地下道の2人
「ハァ―――ッ!」
「ギュワ―――ッ!」
自分よりも二回りは大きい「硬皮型重装魔獣改Ⅲ型 RZ―10 アークリザード」を始終翻弄していたカレンは程なくして魔獣の耐久値を削り切り、アークリザードは一声断末魔の悲鳴を上げるとその場から霧散して消え失せた。
彼女に疲れた様子はなく、小さく一息ついたカレンは持っていた剣を腰の鞘へと収める。
その所作も先程の剣技も、そして長い髪を掻き上げる姿でさえまるで絵画の如く様になっており、アムルはその姿を息を呑んで見つめていた。
先程の戦闘に措いても、アークリザードを殆ど一人で倒したと言うのに、カレンには余力すら十分に感じられる程であった。
勿論、この一戦だけで彼女の実力を決定づけるのは早計と言うものである。
何故なら襲い来る敵……魔物や魔獣、魔族であっても、必ずしも騎士道を重んじているとは言えないからだ。何時でも一対一で戦えるとは言えないであろう。
カレンが先刻、上層で仲間達と戦っていた時の様に、多勢に無勢の状況に追い込まれる事も少なくない。
そう言った乱戦時の立ち回りなども、実力を測る上で重要だと言える。
それに、敵との相性や得手不得手もあるだろう。
先程カレンの倒したアークリザードが実はカレンにとっては苦手な類の怪物であったならば、そんな敵に対しても優勢を保ったまま勝てるほど彼女の実力は高いと言える。
しかし逆に得意としているタイプの敵だったならば、やはりこの一戦を見て彼女の強さを決定づけるようなまねは出来ないのだ。
彼女が屠ったアークリザードは、決してレベルの低い魔獣ではない。
リザードマンタイプの魔獣はトカゲの敏捷性と爬虫類特有の強靭な表皮を持ち、強い腕力から繰り出される攻撃は脅威そのものである。
また殆どのリザードマンタイプは何らかの武装をしており、高い攻撃力と防御力を有している上に、その上位種たるアークリザードは魔法をも繰り出して来るのだ。
そんなアークリザードを相手に、彼女は「武踊」か「武踏」でも舞うかのように相手取り圧倒したのだ。
如何に今回は1体の怪物のみを相手にした戦闘であり、周囲の警戒をアムルが行っていた事で他の怪物が
それを考えれば、現時点でアムルがカレンを高く評価するのも当然の事であり。
アムルが、色々な意味で息を呑むのも仕方のない事であった。
「さあ、先に進むわよ」
まるで何事も無かったかのようにアムルへと振り返り白い歯を見せる彼女の笑顔は、この仄暗い地下通路であっても太陽の下に照らされているかの様に輝いていた。
そんな彼女にアムルは頼もしさを感じると共に、湧き上がる空恐ろしい気持ちを抑える事が出来ないでいたのだった。
今は行動を共にしているが、アムルは魔王でカレンは勇者である。
いずれそう遠くない将来、彼等は雌雄を決する戦いを繰り広げなければならない間柄なのだ。
(……俺は……彼女に勝てるんだろうか……?)
