罠に次ぐ罠

 では「魔王門」以外から「魔王の間」へと通じる秘密の通路や、非常時の為にと隠し通路が魔王城内に設置されていないのか? ……という疑問が持ち上がるだろう。


「くっそ―――……。ここって今……何処なんだよ……?」


 襲って来るモンスターは彼よりも遥かに格下であり、今までの戦闘で魔王が傷を負ったり激しい消耗に見舞われた……と言う事は無い。

 それよりも彼が疲労感に見舞われている理由それは……全く終わりが見えず無数に分岐する、延々と続く通路の存在なのであった。

 既に窓が見えなくなって随分と経ち、時間の間隔さえ曖昧になって来ていた。

 もっともそれも、この魔王城に仕掛けられた「罠」の一端なのだが。

 兎に角、どれだけさ迷い歩いたのか……進んでいるのか戻らされているのかさえ分からない状況と言うのは、精神を蝕むに効果絶大だったのだ。


「あ―――っ、もうっ! どっかに隠し通路とか近道でも無いのかよ!」


 ―――答えは「無い」である。

 もし、魔王が腰を据える「魔王の間」へ向かう通路が複数あったなら、これほど防衛観点から好ましくない事は無い。

 この世の中に魔族だけが使えて、その他の種族は使う事の出来ない通路……等と言う都合の良い物は存在しない。

 例え巧妙に隠したとしても侵入者にそれを見つけられないとは言い切れず、結局魔王を危険に晒してしまう可能性が上がるだけとなってしまう。

 魔王城に訪れた「招かれざる者」は「魔王門」を潜り、魔王城の洗礼を受けて最上階を目指さなければならないのだ。

 そして今、この城の主たる「魔王」が、見事にその洗礼を受けていると言うのは……何とも皮肉と言うよりない。

 



