第2話 灯火揺らす小夜風

寝具一式に箪笥、姿見まである。掃除も行き届いていて…まるで私を閉じ込める為に用意された檻。悪意がなくとも今の私にはそう思えた。

私は売られた。捨てられたのだ。懸命に働いたつもりだった。掃除も炊事も洗濯も、冬の冷たい水に皸を冷やしても弱音はみせまいとしていた。でも無駄だった。

何をしても私を見る目は変らなかった…私は何をしていたんだろう。

きっとこの家でも…


ガタッと鳴った障子に驚いて振り返る


「あっ…ごめんなさい。驚かせてしまいましたか。ええと、貴女が新しい風車様なのですよね。私は里です。少しお話をしたくて……ご迷惑でしたか?」


里…。確か党首の娘であったか。


「いいえ、里様。そのようなことは御座いませぬ。どうか中へ、そのように部屋の外ではお体も冷えましょう。さ、中へ。」


障子を引いて中へ招き入れるように傍へ控える

こうすると親は機嫌を良くした。ならこれが正しい筈だ。

しかし里という女は私の手をとった……え?


「これは、沢山頑張った手ですね。新しい風車様はとても頑張り屋さんです。

兄様あにさまの言うとおり、沢山褒めて差し上げなければいけません。

ふふ、えらい。えらい。」


その手は次は私の頭へ伸びて、いいこいいこ。と頭を撫でるのだ

分からなかった。この女が分からない。


「お止め下さい…。な、なにを…」


振り解かれた手を名残惜しそうに見ている姿に恐怖を感じた


「ごめんなさい。兄様にお前は距離が近いのだと小言を言われたばかりなのに…。

気を悪くしましたよね。あの…風車様?」


怪訝な目を向けられ、私は後ずさり逃げ出そうとしていたのだと気づく

いけない。取り繕わなければ。


「無理もありませんね。これは反省です。どうかこの非礼、お許し下さいませ。」


先に動いたのは里の方だった。先程まで笑っていたかと思えば今度は舌を巻くほど綺麗な土下座を見せられる

持ち上がった里の顔はなるほど、党首の娘だと思わせた


「お話したいこと。お聞きしたいこと。多くありますが、今宵は控えると致します。

風車様におかれましてはさぞお疲れでありましょう。どうでしょうか。今日はもうお休みになられては如何でしょう。

今、ご用意を致しますね。」

「結構です。私が…自分で出来ます。」


寝具の用意までしようとするのを止めて部屋を出るよう促す


「…そう、ですか。それでは失礼して。」


立ち上がって出て行くのだと思った。だのに、ぺたんと座ったまま動けないでいる私は包むように抱きしめられた。私はその姿に思い出してしまい……


「私は隣の部屋におります。何かあればすぐに言伝ください。

部屋へいらっしゃらなくとも壁越しにでも構いませぬよ。」


何も言い返せなかった。里が部屋を出て行った後も暫くは動けなかった。

結局、私が眠りについたのはいつだったのだろう。静寂の中で時間を知るのは難しかった。



「新しい風車様は方だと。確かに、兄様の言うとおりでした。

私はどこまであの方の澱みを取り除いて差し上げられるでしょうか。」


隣の部屋からようやく聞こえてきた寝言と思わしき姉を呼ぶ声を聞いて、目を閉じる

霊力すら持たず生まれ、このように隠すように押し込まれた自分が出来ることは何だろう。と考えた。けれど八つの頭では甘やかしてあげようとくらいしか思い浮かびはせず、私は虫の音に誘われ眠りに落ちていった。

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<禱れや謡え、花守よ>異説・柳風物語 @GAU_8

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