通路を守護せし者
一人では開かずの扉
「……行き止まり……?」
不意に立ち止まったカレンは、薄暗い通路前方が遮られている事に気付いてそう独り言ちた。
アムルが魔法光の灯る右手を僅かに掲げると、その光が通路全体を塞ぐ壁を照らし出した。
その光を頼りにカレンが小走りでその壁へと近づき、彼女の背後をユックリとした歩調でアムルも続く。
「これ……扉だわ」
壁だと思われた通路を遮る物体は、苔むし通路と一体化している様に見える古びた扉であった。
一体いつから使われていないのかと思われるその扉は汚れ具合に年代を感じさせる反面、立派で豪奢な造りを伺わせており唯の扉でないことを物語っている。
その扉の中央よりもやや上方に、扉と同じ様に苔がへばりつき良く見えなくなってはいるものの、文字の掛かれたプレートが張り付けられていた。
―――この扉は二人以上の者でなければ開ける事
アムルが魔法光を近づけると、そのプレートにはハッキリとそう刻まれていた。
不思議な事ではあるが、その文字は人界魔界の双方でも見ることの出来ない不可思議な字面であるにも関わらず、2人にはその意味が理解できたのだった。
それがより一層、この扉の先に重要な何かがあると思わせていたのだが。
「……一人じゃ開けられない程、この扉は重いって事なのか?」
その顔に疑問の表情をありありと浮かべたアムルが、彼の右後方で様子を伺っているカレンへと振り返り問い質した。
しかし彼女から返って来たのは、両掌を肩の高さにまで上げて僅かに持ち上げるお道化た仕草であり、つまりは分からないと言う意味だった。
それを見たアムルが試しにその扉を強く押してみるものの、固く閉じられたその扉はビクともしなかった。
カレンもまた扉を押す作業に加わったのだが、結果はやはり同じく開く様子はなかった。
「ビクリともしないわね……」
考えてみれば、ただ強い力が必要なだけならば一人で二人分の力を発揮する様な剛の者がこの世には幾人も存在する。
そんな者がこの場に辿り着けば、プレートに書かれてある条件を満たさずとも扉を開く事が出来るだろう。
小さく溜息をついた二人は顔を見合わせたが、すぐに何かを思い至ったのかカレンが扉に顔を近付け周辺を探り出した。
「……カレン……? 何か……?」
彼女の行動を問い質そうとするアムルを、彼女は彼の眼前に翳した掌で遮り今度は扉の左右に目を遣った。
「……あっ!」
小さく声を上げたカレンが、アムルが立つ側と反対の壁際へと駆け寄った。
薄暗さで気付けなかったが、そこには手が入る程度の小さな穴が開いており、カレンは熱心にその中を覗き込んでいる。
「……おい……カレン……?」
先程から、彼に話す事も無く行動するカレンを訝しく思ったアムルが声を掛けた。
その声に漸く反応したカレンは、ユックリとアムルの方へと振り向き今度は彼女が立つ反対側の壁面を指差した。
アムルの背後に位置する壁には、カレンのいる場所にある穴と同じものが口を開けている。
「……あんたと一緒に来た事、間違ってなかったみたいね」
カレンは、振り返りその穴を確認するアムルにそう声を掛ける。
彼女の口ぶりでは、この穴が扉を開ける何らかの仕掛けとなっている事を伺わせていた。
「……この穴が……何かあるのか?」
しかし、アムルが彼女の意図を汲み取った様子はない。
どうにも納得のいかないと言った表情を浮かべたアムルが、再び振り返りカレンを見た。
普通ならば、仕掛けによって扉が開くであろうと憶測出来るのだろうが、残念ながら魔王たるアムルにはその様な事に思いが至らなかったのだった。
カレンとて、初めから色々と知っていたり機転が利いた訳ではない。
少なくとも彼女が魔王討伐の旅に出るまでは、ここまで勘が鋭く働く様な事は無かった。
だが、短くない冒険の旅は彼女に様々な経験を与え、柔軟で臨機応変な思考を齎したのだ。
対して魔王は、未だかつて冒険の旅へ出る様な事は無かった。
それどころか若くして魔王となってからは、寝所として使用している「魔王の居城」とこの「魔王城」を往復し、ただ
それは魔王として最も大事な責務であり、それを差しおいてアムルが外の世界を冒険する事など許される訳もなく、仕方のない事でもあった。
何より「冒険」と言っても、平和な魔界では急を要するような討伐や探索の類は無く、まさかこちらから人界へと赴き均衡を崩す訳にもいかなかったのだ。
アムルがカレンの様な経験を積む機会など皆無と言えた。
「あんた……。まぁいいわ。その穴にあんたの手を突っ込んでみて」
カレンは少し呆れた様な表情を作ったが、その事に長く拘る事も無くアムルにそう指示をした。
アムルは詳しい説明を求めようとしたが、カレンの方が早々に背中を向けて壁の穴へと手を入れていたのでそれ以上聞く事も出来ず、自身もゆっくりと目の前の穴に手を入れた。
彼が完全に手を入れきると、扉から施錠の外れる鈍い音が聞こえる。
そしてアムルがそちらに目を向けると、重々しい音を響かせながら扉が中央から二つに分かれて左右へと開いていった。
長く開かれる事が無く、多くの埃やこびり付いた苔を落としながら、それでも機械的に動作しているのか一定の速度で動く扉は、僅かな間で完全に開き切ったのだ。
「おお―――……」
アムルは一言そう漏らし、信じられないものでも見る様な眼で見つめ、既に扉が開き切っているにも拘らず動き出せずにいた。
「なぁに、アムル? 『仕掛け扉』を見るのが初めてな訳じゃないでしょ?」
アムルの姿が余りにも滑稽だったからか、カレンは笑いを堪えながらそう問いかけた。
この魔界にも機械仕掛けで動く物は幾つもあり、それこそ彼等が落とされた「落とし穴」等はその最たるものだ。
「扉の仕掛けに驚いてるんじゃねぇよ。この仕掛けに気付いたカレンに感心してるんだ」
目を輝かせて彼女の方を見たアムルが、少し興奮気味に彼女との距離を詰めてそう言った。
その勢いに押されたカレンは、やや照れた様に顔を背けて後退る。
「こ……こんなの何でもないわよ。仕掛けと言う程のものじゃないわ」
カレンは何とかアムルの勢いを制そうとつんとした仕草でそう答えたが、彼の勢いは衰える事無く更に彼女との距離を縮めようとした。
「と……兎に角っ! 先に進むわよっ!」
迫り来るアムルを両手で押しのけ、カレンはそう一言告げると先に部屋の中へと入っていった。
「お……おいカレン、待てよ!」
そして置いてけぼりを食った様になったアムルは、その後を追いかける様に続いたのだった。
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