能ある鷹

 そもそも、魔界の王であり最大の実力者であるアムルに対して「かなり強い力」程度の評価は不当であろう。

 しかし動揺著しいアムルには、そのことに異論を挟む余裕すらなかった。


「……あれ? あんた、もしかして……」


 そんな彼の心情など置いてけぼりに、カレンの感情は実にマイペースだ。


「まさか、さっきの効果に納得してないっての?」


 そして彼女が口にした事と言うのは、先ほどアムルの浮かべた怪訝そうな顔付きについてだった。


「あ……ああ。あの怪物の中に生き残った奴らがいたろ? 俺の感覚では、あの『ファイアランス』なら命中した怪物は全部仕留められると思ったんだが……。どうやら、あいつが余計な事をしているらしい」


 感情の落ち着きを取り戻したアムルは、親指で中空を指してそう説明した。

 すでに自分がカエルやその類を苦手としている事を忘れているのか、カレンは彼が指示した方向に目を向けた。

 そこには、フヨフヨと中空に浮かぶ巨大なオタマジャクシが数匹おり、何やら魔法を間断なく発動させていたのだ。


「……あれって……?」


「……ああ。あっちの怪物はただ単に新たな怪物を生み出すだけじゃなく、援護の魔法も使用してくるらしい。……面倒くさいこった」


 カレンの浮かべた疑問に、アムルは極力「NGワード」を口にしないように説明した。

 彼女は一つの興味を惹かれている間は、他の事が余り気にならなくなるのだと彼は何となく察しており、実際もその通りであった。


「ふ―――ん……。それで……どうするの?」

 アムルに向かいニヤリとどうにも「男らしい」笑みを浮かべたカレンは、を見ればなんとも頼もしい。

 だが、いつ恐慌を来すか知れたものではない。

 わずかに考え込んだアムルであったが、実はとれる手段はそう多くはない……いや、1つだった。


「ふぅ―――……。今回この場は、俺に任せてくれ。さっきまではお前に任せっきりだったからな」


 そう言ってアムルは、カレンを後方へと押しやって前に出た。

 それに対して反論を試みようとするカレンの機先を制して。


「俺にも、少しは格好良い所を見せさせろよ」


 肩越しに笑顔を浮かべたアムルにそう言われては、カレンとしても反論することが出来なかった。

 無言で了承の意を示した彼女は剣を鞘に戻し、さらに後方へと引き下がったのだった。

 それを確認したアムルが、改めてギガン・トードの群れに対峙する。

 先ほど彼が放った攻撃で怯んだ様子の巨蛙であったが、すでに体勢を立て直して今にも飛び掛かってきそうである。

 蛙の種族というのは跳躍力こそ脅威ではあるのだが、普通に移動する速度はそれほど早くはない。

 アムルとカレンのやり取り中に襲ってこなかったのには、そういった理由もあったのだが、今回はそれが功を奏したといえる。


「……20……23……28匹か……。オタマジャクシは上空に3……」


 魔力を目に宿し暗闇を見据えたアムルは、眼前に群れを成している魔物の総数を観測した。


「おっと……あのオタマジャクシからはカエルが生まれるんだったな……。急ぐか……」


 そんな冷静な分析を終えたアムルは、おもむろに右掌を魔獣たちへと向けた。

 それと同時に、今まさに飛び掛からんとしていたギガン・トードを含めて、その場にいる31匹の怪物全てを透明な球体が包み込んだ。

 地を這っているもの、飛び上がった直後のもの、そして滞空しているものなど、そのすべてがアムルの作り出した透明球に覆われて動きを制限されてしまっている。

 それを後方から見つめて、カレンは思わず息を呑んでいた。

 アムルが作り出した物は、個別に働きかける小規模の結界だ。

 それ自体に高度な強度や効果は含まれていないだろうが、少なくとも目の前の怪物たちを拘束し動きを制限できるだけの効力がある。

 それを瞬時に……しかも31個である。

 何よりも、アムルはそれを事も無げに成したのだ。

 カレンが絶句してしまうのも、無理からぬ事と言えるだろう。


「……凍吹雪フリーレン・トルメンタ


