猛攻、マロール

 広い石室の中では、マロールの高笑いと共に繰り出される攻撃の音と、時折聞こえる魔法障壁との接触音、そしてカレンの繰り出す剣撃の音が響いていた。


「カレンッ!」


「く……っ! アムルは下がっててっ!」


「ははははっ! ふぁ―――っははははっ!」


 先程から接近戦を繰り返すマロールとカレンに、アムルは魔法に依る支援攻撃を行えず専ら彼女の防御補助に徹するしかなかった。

 マロールの連撃は嵐のように激しくその分隙も多いのだが、カレンは彼を捉えるには至らず、一進一退の攻防が繰り広げられているのだった。

 彼が連撃途中で織り交ぜる振り下ろす拳撃は、カレンにかわされても留まる事無く石床を強打した。

 その都度そこから石弾が四方に放たれ、カレンは盾での防御を余儀なくされていたのだ。

 自然石の中でも比較的強固な石で敷き詰められている床を素手で叩きつけられようものならば、それだけでその拳は少なくないダメージを受けると思われた。

 しかしマロールは拳を痛めるどころか、それを砕いて石塊を四方に放って見せたのだ。

 このマロールの攻防一体技は、見た目以上に凶悪だった。


 だが、カレンもただ受けに徹している訳ではない。

 マロールの攻撃に間隙を見つけてはそこを突き、息を呑む様な剣閃を見舞っていた。

 流石にその鋭い攻撃を無視する事の出来ないマロールは、攻撃の手を止めて受け流すなり躱すなりをしなければならなかった。


 カレンの煌めく様な突きが、マロールの頬を掠める。

 僅かに首を傾けてその攻撃を躱したマロールだったが、そこから大きく飛び退いてカレンとの距離を取った。

 その突き技から続くと思われたカレンの連撃を嫌って、仕切り直そうと計ったのだ。

 言動や行動から猪突猛進型と思わせるマロールだが、冷静で的確な判断を行える高い知性を有しており、カレンも彼の隙を衝いて一気に攻勢へと打って出る……という事が出来ずにいた。

 この2人の攻防は凄まじい駆け引きと、一瞬も気を緩めることの出来ない張り詰めたものと化していたのだった。


 しかしこの場で、最も神経をすり減らしていたのは間違いなく……アムルだった。

 彼は先程からフォローに徹しているが、カレンの攻撃を邪魔する事無く、ただ只管ひたすらタイミングを計ってマロールの攻撃を的確に防ぐと言う作業は、さしもの魔王にも荷が重いものだったのだ。

