『オトナなお姉さんは好きですか?』

 お姫様に魔王の娘まで加わって、なんかとんでもないことになってきた道中。

 俺はピュアリアの案内で、神殿近くの村……彼女が借りているという宿で休ませてもらうことにした。


「ところでレーシィはついて来て大丈夫か? 魔族ってバレたらマズくないのか?」

「われは比較的ニンゲンに近い見た目だからな。尖った耳さえ隠せばまあ大丈夫だろう」


 村に入る前、レーシィはしっかり用意していたケープについたフードで耳を隠し、ニッと笑った。

 ほんとは危ないからついて来てほしくないが、魔王に会うためにはレーシィの力が必要だろうし一人だけ野宿は可哀想だ。


「……で、いざ村に入ったらレーシィよりもなんか俺が見られてるような気がするんだが……ファンタジー世界にスーツだからか……?」


 人がいっぱいいるところだと、やっぱ俺のスーツ姿は浮くよな……たまに向けられる視線が痛い。


 と、思ったら……


「あらぁ、変わった服装だけどスラリとして素敵な方……」

「わしがあと三十年若かったらのう」


 あれ、これ好奇の目とかそういうのと違うぞ。

 ていうかおばあちゃんまで“ハーレム”効いちゃうの!?


「は、早く宿に行こう、ピュアリア!」

「えっ、シャラクさんそれって……」

「いや俺は俺で部屋とるからお構いなく!」


 不穏なフラグが立つ前に全力で粉砕して宿屋に向かう。

 ハーレムなんて恐ろしい能力がある以上、とにかく何はなくとも一人部屋だ!


……なーんて、息巻いてはみたものの。


「シャラク、金は持っているのか?」

「うぐっ……そうだった、俺この世界の通貨持ってねえ……」


 財布に入った僅かばかりの日本円やカードが異世界で仕えるはずもなく……もしかしなくても一文無しじゃん、俺。


「宿代でしたらわたくしが出して……」

「いや、それは悪い。どうにかして返すから、貸してくれないか?」

「えっ、ですが……」


 返すあてがあるかと言われると今はないのが情けないんだけど、一回り以上歳の離れた少女に払わせたままなんて俺にはできない。

 そこは譲れないぞ、という意思表示でピュアリアを睨むと、


「……そ、そんな真剣に見つめられると、困っちゃいます……」


 彼女は赤くなった顔を両手で隠し、目をそらす。


 その瞬間……


「姫様に何をしているの、この暴漢!」

「は? うわぁ!?」


 俺めがけてものすごい勢いで火の玉が飛んできた。

 慌てて飛び退ると、そいつは俺がいた場所に直撃して地面を焦がし俺の肝を冷やす。


「あ、あぶねえ……」

「シャラクさん! 何をするの、ルルリエ!」


 ここ村の中なんですけど!?

 ルルリエ、とピュアリアが呼んだのはお団子とサイドテールをくっつけたような髪型の、なんだかセクシーな出で立ちをしたお姉さんだ。

 えーと、お知り合い……?


「彼女はわたくしの護衛、魔法使いのルルリエです。ルルリエ、彼が勇者様よ」

「なんですって!? し、失礼しました!」


 うん、危うく黒焦げだったよ……なんてことはわざわざ言わないけど、確認はちゃんとしような。


「乱暴なニンゲンだなー」

「お前がそれを言うか」


 もともと敵同士とはいえ初対面で奇襲かけられたの忘れてないぞ、レーシィ。


「ええと……ここで立ち話はいろいろマズそうだから、とりあえず宿に行こうか?」

「そ、そうですね」


 詳しい話は屋内で、座って落ち着いて話そう……人に聞かれたら困るような内容も含みそうだしな。


「いらっしゃい……まあ、ピュアリア姫」

「ただいま帰りました。あの……お部屋の空きはありますか?」

「ええ、ひと部屋でしたら。すみませんねぇ、小さい宿屋で」


 おかみさんの話ではこの宿の部屋はみっつ。

 ピュアリア達がとっている部屋と、あともうひと部屋は埋まってしまっているらしい。

 観光地って訳でもなさそうだし、たまに旅人が立ち寄るくらいなのだろう。


 ひと部屋……ということは、


「レーシィさんはわたくし達と相部屋ですよ」

「やー! われもシャラクと同じ部屋がいいー!」


 良かった、ちゃんと阻止してくれた……ピュアリア、ナイス。


「はい、こちらがお兄さんのお部屋の鍵ですよ」

「ありがとう」


 チャラ、と手のひらに小さな鍵が乗せられた感覚がふたつ……ん、ふたつ?


「……なんで鍵がふたつ?」


 おばちゃんはふくふくとした両手で俺の右手を握り、次いで上目遣い、ウインクをする。


「ひとつは、あたしの部屋のカ・ギ」

「お、お返しします!」


 油断するとすぐこれなんだもんなあ!

 俺は自分が泊まる部屋の鍵だけを受け取ると、逃げるように階段を上がっていった。

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