3.初めての勇者来訪
勇者、襲来
丁度魔王が、城に放っている魔導生物に追い込まれた挙句トラップを起動してしまい、本日二度目の落下を体験している頃―――。
魔王が魔王城へと入った「魔王門」とは正反対の位置にある「魔王門 裏」より、魔族とは異なる種族の一団がやはり魔王城へと突入しようとしていた。
男性が1人と、3人の女性がそのパーティを構成する面子であった。
見るからに重厚な鎧を身に纏い、手には巨大な両手斧。
背中には頑丈そうな盾を背負い、説明を受けなくても戦士だと分かる出立はこのパーティ唯一の男性。
その男性よりも軽装な印象を受けるものの、綺麗な金髪を
事実、彼女の纏っている装備は一式、精霊の加護を受けた非常に稀有な代物だった。
今はフードを被っていない紫紺のローブを身に纏った女性からは、燃える様に紅い麗髪が風に
長い髪を頭の後ろで一括りにしており、強い魔力が発するローブの
彼女が手に持つ奇妙な形をした、それでいて背丈よりも長い杖を見れば彼女が魔術に長けた者だと分かるだろう。
最後の一人も女性である。
美しい黒髪は他の二人に劣るものではないが、その髪を短く切り揃えられているのは残念に他ならない。
もし長く伸ばしていたならば、漆黒の夜空を連想させるほどの美髪なのは間違いなく、その髪が光を反射させたならば、それは闇黒の夜空に瞬く星すら思い起こさせていただろう。
厚手の青いローブはどこか高位の聖職者を思い起こさせるが、それ自体に高い防御力は感じられない。
聖職者だけが持つと言う銀の錫杖が、降り注ぐ太陽の光を受けてキラキラと輝いていたのだった。
如何にも強力な力を持っている様な、如何にもな装備に身を包んだ一団は、間違い様もなく人界から魔界へと攻め入って来た勇者パーティであった。
「……ほんとに着いちゃった……」
美しい金髪を掻き上げながら、少女は天を衝く様にそびえる魔王城の天守を見上げてポツリとそう呟いた。
その時、耳に掛かった一房だけ蒼銀の髪が、陽光を照り返してまるでアクセサリーの様に煌めく。
「ちょっとカ―――レ―――ン―――? 私の占いを疑ってたってゆぅの―――?」
魔法使いと思しき女性が、半眼となったジト目をカレンと呼んだ少女へと向けた。
「マ、マーニャッ!? そ、そんな事ある訳ないじゃないっ!」
カレンは魔法使いのマーニャに向かい、慌てて自身が呟いた言葉を訂正した。
マーニャはプーッと頬を膨らませて拗ねた態度を取ってはいるが、カレンの言葉が本気ではない事は短くない付き合いで十分に承知している。
そしてカレンも、彼女の占いが外れるなどと言う事は露ほども思っていなかった。
それはここに至るマーニャとの旅で、嫌と言う程カレンも目の当たりにした事実だった。
「カレン―――そんなに気にする事はありませんよ―――? そこの魔術女も―――カレンの言葉が本意ではない事を承知していますから―――」
ニコニコと微笑んだ表情を浮かべたままで、青い法衣の女性は何処か間延びした言葉をカレンへと投げ掛けた。
話し掛けているのはカレンに向けての筈なのだが、その“棘”はどこかマーニャの方へと向いている。
「あ―――ん……? エレーナ、あんた私に喧嘩売ってんの?」
それを漏らさず汲み取ったマーニャは、エレーナと呼んだ女性へと鋭い視線を向けた。
決して冗談に思えない様な強い雰囲気を醸し出したマーニャを前にしていると言うのに、当のエレーナは表情一つ変えず、それどころか何処か涼し気な表情でもある。
「いいえ―――? 魔術女になどわざわざ喧嘩なんてお売りいたしませんよ―――? 何といっても
だが誰がどう聞いても、エレーナと呼ばれた神職の女性がマーニャに毒を吐いているとしか取り様がなかった。
