<禱れや謡え、花守よ>異説・柳風物語

@GAU_8

第1話 出会いの頃は秋風

時は延寿32年。秋を告げる風の吹く頃。柳家に新たな一人が加えられた。

名を『リョウ』。柳家に伝えられる七本刀。次代の『風車カザグルマ』を担う少女である。

風車は担い手のその魂をより幽世へ近づけることで力を得る。その為、担い手は若く生気のある者ではならなかった。

加えて柳は武家だ。刀を握っただけの素人など送り出せない。

故にこうして、素質のある子を連れてきて育てる。

役目を担う者に縁者が選ばれないのは、それ程までに柳家の血が細く薄まっていることをも示していた。


しかし、それでもまだ六つだというこの子が連れてこられたのは他でもない。

現在、風車の席が空席となっているからだ。

前任の風車はお館様と仲違いをし屋敷を出て行ってしまった。うまく逃げ出したのだろう。今は何処にいるのか、生きているのかさえ分からない。

残りの七本刀。重剣ジュウケン剛壊ゴウカイ突護ツキモリ打突ダトツ雷々ライライが控える中、少女は七本刀の一振りにして柳侍衆の現頭目・炎鎖エンサを前にしている。

この炎鎖こそ私。柳景千代 カゲチヨの実父であり、柳家の当主でもあるお方だ。

さぞ怖かろう。私ですら度々恐ろしいと思う程の相手だ。ましてや、この少女の境遇を考えると不憫でならない。

親元を離され、知りもしない家で一人。面を被った男達に囲まれているのだ。

怖くない筈がない。何をされるのだろうと泣き叫んでも良いだろうに。

唯一素顔を晒している私はこの様子を隣の部屋から覗き見ているだけ。


「……まずは学べ。学び無くして刀は振るえぬ。ゆめ励めよ。」


柳の心得を語って聴かせていた炎鎖がようやく口を閉じる。

この言葉に座礼で答えてみせる。…強い子だ。だが、きっと脆い。

私はこの子を守っていかなければならない。それが、私だけが知る先代風車とのである。


「景千代。お前が導け。次期頭目としての才、見せてみよ。」

「は。必ずやご期待に応えてみせます。お館様。」


スス、と襖を開いて膝をつく。今日はこれでお開きとなった。



涼を連れて屋敷を歩く。この日の為に片付けられた部屋の襖を引き脇へ退く。


「ここが今日からお前の部屋となる。持ち込んだものは包みのまま部屋の中に置いてあるので、荷解きは自らがせよ。部屋にある家具は好きに使うが良い。」

「…はい。ありがとうございます、景千代様。」

「それが済んだら今日はもう休め。明日は早いぞ。…それと、拙の前でまで己を偽らずとも良い。拙は柳を血を引くだけの飾りだ。

七本に選ばれなかった男になど媚びへつらうな。」

「私はそのようなこと…!」

「柳がお前を買ったのは刀を継げる素質があったからだ。ここにはお前をどうしようと企む輩は居ぬ。…人恋しくなったのなら一つ隣の部屋を訪ねよ。そこに我が妹、里がいる。拙からはここまでだ。」


話を切り上げ来た道を一人戻る。冷たいだろうが今はそれでよい。

男である私と語らったところで気は休まらぬだろう。ここは妹が上手くやってくれると託す。

刀となれなかった私の役目はあの子が刀を継ぐまでのお守でしかないのだから。



これが私。柳景千代と涼との出会いであった。時は今から遡ること十年。のちにこの夕京を脅かすこととなる《霊境崩壊》の起こる以前の話である。

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