 数えるのも面倒になったほど通路を曲がった魔王は、そこに十数度目の行き止まりに出くわした。

 もっとも、その正面には木目が目立つ大きめの扉が見て取れていた。


「……またかよ」


 小さく毒づいた魔王は、それでもその扉へと近づいて行く。

 勿論、今度はその周辺にも注意を払っており、怪しげな像が鎮座していると言う事は無い。

 彼はなんら戸惑う事無くノブに手を掛けて回し、大きく扉を開いた。

 今度は偽物の扉イミテーションでも罠でも無く、扉の先には広い部屋があった。


「……ここは……?」


 広い……と言う事は、感じる雰囲気で察する事が出来る。

 しかし、室内に窓は無く明かりも灯っていない。

 入り口付近で覗き見ているだけでは、その全容が分からないのだ。

 魔王は、何ら臆する事無く歩を進め部屋の中央へと向かって行った。

 部屋の床には赤い絨毯が敷き詰められており、中央には大きな円卓が置いてありその周囲には椅子が据え置かれている。

 だがそれ以外に、なんら気に掛ける様なものは無い。


「……ハズレ……。ここも行き止まりか」


 そして、先に進めるような扉も階段も無かったのだ。

 溜息交じりにそう呟いた魔王は、踵を返して部屋を出ようとして……阻止された。

 扉が勢いよく締まったのだ。


「わ……罠かよ!?」


 もう何度目かの罠に掛かった魔王だったのだが、やはり「罠に掛かった」と言う事実が彼を赤面させた。

 仮にも……いや、名実ともにこの世界の王である魔王が、この様にチャチな罠にまんまと引っ掛かるなど恥辱以外のなにものでもない。

 彼が真っ先に思い至ったのは罠による恐怖や焦りよりも、兎に角この事が知れれば恥ずかしい事になると言う……そんな羞恥心だったのだ。


 扉が閉まり真っ暗となった部屋の至る所から、何かがが聞こえた。

 まるで中の詰まった麻袋のような音……しかしそれが「物」で無い事を、魔王は即座に把握していた。

 それは何も、彼が気配に敏感であるとか察知能力に長けているからではなく。


「グ……グルルルル……」


 落ちて来た怪物の口にする唸り声を耳にしたからであった。


「そりゃあ……罠だもんな。何もない訳ないか」


 魔王はその声がする方へと振り返りながら、自嘲気味にそう零していた。

 そんな台詞に呼応するように、徐々に暗闇に目が慣れて来た彼の眼にもその実体が見える様になってくる。

 魔王の目に映った怪物それは……如何にも凶悪な猿であった。

 奇襲型暗所機動魔獣「KA―06 キラーエイプ」が彼の感知出来るだけで十数匹、黒の闇からにじみ出て魔王へとにじり寄る。

 集団戦に長け、猿特有の立体的な攻撃が驚異のこの魔獣は、こういった暗闇に支配されている閉所で本領を発揮するのだ。


「このっ……くぅっ!?」


 と言っても、このレベルの魔獣に魔界の支配者である魔王が苦戦する筈も無い。

 それは彼も自負する処であり、飛び掛かって来た数匹のキラーエイプを迎撃しようとして……出来なかったのだった。

 突如鼓膜を襲った不快な音に不意を突かれ、襲い来る殺人猿共を躱すだけで精一杯となってしまったのだ。


「これは……超音波だと!?」


 耳を押さえながら迫りくるキラーエイプを軽やかに往なし、魔王は真っ暗な天井に目を凝らした。そこには。

 天井を埋め尽くすほどの魔獣の群れ……半分はキラーエイプなのだが、もう半分は。


「……鳥!? いや……コウモリかっ!」


 魔王の言葉通り、そこにはキラーエイプと同じくらいの体躯を持つコウモリが、頭を下にして天井からぶら下がっていたのだった。


 有翼型暗所遊撃魔獣「KB―08 キラーバット」が複数匹、魔王の方へと押し寄せてきていた。

 それと同時に、天井にへばりついていたキラーエイプも降下を開始する。

 地上と中空……まるで示し合わせたかのように、双方の魔獣が一斉に彼へと向かい動き出す。

 キラーエイプは床は勿論、壁や天井を蹴って跳び回り正しく三次元殺法を敢行して来た。

 その後方からはキラーバットが、魔王へ向けて超音波攻撃を浴びせかけた。

 相手の三半規管を惑わし動きを鈍らせ、そこへ機動力に長けた魔物が数で攻め込む。 ……戦法としては悪くないと言えるだろう。


 もっともそれには、相手が魔王では無ければ……と言う注釈が付く。


 平衡感覚に影響を受けながらも、彼は近づいて来るキラーエイプの攻撃を見事に躱し近い順から次々と殴り飛ばしていった。

 それでもすぐに倒すには至らないのは、キラーエイプが攻撃に執着せず打撃を受けたら距離を取る……を繰り返していたからだ。

 これでは、キラーエイプにダメージを与えてはいるものの倒すまでには至らない。

 魔獣の数は一向に減らず、煩わしい超音波攻撃も治まる気配はなかった。


「弱っちぃ癖に、なまじ知識だか本能だけは確り設定されてやがるな」


 偶然なのかその様に命じられているのか、魔獣達の取る連携に魔王は少なからず辟易していた。

 彼には、一刻も早く最上層へ向かわなければならないと言う目的がある。

 それにも拘らずこの様な場所で足止めを食って居れば、彼が苛立ちを顕わとするのも仕方の無い事であった。


 だから、冷静な判断力が低下していた……と言っても、仕方がなかっただろう。


「豪炎なる灼熱の爆発っ!」


 室内にいた多くの魔獣が、一団となって魔王へと迫りくる。

 それに対して、彼は漸く

 

 ―――つまり、魔王は魔法を使う事を決めたのだった。


 魔王がスラスラと呪文を詠唱し、魔獣達へと向けたその掌には瞬時に強大な魔力が凝縮される。

 圧縮されても尚巨大な塊となった魔力を、後は魔法として敵集団に放つだけでこの術は完成し巨大な爆発を発生させた事だろう。

 そしてその結果、目の前にいる魔獣達は瞬く間に消し去られ、この部屋も形を留め続ける事は叶わず、もしかすればこの魔王城にも多大な損害を出していたかもしれない。

 そうなれば人界に対する絶対防衛拠点であり全軍司令部が機能不全を起こしてしまうばかりか、上層階で執り行われている政務にすら悪影響が出ていたかもしれない。

 だが幸いなことに、その様な大惨事にはならずに済んだのだった。何故なら。


「なっ……何だと―――っ!?」


 魔王が魔法を放つ前に、彼の足元が音も無く……からだ。

 いや、彼の足元だけではない。

 この部屋の床が全て、まるでパズルがバラバラとなる様に静かに、そして一瞬で隠されていた大穴へと落下して行く。

 そして当然、その上に立っていた魔王も例外なくその穴へと呑み込まれていった。


「こ……これがこの部屋の本当の罠だったのかぁ―――っ!」


 そして漸く魔王は、その真実に気付いて叫んでいた。

 彼の言った通り、この部屋に仕掛けられた本当の罠とは「魔力に反応して床が抜け落ち、その上にいるものを大落とし穴へと引きずり込む」と言うものであった。

 もっとも残念ながら、罠に掛かり落下中にその事に気付いた処でどの様な対処も不可能なのだが。


「……フ……飛行フリーゲンッ! 飛行―――ッ! ……って、そうか……城内で飛行魔法は使えないんだった……うわ―――っ!」


 慌てて飛行魔法を口にする魔王であったが、その落下途中で飛行魔法が使えない理由に合点がいき、大よそ魔王とは思えない悲鳴を残して深淵へと呑み込まれていったのだった……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る