万能魔道具 伝魔鏡

 魔王が自らの城である魔王城の内部へ侵入してから、すでに2時間は経過している。

 しかし上に下へ、右に左へとまるで迷路の様に入り組んだ通路は、進んだ先が行き止まりであったり開かない扉であったりと、間違いなくを悩ませる構造となっていたのだった。

 魔王も、その構造には早くも辟易している有様だった。


「……あれ……? ここって……さっきも……来たっけ……? って、でぇ―――っ!?」


「クッキャ―――ッ!」


 城内の造りは、どこもかしこも似たような構造と装飾になっている。

 果たしてそこは、彼の言った通り先程も着た場所なのか? はたまた、似たような違う場所であったのか?

 しかし唯一言える事は、またしても魔王は鎮座した像に模写していたモンスターに近付き……襲われていたと言う事だった。


 さて、ここで僅かばかりの疑問が生じる。

 何故にこの魔界の王であり、数多いる魔族を統べる者であり、この城の主人たる魔王が、わざわざ馬鹿正直に魔王城の攻略に乗り出しているのか。

 当然、それには相応の理由があったのだ。

 その疑問は、至極当然である。

 この魔王城にいる魔族は……この魔王城で魔族は、何も魔王だけではない。

 下層から上層まで、その殆どに侵入者対策として蔓延っているのは、先にも述べた命持たない魔物「魔導生物」である。

 だが更に上階……最上層には、少なくない命持つ魔族が

 

 ではその様な魔族達は、城から出る事もせずこの場に住み着いているのかと言えば……そんな事は無い。

 彼等にも自宅があり、家族があり、生活がある。

 忘れてはいけないのが、この世界は人界とは全く違わない世界だと言う事。

 人種の違いはあれ、種族の営みと言うのは連綿と育まれているのだ。

 そんな彼等が自らの職場へと赴くのに、城の入り口から順番に階層を上へと向かう……等と本当に考えている者は居ないだろう。

 この魔王城が、外部の者が攻略するのに一筋縄でいかない構造を有しているのは既に魔王の身を以て実証済みだ。

 更に言えば長大なこの城のトラップを迂回し、閉ざされた扉を開錠して一直線に最上階を目指したとしても、目的地までゆうに半日は掛かってしまう。そんな時間の掛かる構造をしているのだ。

 誰も、馬鹿正直に1階から順に進むような者は居ない。

 当然魔王も今の今まで、魔王城を「魔王門」から最上階の「魔王の間」まで向かった事など只の一度もなかった。

 一日の半分を移動に費やしていては、彼が手掛けるべき公務にも大きく悪影響を及ぼしてしまうのだ。


「くぅ……。こんな目にあうなんて……。こんな事なら早起きして出勤なんてしないで、家でノンビリしておくべきだったぜ……」


 何匹目かの「GG―02 ガーゴイル」を滅した彼は、自らの行動の迂闊さに呪いの言葉を吐いていたのだった。





 ―――ここは魔王城なのだから、魔王はここに居を構えているのではないのか。


 他の魔族はいざ知らず、この城は魔王の「居城」と言われているのだ。そう考えられても決しておかしい話ではない。

 確かに魔王は、ここで魔界と魔族に関わる全ての事を執り行っている。

 しかしこの「魔王城」は城と銘打ってはいるが、その実「要塞」としての役割を果たす色が濃い。

 そもそも人界の戦士が魔界へと攻めてくれば、間違いなく魔王城を目指すのだ。

 この城で生活の一切を行っていれば、魔王は兎も角が安心して住む事も出来ない。

 この城が完成してから歴代魔王は、与えられた「魔王の住まい」と言う寝食を行う別の住居にて家族生活を営んでいるのだった。

 では、どのようにして下層を通る事無く最上層へと赴く事が出来るのか?

 空を飛んで……だろうか?

 残念ながら魔法は勿論、有翼の魔族であってもこの魔王城に取り付く事はおろか近づく事も出来ない。

 少し考えれば分かる事だが、その様な事を許しては、折角の下層の仕掛けや妨害が無駄になる。

 魔王城が敵に対して最も強力な障害となるためには、攻略して貰わなければならないのだ。


 実はこの魔王城……と言うかこの魔界各所には、人界にも存在しない特殊な技術で作られた道具アイテムがあり、それを用いて魔族達は自分達の住まいと魔王城を往復していたのだった。


 そしてそのアイテムと言うのが、魔界の至宝「万能魔導具 伝魔鏡」である。


 この伝魔鏡を使用する事で、魔王は……そして多くの魔族達は魔王城の正門を潜る事無く「各々の住居」と「魔王城魔王の間」を容易に行き来していたのだ。

 故に彼が……いや、彼だけでなく他の魔族であっても、魔王城を一階から最上階へ向かうなどしないのである。した事も無い。

 更に言えば、歴代魔王ですら行った事のない初めての事だった。


「ガウバウッ!」「ガオ―――ンッ!」


「くそっ! またっ!」


 ガーゴイルを倒した魔王であったが、行き着く暇もなく再び「DW―09 デスウルフ」が廊下を疾駆して来た。その中には「HH―03 ヘルハウンド」の姿も伺える。

 ヘルハウンドは個体としては強力と言えるほどではないが、それでもデスウルフよりも強い。

 そしてそのデスウルフの群れの中へと混ざる事で、戦闘に於いて攻撃の強弱をつける事に一役買っている地味に厄介な魔物でもあった。


「次から次へと……っ! ほんっと、言われてた通りだなぁっ!」


 魔王は向かい来る魔物に向かい、ファイティングポーズを取りながらそう毒づいたのだった。





「万能魔導具 伝魔鏡」は、ただ離れた場所を繋げるだけのアイテムではない。

 万能……と呼ばれるだけあって、それはもう様々な機能を有しており、とても簡単に説明できないほどだ。だが、決して後々の拡張性を期待しての事ではない。

 その数多ある機能の中で最たるものは、この城を徘徊する全てのモンスターを作り出しそれらをコントロールしていると言う事であろう。

 伝魔鏡は膨大な魔力を蓄積し、それを元にして多くの魔導生物を作り続けている。

 そして、その伝魔鏡より作り出された魔獣達に与えられた命令は至極単純。


「この城のより、侵入した者は全て抹殺せよ」


 これだけであった。

 察しの通り、その魔力を補充しているのは、魔界で最も強大な魔力を保有する魔王である。

 言うなれば、魔王は魔導生物の「生みの親」とでも言うべき存在なのだ。

 本来ならば生みの親たる魔王が、その子たる魔導生物に襲われるなどあってはならない。

 だが残念ながら、伝魔鏡によるプログラムは絶対であった。

 それは、如何な魔王であっても到底覆す事など出来ない。

 誰であっても城内で襲われない様にする為には予め「予定」を伝魔鏡に入力し、そのエリアに魔獣を寄せ付けない様にコントロールする必要があるのだ。

 最上層「魔王の間」とその下層を結ぶ階段には常に衛兵が配され、通る者にその旨を確認する事が義務付けられているほどだった。


 それに、魔王が「魔王の間」で執務を行う事はあっても、魔王自ら下層に降りる様な事は無いに等しい。

 雑務などは部下が執り行い、魔王がその指示を出す……この図式は、何処の世界でも見られる極普通の行為と言えよう。

 故に、この魔王城の……いや、この魔界の最重要人物である魔王が、たった一人で誰に断りもなくまた気付かれる事も無く、魔王城下層に出向くなど誰も……そう、彼の腹心であり執事でもある「バトラキール」であっても思いもよらない事なのであった。

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