2.初めての魔王城探索

翻弄される魔王

 激しい打撃音が、通路の奥から響いている。

 それと同時に複数の激しく動き回る物音と、巨大な質量を持つ何かが打ち鳴らす羽音も聞こえていた。

 それは、戦いによって発生する戦闘音。

 その通路の奥では、違い様も無く戦いが繰り広げられていたのだ。

 この魔王城で闘っているのは……魔王。

 そして相手はこの魔王城を徘徊し、この城へ侵入して来た者を迎え撃つモンスターに他ならない。


「こんの……ヤロォが―――っ!」


 気合い一閃、魔王渾身の打ち下ろした拳が魔物の右顔面を捉えた。

 石像に翼を生やした異形の魔物はその苛烈な攻勢に上空へと追いやられるも、追撃の為にすぐさま飛び上がった魔王が瞬時に飛び越し、魔物の更に上から痛烈な一撃を見舞ったのだった。

 会心の一撃クリティカル・ヒットを受けた魔物は、錐揉みしながら地面へと叩きつけられた。

 そこへ上空から降って来た魔王の、止めとなる強烈な蹴りが胴体部へと食い込んだ。


「ギャエ―――ッ!」


 魔物独特の理解不能な悲鳴を発して、有翼型迎撃魔像「GG―02 ガーゴイル」はその場で霧散し消え失せてしまった。

 耐久値の限界を超えた「魔導生物」は、このように霧散して一切の痕跡を残さないのだ。




「……ちっ……。ただの石像かと思いきや……。なんて嫌らしい罠なんだ」


 消滅したモンスターの跡とそのモンスターが鎮座していた台座を睨みつけて、魔王は忌々し気にそう呟いた。

 もっとも。

 あからさまに怪しいと言える石像へと不用意に近付いた魔王の方にも問題があるのだが。

 先ほど倒したモンスター「ガーゴイル」は、生命を持つ魔物ではない。

 魔法で借りの命と姿を与えられ、魔王城を守る為だけに生み出され、魔王城を守る為だけに存在する魔物であった。

 いや、この魔物だけではない。

 この魔王城を守護する為に至る所に解き放たれている魔獣は「魔導生物」であり、血肉を持ち生命の宿った魔獣は存在しない。

 そしてその例に漏れた存在も、魔王城最重要通路を守る数体の「守衛者ゲートキーパー」と、魔王とその近従が活動している「魔王の間」に限定されている。

 だがしかし、それも「普通に」考えれば当然の事だった。

 もし命持つ生物がこの魔王城に解き放たれ徘徊していたならば、色々な意味で不都合が生じる事となるのだ。




「クワアアァァッ!」


「こ……これもモンスターだったのかぁ―――っ!」


 魔王が歩いていた通リの先には、如何にも何かありそうな豪奢な扉。

 その両側を先程とは少しだけ形の違う、しかしやはり翼を持つ魔物の像が鎮座していた。

 先ほどの例もあるのだ……普通の思考を持っていれば、よもやその石像に近づき触れようと思う者などそうはいないだろう。

 そしてそう考えなかった彼は、見事にトラップとも言うべき石像を起動させ、再び戦闘に引き摺り込まれていたのだった。


「え―――いっ! 鬱陶しぃ―――っ!」


 魔王たる彼にとってこんな魔王城下層の魔物など、本当に取るに足らない相手である。

 それでも頻繁に接敵エンカウントしていては、彼の口走った事も分からない話ではない。

 しかもそれは、この城に侵入して来た外敵を倒す為だけの生物でも無い存在なのだ。

 本来ならば戦う必要のない存在との戦いなど、不毛以外のなにものでもない。

 ただそれも自業自得なのだが。

 

 そもそも殆どの生物は、その生命活動を維持する為に外部から栄養を摂取しなければならない。

 不死生物アンデッドならばそれも不要だろうが、魔王城が不死生物で埋め尽くされるとなるとそれもそれで不都合だらけだ。

 骨だけで構成された骸骨の戦士スケルトンだけならば兎も角、生ける屍ゾンビ徘徊する屍リビングデッド死体の戦士グール呪詛の屍ワイトと言った、動きはすれど肉体自体が朽ちているものが城内に存在すれば、その体から発する腐臭で魔王城はそれこそ臭悪な魔窟と化してしまうだろう。

