界の端に捉えていた影が再び再起動を果たした。

 カレンが再びマロールへと向けて跳躍したのだ。

 先程と同じく、閃光と思しき動きでマロールに迫った……と見えるのはアムルの主観であり、当のカレンは攻撃途中にも拘らず、自身に起こっている違和感に苛まれていた。

 そしてその考えは、またしてもその体で思い知らされる。

 先刻の斬撃を行った際よりもわずかに余裕を持ってマロールに迎え討たれ、今度は左前脚の鋭利な爪でその攻撃は防がれる事となり、またしても右前脚が彼女を薙ぐ。

 先程よりも大きく体勢を崩していたカレンは、防御姿勢も儘ならない。

 そして再び、アムルの防御障壁がその攻撃から彼女を守る事となる。

 だが、先程の攻防をまるで鏡映しに再生している様に、カレンは防御障壁ごと大きく吹き飛ばされ、今度はアムルの立つ付近へと着地した。


「……アムル……」


 この攻防で疑念は確信に代わり、カレンはアムルにその意見を求める。

 アムルの方も彼女と同意見なのか、カレンの問いにその内容を質す事はしなかった。


「……ああ……。俺達の能力が……落ちてきている」


 アムルは確信を持ってそう答えた。




 カレンは先程の攻防で、自身の脳裏に浮かぶ動きと実際の動きが合致しない事に違和感を覚えており、アムルは尾撃を防いだ時よりも遥かに高い魔法力を駆使して防御障壁を築いたにも拘らず、マロールの攻撃を防ぎきる事が出来なかったのだ。

 それらの事実が導き出す答えは、即ちアムルが口にした通り、カレンとアムルの能力が全般的に引き下げていると言う事に他ならなかったのだった。


「……ふ……ふはは……ふははははっ! ……そう、その通りだっ! 俺の龍気に触れた者は、徐々にその能力を衰退させていく事となるのだっ!」


 種明かしを終えたマロールの口腔から、巨大な炎弾が吐き出されアムル達を襲った。


「凍てつく氷の楯っ! フローズンヘッジッ!」


 アムルは普段よりも多く魔力をつぎ込んで、自身の持つ魔法の中でも特に強力な耐火性防御魔法を展開した。

 マロールの炎弾はその盾に衝突し、僅かにせめぎ合った後霧散して消え失せたのだった。

 だが、その攻防はアムルに更なる焦燥感を植え付ける結果となった。

 先程よりも強く形成した防御障壁であったにも拘らず、その結果は互角だったからだ。


「気付いたか? お前達の能力は下がり続ければ、それは相対的に俺の力が強まると言う事になる」


 そう言い放ったマロールは再び火煙を自身の身体から大量に発し、それはそのままこの部屋に満ちる龍気の密度を濃いものへと変えた。


「手をこまねいておれば、お前達の能力は下がる一方だぞっ!」


 その頭部に割ける口角を更に吊り上げて、マロールはアムル達を挑発した。

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