 そして彼は、静かにそう告げると向けていた右掌をぐっと握りこんだのだった。

 その途端、怪物を包み込んだ球結界内は真っ白いもやに覆われてしまった。

 怪物の姿さえ見えなくするという結果に、カレンは思わず疑問を口にしようとしたのだが。


「全部……凍っちゃったの……?」


 その答えもまた、時間をおかずに彼女へと示される事となった。

 シャボン玉のように消えうせた球状の結界内からは白く凍結した怪物の姿が出現し、宙に浮いていた数匹のギガン・トードとムジークノートは地面へと落下しそのまま粉々となり、霧散して消滅したのだった。

 暫くの後、急激な寒暖差に晒され地べたにいたギガン・トードも全て砕け散り消えうせた。

 彼らの眼前には先ほどまでの悍ましい光景はなく、今は冷たい空気が立ち込める地下空間だけが広がっていたのだった。


「……ふぃ―――……」


 大きくため息をはいて振り返ったアムルに、カレンは腕を組んでジト目の視線を向けている。

 カウンター気味にその眼を向けられ、アムルは再びたじろぐ羽目に陥った。


「あんた……何者なの?」


 そして、口を開いたカレンの第一声はこれであった。


「な……何者って……」


 問われたアムルは、そういって口籠ってしまった。

 先ほどの問答では上手くはぐらかすことに成功したのだが……と言っても、カレンの方で質問を切り上げたのだが、今回もそうだとは言い切れない。

 彼女が勇者であるという事は彼も知っているのだが、今ここで自分が魔王であると明かして良いのかどうか、アムルにはすぐに決断出来なかったのだが。


「魔界には、あんたみたいな魔法を使える人がウジャウジャいるの? もしそうだとすれば、ハッキリ言って私たちに勝ち目なんてないんだけど」


 しかし今回もまた、アムルの正体を明確にする前にカレンは話を進めていた。


「は……ははは……」


 これには彼も、いろんな意味で笑うしかなかったのだった。

 彼女がもう少ししつこく突っ込んだ質問を続ければ、いずれはアムルも答えざるを得なかった事だろう。

 だがカレンは、一つの疑問を深く掘り下げて考えるという性格ではないらしい。

 更には。


「まぁ、良いわ。他にどんな魔族がいようと、私の目的は魔王を倒すことだけだしね。勿論、立ち塞がるってんならあんたも倒すだけなんだけど」


 自分で出した答えに納得する考え方でもあるらしかったのだ。


「その時はまぁ……お手柔らかに頼むよ。でも、その前に……」


 だからアムルは、話題を逸らすように話す事も苦ではなかったし。


「そうね。まずはここから上階に上がらないと話にならないわね」


 カレンの方も、先ほど抱いた疑問などすでに頭には残っていないようであった。

 2人は互いに顔を見合わせ、頷いて歩みを進めだした。


「でも、途中から騒がれないで助かったよ……。あのままギャアギャアと声を出されてたら、気が散って集中なんて出来ないからなぁ」


 話題を変えようと、先ほどの戦闘結果について雑談程度の軽い物言いでそう話しかけたアムルであったが。


「……さっき……。騒ぐ……? ……ひっ!」


 先の戦闘風景を改めて思い出してしまったのであろうカレンは、青い顔をして喉を詰まらせ、更にはそのまま落ち込んでしまったのだった。


「お……おい? カレン……?」


 そこからの落ち込み様は……。

 そしてそれは、しばらくの間続くこととなった。





 アムルとしては、今目の前で蒼白となっているカレンよりも、彼女が先ほど口にした言葉が引っかかっていた。


 ―――目的は、魔王を倒す事。


 ―――立ち塞がるなら、戦うことになる。


 特に思惑あっての言葉ではないのであろうが、カレンが言ったセリフはアムルの心に蟠りとして小さな波紋を齎していた。

 そして、その結論をすぐに口にしなくて良いことに、心なしか安堵していた。

 それがどの様な想いからくる感情なのか、この時の彼には明確な理由など思い浮かばなかったのだった。

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