 しかし生物が生きる為に食事を取れば、当然排泄もしなければならない。

 次代へと子孫を残す為に出産もすれば、いずれ朽ち果てもするのだ。

 その様な至極当たり前の生命活動を広大とは言え閉ざされた空間で行われれば、いずれは城内も薄汚れ生物臭でせ返ってしまう。

 ましてやこの千数百年、人族の攻撃に一度として晒された事が無いのだ。

 損害が一切出ない状況ではそれこそ安定的に、そしてネズミ算的に増殖していく事は火を見るより明らかだった。

 故にこの魔王城の守りを担う多くのモンスターは、生命を持たない魔導生物が行っているのだ。

 魔法で造り出された魔導生物は、おおよそ3日間でその存在を消失してしまう。

 しかし魔力で造り出されているからこそ、補充としていくらでも作り出せる。

 消失が確認された魔導生物は一定の時間が経過すると再び創造され、魔王城内の所定箇所へ出現するのだった。




「……ここも……開かない扉か」


「GG―02 ガーゴイル」を霧散させた魔王は、目の前にあった扉を開けようとして……目的を達成する事が出来ずにそう呟いたのだった。

 彼がこの魔王城にして、この罠に掛かるのはこれで3度目である。

 魔王城の下層の広さと来れば、それはもう途轍もない。

 この様に子供だましと言えるトラップも、それこそそこら中に仕掛けられているのだ。

 ガックリと項垂れた魔王は再び歩き出した。

 複雑怪奇と言って良い造りとなっている魔王城に、魔王の焦燥は募っていったのだった。

 この場所の様に至る所に配された魔導生物達は当然のこと、陳腐なものから技巧を凝らしたものまで多様に配された罠の数々。

 大小様々な落とし穴やら、不意に落ちて来る天井やら、通路の左右から槍が突き出す等々……。

 この城内を進む者の僅かな間隙を突いて発動される罠の数々は、襲われている側の魔王にして呆れながらに感心させられるものがあったのだ。


「……ったく、この城を作った奴の神経が知れないぜ」


 魔王は複雑な心境を現わしている様に、微妙な苦笑を浮かべながらそう呟いたのだった。




 言うまでもなく、この魔王城を設計、製作指揮したのは今代魔王である彼ではない。

 彼の先代でも無く、その前の代でも無い。

 恐らくは何代も前の魔王が……下手をすれば初代魔王がその設計に携わっているのかもしれない。

 事、外敵に対してと言うならば、これほど心強い罠もあるまい。

 それは魔王自身が、すでにいくつか体験する事で実証済みだ。

 だがこれが、襲い掛かられる側となれば面白くもない。

 ましてや魔王は、この城の主なのだ。

 自身の城で罠に見舞われ、作り出している魔導生物に襲われるなど楽し気に笑う気持ちには到底なれなかった。


「ガルルルルッ!」


 そこへ、陸走型強襲魔獣「DW―09 デスウルフ」が魔王の眼前へと躍り出てきた。

 デスウルフは一切の躊躇なく、魔王を目にすると大きく跳躍して飛び掛かって来る。


「……ったく……。次から次へと……」


 そう零した魔王は襲い来るデスウルフを前進しながらひらりとかわし、跳躍し伸び切った怪物の胴体へ痛烈な拳撃を見舞った。


「ギャフッ!」


 中空で強制的に動きを止められたデスウルフの身体が、文字通り「くの字」に折れ曲がる。


「うらぁ―――っ!」


 間髪入れず魔王の右拳がデスウルフの顔面に見舞われ、浮いていた魔狼の身体が無理矢理地面へと叩きつけられた。


「ギャンッ!」


 大きく一声鳴いたデスウルフは、その耐久値の限界を大きく上回る攻撃を受けて霧散してしまった。

 しかし先程ガーゴイルを屠ってから然程時間は経っておらず、この城に入ってからと言うもの魔王は休む間もなく魔物と戦闘を繰り広げており、それは殆ど連戦と言って良かった。


「まったく……我が城ながら、何て嫌らしい構造をしているんだ……。それに、上に昇る階段は何処なんだよ……もう……」


 魔王は大きく溜息をつきながら、そう呟きを漏らしたのだった。

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