 そもそも、カレンとアムルがするのはこの戦いが初めてである。

 ここに至るまでに幾度かモンスターと戦闘を行って来たが、それらは全てアムルかカレンのどちらかのみでケリを付けたのだ。

 故に2人の息は合い様も無く、それでも強引に彼女の動きと併せて魔法を行使出来ているのは、偏に魔王のセンスがあっての代物だと言えた。


「いいね―――……いいな―――っ! これだっ! これが待ち望んだ戦闘ってやつだよっ!」


 対峙するカレンとマロールはその距離を詰める事も無く、ジリジリと僅かずつ横に移動しながら互いに隙を伺っている。

 彼女達の間には双方の気が充満して行き、まるで空気が凝縮して行く様な錯覚すら引き起こす程であった。

 カレンとマロールは共に右方向へと動きを取り、必然その動きは円を描くものとなった。

 緊張の度合いがさらに高まり、マロールは舌なめずりをしてその時を計っている。


「……フッ!」


「応っ!」


 その時は突然に訪れた。

 特に合図を交わした訳でも無く、それでも示し合わせた様に全く同じタイミングで両者が動いたのだ。

 短く息を吐き驚く程のスピードでマロールに斬りかかるカレンを、彼は真っ向から応じて拳を出した。

 カレンの瞬撃を見切ったマロールの動体視力も然る事ながら、その打撃はカレンの剣撃に対して完全にカウンターを取っていたのだ。

 だが、彼女もマロールの動きを予見していたかの様に、繰り出していた剣を途中で止めて攻撃を中断し、それによりマロールの打撃は空を切った。

 少なくとも、傍から見ていたアムルにはそう見えていたのだが、事実はやや異なっていた。

 カレンの瞬速はマロールの目に残像を残し、瞬時、彼にカレンの姿を見失わせたのだ。


「ぬおっ!?」


 奇声を発したマロールの側面に回り込んだカレンが、自身の剣を上段から振り下ろす。

 その剣速も驚くべきものだったが、マロールの取った防御行動もまた驚くべきものだった。

 突き出した左手を引く事無くそのまま回転させ、カレンの剣に併せて拳を当てに行ったのだ。

 寸分違わず、マロールの拳はカレンが持つ剣の剣脊けんせきを撃ち、その軌道を強制的に逸らす。


「きゃっ!?」


 素手で真剣を攻撃すると言う常識では考えられない防御方法に、思わずカレンの口から悲鳴が漏れた。

 それだけではなく、マロールにより強制的に剣の軌道を逸らされたカレンは、大きく体勢を崩す事となったのだ。

 そこへ、マロールの攻撃が追い打ちとなって襲い掛かった。

 彼は左に回転しながら左手で剣を打ち落とし、そのまま回転を止める事無く右拳でカレンに攻撃を加えようとしていたのだった。


「ぬおおおっ!」


 流れる様な体術から繰り出される動きは、全てが攻撃に繋がっているのではないかと思わせるマロールの技だった。

 如何に態勢を崩しているとは言えカレンもその動きに対応しており、即座に左手の盾を掲げてその攻撃に備えようとした。

 しかし腰の回転をも加えたマロールの右拳は、その場に凶悪とも言える小型の竜巻を作り出しカレンを襲った。

 如何に勇者カレンとは言え、その細腕でマロールの攻撃を防ぎきる事など到底不可能に思われたのだが。


 そのままであれば、カレンの身体は破壊された盾ごと吹き飛ばされたと思わせる……そんな凶悪な一撃であったが、マロールの拳撃がカレンの身体は勿論、左手に装備する盾をも破壊する事は無かった。

 絶妙ともギリギリであるとも言えるタイミングで、マロールの拳とカレンの盾を隔てる様にアムルの極小化された魔法障壁が展開されたのだ。

 彼が作り出した防御障壁の恩恵を受けて、カレンはその身にダメージを受ける事は無く防ぐ事が出来たのだった。


「ぬ……ぬうぅんっ!」


 だがマロールの拳は、弾かれる事無くそのまま力任せに撃ち抜かれた。


「ちょっ……ちょっと―――っ!」


 踏み止まろうとしたカレンだったが、腕力と勢いに任せたマロールの攻撃はその体格差も相まってカレンを後方へと押しやった。

 石床に双脚を押し付けて尚、それでも引き摺る形で後方に吹き飛ばされたカレンとマロールが再び相対する。

 このタイミングで、アムルは魔法を発動する事が出来る。

 マロールの意識がカレンに集中しているこの瞬間ならば、もしかすればアムルの魔法はマロールを捉えるかもしれない。

 そしてアムルは、この戦闘中何度かそう考えた事もあった。


 だが、彼はそれを実行しなかった。


 それは、アムルがマロールを攻撃した途端に彼の攻撃目標はアムルへと切り替わり、即座に襲われる事が想像出来たからだ。

 アムルがマロールの動きに付いて行けないと言う事は、今までの様子を伺っていた彼には自信を持って

 彼は曲がりなりにも魔王であり、勇者と相対する者である。

 勇者カレンが渡り合っている相手に手も足も出ないのであれば、この後勇者カレンと相対してもアムルは彼女に太刀打ち出来なかっただろう。

 そう言った意味でアムルは安堵していた。

 しかし元来、アムルは魔法の使用に高い適性を持つ後衛タイプであり、肉弾戦を得意としていない。

 また、今の装備では、マロールに一矢報いる事も難しいと言えたのだ。

 そして接近戦を繰り広げれば、魔法を行使する時間が取れなくなる。

 マロール相手では中途半端な魔法は効果がないと分かり切っているだけに、迂闊な行動でマロールとの距離を詰める事は出来ないとの判断からだった。

 今、マロールの相手は、前衛に高い適性を見せているカレンの役割だとアムルは自分に言い聞かせ、眼に見えるマロールの隙にも応じない様に自制していたのだった。


「ふ……ふはは……ふははははっ! お前達、やはりやるではないかっ!」


 先程の攻防で見せたカレンの技量と、己を律してサポートに徹するアムルを的確に評価したマロールは、さも楽しそうにそう言い放った。

 しかし笑ってはいるものの、その闘気に衰えた様子はなく疲れも感じられない。

 明らかに全力攻撃には程遠いと思わせていた。

 そしてそれは、アムルとカレンも同様であったのだが。


「……そっちこそ……流石は伝説に謳われた悪龍ね……。さっきのはヤバかったわ」


 不敵な笑みを浮かべてそう言い返したカレンに、それを受けたマロールは満足そうに頷いた。

 カレンにしても、マロールが放った最後の一撃こそ予想外であったとはいえ、十分に余力を残した戦闘だったのだ。

 それが証拠に、彼女の息も乱れておらず汗すら掻いていない。

 アムルに至っては只管カレンのフォローに回っており、神経をすり減らす作業ではあっても、魔力や体力の消耗は殆ど見られないのだ。


「……お前達には、全力で相手せねば非礼に値するな……」


 その事を一目で見抜いたのか、マロールはそう言うと大きく跳躍して鼎の前に降り立った。

 彼の性格から退く事は有り得ないと分かっているカレン達は、その行動に更なる警戒心を抱き緊張の度合いを高める。

 マロールは組んでいた両手を解くと、全身で力を込める様に低く腰を落とした。


「我が古龍の力……存分に堪能するが良い……」


 そう言って力を込めるマロールから、信じられない様な威圧感が発せられて2人を襲った。

 正しく大気を震わす程の圧迫感が2人を襲い、カレンとアムルは手を翳してそれに耐える必要があった。


「良いかっ! 直に死んでくれるなよっ!? 何せ千数百年ぶりに見せる本性だっ! 加減などと言うものは出来ぬからな―――っ!」


 マロールがそう叫ぶと同時に、威圧感はそのまま炎となり彼を取り巻き渦巻いたのだった。

  

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