底が見えない彼女の戦闘能力、その一端を見せつけられて、魔王は不安に駆られていた。
アムルは基本的に、「魔法」を得意とする魔導タイプである。
上層階で襲い掛かって来ていた魔獣の様に、明らかなレベル差があれば魔法を使わなくとも圧倒する事が出来る。
だがこれが彼と同等の力を持つ者となると、そういう訳にはいかなくなる。
どちらかと言えば後衛の魔王と、明らかに前衛を得意とする勇者。
その組み合わせは最悪であり、どう考えてもアムルに分が悪い。
勿論、彼には底の知れない魔力と魔法力、数えきれない程の強力な魔法があり、その潜在能力は勇者相手と言えども決して引けを取るものではない。
しかし今の戦闘を見たアムルには、それらでは到底埋める事の出来ない決定的な差を感じていた。
―――それは戦闘経験……。
千数百年の間、魔界では大きな戦争も無く人界から人族が攻めてくる様な事も無かったのだ。
当然、魔王に戦闘経験を積む機会など訪れる事は無く、訓練は積んでいるものの実戦経験など皆無であった。
実践と訓練は違う。
これはよく言われる事ではあるが、数少ない真理の一つである。
命を懸ける事のない訓練をいくら積んだところで、戦いと言うものの「型」を覚える事は出来ても実践の中でのみ得る事の出来る「勘」を養う事は出来ない。
そして戦場とは、その「勘」が多分に必要となる場なのだ。
そんな実践をほぼ「未経験」と言えるアムルが、今すぐカレンと戦えばその結果は火を見るより明らかであろう。
先を行くカレンの背中を見つめながら、アムルは現状で考えられるカレンとの幾通りに及ぶ戦闘シミュレーションを頭の中で再現していた。
「……ねぇ……。何か……聞こえない……?」
暫く地下通路を進むアムルとカレンであったが、不意に立ち止まった彼女が暗闇に染まる空間に耳を傾けてそう呟いた。
それを聞き留めたアムルもまた足を止め、耳を澄ませる。
「……ああ……。確かに……聞こえる……っ!?」
アムルがカレンへとそう答えていた矢先、微かであったその音は大きさを増し、気のせいでも何でもなくハッキリと聞く事が出来る程の大きさになっていた。
「これは……不味いなっ!」
そしてアムルは、その音源が何に起因しているのかを察してそう口にする。
「……え!?」
彼の言った台詞の真意を理解出来ないカレンがそう誰何するも、その答えは明確には与えられず、異なる行動によって齎された。
「走るぞっ、カレンッ! こいつはヤバいっ!」
動き出したアムルは有無を言わせずカレンの手を取り、進行方向へと向けて掛けだしたのだった。
「ちょっ、アムルッ!?」
ろくに説明も与えられずいきなり手を取られたカレンは、驚きの声に羞恥をないまぜにしてそう叫んだ。
だがやはりと言おうか、アムルがわざわざ説明しなくとも彼女の疑問はすぐに解消される事となった。
「ちょっと―――っ!? あれって、何なのよ―――っ!?」
「みりゃあ分かるだろっ! トラップだよ、トラ―――ップッ!」
肩越しにカレンを、更にはその後方を確認したアムルが、今度こそカレンに向けて正解を口にした。
2人の後方からは道幅一杯の大きさを持つ巨大な岩球が、通路に存在する全ての物を踏み潰さんと転がり、前を行くアムルとカレンに接近していた。
「ちょっ!? 何よ、アレッ!? どっから出てきたのっ!?」
「どっからって……俺達の後方からだろっ!」
「そんな事、分かってるわよっ! でも、さっきまであんなの無かったじゃないっ!」
「知るかよっ! 出て来たもんはしょうがないだろっ! 黙って走れっ!」
駆けながら2人は、そんなやり取りを交わしている。
その様に走りながら……トラップに追い立てられながらでも会話が出来るのは未だ岩球との距離があり、その接近速度が切迫する程のものではないからだ。
「ちょっと、アムル……何だかあの岩、速くなってない?」
「なってるよっ! だから黙って……必死で走れっ!」
それでも迫る岩球の速度が上がりその距離を狭めてくれば、その様な余裕も一気に霧散する。
通路は緩い下り坂……スロープ状になっており、巨大球体は時間を置くごとに加速しているのだ。
そしてそれは改めて聞くまでもなく、確認する必要もない事であった。
もしも冷静な対処をしていたならば、その巨大岩球はアムルの魔法で破壊出来ていたかもしれない。
もしかすれば、カレンの剣技を以て粉砕も不可能であったかも知れなかった。
しかしそれも、対象物が動かなければの話……である。
巨大な重量物が動くだけで、その難易度は格段に上がる。
ましてや狭い通路一杯に転がって来る岩球ともなれば、側面に回り込む事も出来ず正面から相対しなければならない。
一歩間違えればあっさりと自身の肉体は蹂躙され、残るのは圧搾された自らの死体だけとなるのだ。
その精神的圧力が、幾通りか考えつくことの出来た選択肢を奪い去っており。
最初の一手を逃走に選んだ時点で、2人は今の状況に陥る事が確定していたのだった。
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