トラップ&トラップ
「ちょっと……あれ……」
前方を見据えるカレンは、後方を気にするアムルよりも早く“それ”に気付き驚愕の声を上げた。
その声に釣られたのか、アムルもカレンの目を向ける方向へと注視した。
2人の見つめる先では……。
「なんてこった……壁か……」
アムルとカレンの行く手を阻む様に、通路の天上より如何にも分厚いと言った風の壁がゆっくりと摺り降りて来ていたのだった。
それも……このままでは丁度2人が通れないタイミングで……である。
「ほんっと……悪趣味ね―――……」
嫌悪を滲ませたカレンの言葉に、この城の主であるアムルは何も返せずに押黙るしか無かったのだった。
確かにこの仕掛け……岩球に追い立てられ、進行方向を塞ぐと言う希望を削ぐやり方は、とても趣味が良いと言えたものではない。
もっとも、侵入者に対して発動する罠の類に慈悲深いものがある訳など無い。
当然、趣味の良い罠と言うものも。
その様な意味で言えば、今アムル達を襲っている罠は正しく設置者の思惑を忠実に再現していると言って良かったのだった。
それでも今、アムルとカレンを襲っている罠は中々に巧妙と言えた。
彼らが現在いる場所より全力疾走をしても、ギリギリ間に合わないタイミングで壁が完全に降りきる仕組みになっているのだ。
これほどに厭らしい仕掛けも、そう中々お目には掛かれないだろう。
「ただ……そうそう感心ばかりもしていられないな……」
塞ぎ行く壁を目の当たりにして、アムルはカレンに聞こえない様にそう独り言つ。
確かに、魔王城の支配者としては感心し且つ満足の行く出来栄えである。
ただしそれも、自身を襲うともなれば話も別だ。
魔王が、魔王城の罠に掛かり絶命した……等と、誰が聞いても笑い話にしかならない様な死にざまは、アムルとしても勘弁願いたい事だった。
「……敏捷強化、クイックレインフォース」
詠唱も行わず、僅かに蓄積した魔力を用いてアムルはそう口にし魔法を発動した。
本来ならば魔法は、その威力に応じて魔力の蓄積を必要としている。
そして、魔法使いならば誰もが自身の中に持つ「魔導書」に記された「呪文」をその魔力でなぞり、それを詠唱して行使しなければならないのだ。
ただしそれは、本来の威力を如何なく発揮する為には……と言う注釈が付く。
僅かな効果のみを発揮させるのであれば、術者の器量にも依るが長い詠唱も、大量の魔力蓄積も必要ない。
そしてアムルは、正しくそれを実行したのだった。その結果。
「え……? う……嘘っ!?」
突如加速した自身の身体に、カレンは驚きの声を上げた。
その加算された速度を以てすれば、壁が閉まり切る前に向う側へと抜ける事が出来るとカレンは即座に思い至ったのだ。
ただ彼女が驚いたのは、その様に表面的な事に対してではない。
カレンとて、仲間と共に数多くの戦いを潜り抜けてきたのだ。
その過程で、仲間から肉体強化の魔法を与えられた事は1度や2度の事ではない。
彼女が強化魔法の効力を実感するのはこれが初めてという訳では無く、今更驚く様な事では無いのだ。
それでもカレンは、アムルの使用した魔法の効力に驚きの声を上げたのだった。
「足を動かせっ、カレンッ!」
後方からは巨大な岩球が迫り、前方から降りてくる風の壁はその通路を塞ごうとしている。
思考に囚われて僅かに動きの鈍ったカレンへとアムルが叱咤した。
その言葉にいちいち答えず、彼女は行動を以て応えた。
改めて加速した2人は、既にアムルの腰のあたりまで降りていた壁を掻い潜る事に成功する。
アムルとカレンが無事に壁を抜け安全圏を確保した直後、2人の後方……完全に閉じ切った壁の向こうから、大質量の物体が激突する轟音が響き渡る。
しかも、ただ単に風の壁へと激突しただけでは留まらず。
