魔王の魔王による魔王の為の、魔王城攻略!

綾部 響

1.序章

落ちた魔王

 天空に向けてそびえ立つ天守。

 周囲を鋭い針の様な峰を持つ、無数の剣山に囲まれた巨城。

 魔界の深部に威容を晒し、招かれざる客は決して何人も寄せ付けない天険の要害。

 

 ―――ここは魔族の中枢であり、最後の砦「魔王城」……。


 この城には古今東西、ありとあらゆる技術の粋が集められており、城内には強力な魔物が徘徊し、許しの無い者には容赦なく襲い掛かりその息の根を止めるのだ。

 城の何処かにはこの城の主たる「魔王」に匹敵する程強力な魔獣も存在し、如何な人界を代表する強者である「勇者」と言えどもそう簡単には攻略出来ない。

 もっとも、この城が築城されて千数百年。未だ「勇者」と言わず、人界の者は誰一人としてこの城に辿り着いた事などないのだが。

 そしてこの城の最上階に当たる「魔王の間」では、魔界に住まう魔族全てを統べる者「魔王」が、魔族全軍の指揮と魔界安寧の為に執政を行っていた。

 まさしくここは、魔界の深部にして中枢。魔族の心臓部と呼ぶべき場所であった。


「しっかし……でけぇ門だったんだな―――……」


 そこには魔王城の正面にある巨大な正門、通称「魔王門」を物珍しそうに、そして感慨深く眺める青年の姿があった。

 彼は魔王門に右手を添えて真上を仰ぎ、全容を視界に入れるべく見上げていた。


 その青年の姿は、人界でなら何処ででも見かける事が出来る別段特徴のない面立ちであった。

 黒い髪に黒い瞳、色黒でも無ければ白すぎるという程でもない肌。

 身長は170センチ程度と、高くもなく低くもない。

 そしてその面立ちにしても美形と言う訳で無ければ不細工でもなく、本当にどこにでもいる青年の様であった。

 もしここが魔界では無く人界であり彼の眼前にそびえているのが魔王城でなければ、恐らく誰も彼に気を止め、不可解に思う者は居なかったであろう。

 しかしくどい様だが、ここは魔界の最深部であり心臓部。

 そこにそびえているのは、紛う事無き魔王城なのだ。

 普通の人界に住む青年が、この場にいる事など


 ―――彼は魔族である。


 特に驚くべき事ではなく、そうでなければ説明がつかないであろう。

 勿論、何かの間違いで偶然に偶然が重なり、ついでに奇跡と幸運悪運奇運滅運、この世にある全ての「何か」が同時に発動すれば、人界に住む只の青年でもこの場に辿り着く事が出来るかもしれない。

 だが、この世の中でそれ程の偶然が重なり続けるなんて考えられない事だ。

 

 ―――彼は魔族である。それは間違いのない事実であり、ならば驚くべき事ではない。


 彼は魔界の住人であり、魔王城に訪れていたとして何らおかしな話など無いのだ。

 勿論、如何に魔族と言えども陸路を使ってこの城へと辿り着くには、戦闘能力で余程の実力を備えていなければ無理な話ではある。

 しかし、彼は陸路を使いこの魔王城へと辿り着いた訳では無かった。

 更に言えば、空を飛んで来た訳でも地中を進んできた訳でも無い。

 

 ―――彼は魔族である。ただし魔族では断じてない。


 彼は、彼こそがこの魔界を統べる王、「魔王」……その人であった。

 一目見れば彼は青年、人界で言う所の20歳前後に見える。

 だが、それも当然の事だ。


 ―――彼は魔族である。それも今年22歳になる、正真正銘の若者だった。


 人界では有らぬ誤解から、魔族は総じて長命種であり数百年を生きるのが当たり前の様に語られている。

 しかしそれは、本当に大きな誤解であった。

 魔族の寿命はその多くが人界に住む人族と何ら変わらず、平穏に生きても大よそ80年でその生涯を閉じる者が殆どだ。

 中には確かに「長寿種」が存在しており、長い者では300歳近くまで生きたという記録が残されているが、彼等の平均寿命は120から150歳であり、その程度ならば人界にも幾人かは存在していた。