それもその筈で、人界に広まっている神を崇める教義の殆どは、「魔女」の存在を認めていなかった。
それぞれの教えに相容れる処が無く、時には反目や対立をしていたとしても、「魔女」に対する立場は同じであり総じてその存在を否定するのが殆どであった。
しかし旅は人を、その考え方を大きく変えるものだ。
しかも只の旅ではなく、命を懸けた戦いの旅なのだ。
どれほど忌み嫌っていても背中を預ける以上信用しなければならず、戦いを繰り返す内にエレーナの中の
だがエレーナがその事を表立って表現するには、彼女はまだまだ若すぎた。
そしてそれは、人界一の勢力を誇る宗派より、「
一方の「魔女」であるマーニャはと言うと、その事にあまり頓着はしていなかった。
彼女に限らず「魔女」である人々は、一方的に敵対され迫害を受けている立場であるにも拘らず、人界にある「魔女」を否定する宗派に対して特別な感情を持っていなかったのだった。
そしてそれは、当然マーニャも同様であった。
これは幸いにも、マーニャの親しい者が直接の迫害を受けた事が無かったと言う一因もあるが、「人を見ず、国を見ず、世界を見ずに、ただ真理を見よ」と言う魔女独特の教えに依るところが大きい。
人の立場や国の政策、世界の流れがどれだけ変化しようとも、ただ真理だけを見つめ、ただそれだけを求めると言うのが「魔女」達の欲求であり願いであったのだ。
実際マーニャにはエレーナに対して思う処などないのだが、普段は澄ましているとは言えエレーナはマーニャの事となるとすぐにムキになる。
エレーナ本人がそれに気付いているかどうかは兎も角として、マーニャは彼女の反応が面白くいつもエレーナの挑発に乗ったフリをしているのだった。
「おいおい……カレン、マーニャ……それにエレーナも。少しばっかり気を抜き過ぎじゃないか? 本番はここからなんだぜぇ?」
ずいぶんと賑やかな (?)女性陣に水を差したのは、このパーティ黒一点の見紛う事無き屈強な戦士であった。
武器を持つその腕も、装備のそこかしこから覗く彼の四肢も、良く見なくとも筋肉と言う鎧に覆われている事が分かった。
そもそもそこまで確りと彼を観察せずとも、鎧越しでも彼の身体が鍛え抜かれている事はすぐに分かる程だったのだ。
ともすればすぐにガールズトーク (?)へと走りそうな三人を、この旅の間中ずっと引き締める立場に徹して来た彼であったが、その甲斐あってすっかりと嫌われ役が板についてしまっていた。
今も声を掛けた彼に向けて、三人の冷たい視線がビシビシと投げ掛けられている。
勿論、本当に嫌われている訳ではなく、どこか「
もっとも、騎士団出身の彼は生真面目な所があり、いつも彼女達に
カレンは、ズイッと一歩彼へと向けて進み出た。
「ちょっと、ブラハムッ! 私達は油断なんかしてないわっ!」
ブラハムと呼ばれた男が注意を促す時、いつも決まって反論の口火を切るのはカレンだった。
彼女の少女ながらに美しい顔は彼の物言いに対して気分を損ねているのか、細く綺麗な眉根を吊り上げて不機嫌さを前面に押し出していた。
「……それなら良いんだけどな……。忘れるなよ? ここは魔界の最深部、魔王城の真ん前なんだからな?」
しかしブラハムは彼女の機嫌などどこ吹く風で、目の前にそびえ立つ魔王城を見上げてそう告げた。
それに釣られたのかカレンも、そして他の二人も同じ様に上方を見やる。
ゴクリッ……とカレンの喉が鳴った。
マーニャとエレーナの顔にも、もう笑顔は浮かんでいなかった。
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