巨大な岩球は、まるで風の壁に削られる様に粉みじんと化してしまったのだ。
圧殺と切削……その余りに残忍で悪趣味な罠は、2人の心情をゲンナリとさせ。
その結果を見聞きしたアムルとカレンは、殆ど同時にその場へとへたり込んだのだった。
「はぁ……はぁ……何とか……」
「……ええ……。はぁ……はぁ……助かったわね……」
息も絶え絶えなアムルの言葉に、やはりカレンも途切れ途切れの言葉で返事した。
冗談ではなく九死に一生を得た2人は、助かった事に対する安堵と疲労から弛緩した雰囲気を漂わせていた……のだが。
「……アムル、あんた……かなり高度な魔法の使い方が出来るじゃない……」
カレンの言葉が、その場の空気を再び引き締まったものへと変えたのだった。
カレンが先程アムルに魔法を掛けられ驚きの声を上げたのは、何もその効果に吃驚したからではない。
彼女の注意を引いたのは2つ。
詠唱を省いて魔法の効果を引き出した事と、身体強化の魔法を敏捷性のみに絞った技術にであった。
アムルにとって不運だったのは、カレンの
それも、人界を代表する「勇者」の称号を得る程の熟達者である。
その様な人物達と行動を共にし言葉を交わしてくれば、自ずと専門分野で無くとも造詣が深くなるのも当然と言えたのだが。
「……え? そうなのか?」
当の本人……魔王であるアムルに、自身が高位と呼べる魔法の用途を行った事など、全く気付いていなかったのだ。
「え? そうなのか? ……じゃないわよ! 詠唱なしのタイムラグなしで魔法を使うなんて、私の知ってる中でもマーニャくらいよ!? それに身体強化の魔法もその効力を絞って……しかも使用後に体に影響が出ない様に調整するなんて! エレーナでも簡単じゃないと思うわ!」
事の重要性に全く気付いていないアムルの回答に、カレンは疲労も忘れて猛抗議を行っていた。
グイグイと攻め込まれてタジタジとなるアムルであったが、彼には本当にその様に大それたことをした自覚が無かった。
ただそれもまた、仕方の無い事であるのだが。
アムルは生まれながらに、強力な魔力と魔法力を備えた、いわば次期魔王候補として育ってきた。
言うなれば魔法の才能を神より授けられた存在と言って良く、その能力は他の追随を許さず並ぶ者は勿論、張り合う様な人材も魔界には居なかったほどであった。
もっとも、それだけの力を有しているからこその魔王とも言えるのだが。
圧倒的な才能を持って生まれたアムルには、他の者が苦労とする事や困難と思われる様な事は当て嵌まらなかった。
魔法の即時実行も、必要な箇所だけを思い描いた分だけ強化する事も、彼にとっては至極当たり前に出来る事であり疑問に思った事など無かったのだ。
だからカレンが、そんな考えた事も無い様な部分に食いついて来た事に、アムルはどう反応してよいのか分からなかったと言うのが本当である。
しかしそれも、今回はそう長く問題とはならなかったのだが。
「まぁ、良いわ。それよりも今は……」
疑問の解消を後回しにしたカレンが、サラリとそう言ってのけたのだ。
それまでの詰問するかのような圧力があっさりと消え去り、アムルはやや肩透かしを食らう程であった。
だが彼も、その理由をすぐに知る事となった。
「ほんっと……良い趣味してるわね、ここの罠は。押し潰されるか切り刻まれるかの仕掛けを何とか逃れたと思ったのに……行き着く暇も無いんだから」
カレンは苦笑を浮かべながら、中腰となり通路の先を見つめ剣の柄を握っている。
その行動が何を意味するのか、今更考えるまでもない。
アムルも立ち上がりそちらの方を見つめて、その時に備えたのだった。
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