 また、亜人種や魔獣には数百年、数千年を生きる個体が存在すると書物では記されているが、その存在を目の当たりにした者は皆無であり、真偽のほどは定かでは無い。

 魔界でも人界同様、伝承においては大差ないと言って良かった。

 つまりごく少数の「特異種」を除けば、魔族の殆どが人族と変わる事のない寿命を持つ種族なのだ。

 彼も勿論、「特異種」ではない。

 この世に生を受けて22年の、人界でも普通に見る事が出来る、普通の風貌を持つ若者であった。


 ―――彼が「魔王」であるという事実を除けばだが……。


 彼……魔王は、見上げる様に魔王門へと向けていた視線を、更に上へと昇らせて行った。

 巨大な門の上には、地上十数階からなる巨大な城壁。

 城は上へと向かう程先細りしてゆき、最後には細長い天守だけが天を突き刺す様に建っている。

 そここそが魔王の座する場所であり、魔界全土を統括するいわば「魔界の作戦指令室」である「魔王の間」であった。

 その堂々たる威風は、澄み渡った春の空に生えて美しくもあった。


「ああ……良い天気だよなぁ……。ちっくしょうめ……」


 雲一つない青空を見つめ、魔王である青年はポツリとそう零した。

 確かに今日は天気が良く、ここ数日では最高の快晴だと言えるだろう。

 春は気候が安定せず、天気が一日ごとに移り変わる所謂「季節の変わり目」にあって、今日の日差しは本当に麗らかであった。


 魔界に対して、人界ではかなり曲解した認識が広まっている。

 それは、魔界と言う所は到底人の住まえる様な場所では無く、荒廃した大地が広がりオドロオドロシイ風景が全体を占めていると言うものである。

 しかし、それは大きな間違いであった。

 魔界には、人界と違わぬ美しい自然が広がっているのだ。

 青い空、白い雲、輝く太陽がそれらを彩り、緑の大地と豊かな自然、青く雄大な海原に壮大な山脈が立ち並ぶ、人界に引けを取る事のない美しい世界なのだ。

 それが、人界では地獄然とした認識をもたらしているのは、偏に政治的宗教的誘導の結果に他ならない。

 魔族を政治的宗教的な不倶戴天の敵と位置付ける為には、徹底的な魔族のネガティブキャンペーンが必要である。そしてそれは、過剰であればあるほど良い。

 何よりも、魔界をその目で見た人族など殆どいないのだ。

 情報の発信源たる政治的主導者や宗教的権力者の発言は、そうと知らない者達にとって絶対の真実となる。

 魔族との戦争状態となった時点で、人族は総力を挙げて全ての人民が魔族討伐に協力する態勢を取る必要があった。

 勿論そこには、人族臭い利己の益や考えも含まれている。

 人族首脳陣は、魔族を徹底的に悪とした「勧善懲悪」の図式を作り上げる必要があったのだ。

 その考えが魔族の醜悪さと、魔族が住む世界の過酷さを実際からかけ離れて作り出したのだ。

 何よりも敵は醜悪であればある程、人々の忌避感を呼び起こしやすいのは言うまでもない。

 しかしそんな意識誘導を除いてしまえば、魔界は人界と全く変わらない造りをしているのだった。





「ちぇっ……。ここじゃあ、魔法で飛んで戻る……って訳にも行かないからなぁ……」


 魔王である青年は、苦笑いを浮かべながらもどこか苦々しそうにそう口にした。

 魔界には魔力の源である「魔素」が充満しており、魔族は人族に比べて「魔法」の適性が高くより強力な魔法が使える。

 人族には一部の者しか使えない「魔法で空を飛ぶ」と言う事も、魔族では多くの者が可能なのも偏にこの魔界ならではの環境に依る処が大きいのだ。

 対して人界には「神素」が充満しており、「神聖魔法」に特化している。

 これにより人族は、防御回復系の魔法に長けていたのだ。

 しかしそれらは一長一短であり、生態系や人々の生活に何ら影響を与えてはいなかった。

 勿論、その事で魔族が悪に染まり、人族が神に愛された神聖な生き物である……と言う事も全く無い。

 ただそれだけの違いであり、まるで合わせ鏡の様に二つの世界は存在していたのだった。


 そして、魔界と人界が大差のない造りとなっているのは、これもまた当然の事であった。

 何故ならば二つの世界は、の、世界の姿なのだから。

 人族が進化を果たし魔族が廃れたのが「人界」であり、魔族が繁栄を極め人族が消失した世界が「魔界」である。

 この二つの「If」世界を結びつけたのは、何時発生し何故そこに存在し続けているのか謎に包まれた異界トンネル「異界門トロン・ゲート」の存在であった。

 魔界としては幸いにも、魔族が千数百年前にそれを先んじて見つけたのだった。

 そのお蔭で、人族が魔界へと進出して来るのを防ぐ事が出来たのだ。

 しかし、人族にとってそれは不幸な事だっただろう。

 当時の魔族は人族の住む人界に進出し、あろうことかその領土を一部占領してしまったのだ。

 結果としてその行為が人族に「異界門」を使用させない事に繋がっており、現在に至るまで人族が魔界に侵攻する事を防いでいた。

 ただしその代償として、人族と共存していくという事が出来なくなってしまったのだ。

 そうして2つの種族は、互いに相容れない存在となってしまったのだった。





「さて……と……。早く戻って職務に就かねぇと……。バトラキールの小言も聞きたくないしな……。それに……」


 そこまで呟いた魔王は、目の前の門に手をかけて力を加えた。

 見た目の大きさに反して、魔王門はいとも簡単に動き出し大きな軋み音を上げて両側に開いた。

 門が開くと、城の中に凝り固まっていたであろう濃密な「魔素」が噴き出し、城の入り口に立つ魔王の全身をなぶっていった。

 同時に、凶悪なモンスターの咆哮も耳朶じだにする。

 その叫声は、千数百年の時を経てようやく訪れた魔王城へのに対して、明確な殺意を込めた歓迎の意を示していた。

 魔王は小さく舌打ちして口角を吊り上げ、自らの居城である「魔王城」の攻略に乗り出したのだった。


 ―――今ここに、魔王の、魔王による、魔王の為の、魔王城攻略が切って落とされたのだった……。

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