廿楽

エリー.ファー

廿楽

 マグカップを捨てにゴミ捨て場に行くと、猫がいた。

 やたらに体の大きい猫。

 不思議なものである。

 あんなにも、大きな猫がいて誰も可笑しいと思っていないのか。

 誰一人として問題だと認識していないのは、中々に問題だろう。

 私としても、これは余り無視できない。

 できるかぎり、大きな問題を遠ざけてきたというのに、この大きな猫という異常事態は好奇心が膨らむのを感じた。

 猫の大きさは。

 冷蔵庫くらいであった。

 中々大きい。

 しかし、瞳はつぶらで表情も中々柔和である。決してこちらに悪意であるとか、敵意を持っているとは思えなかった。

 私も猫に何かしてやろうと思っている訳ではないので、意思の疎通ができていると考えてもいいかもしれない。

 これだけ大きい猫だと、猫パンチ一発でも肋骨の一本や二本は折れてしまう事だろう。爪など、血管を切られてしまったらそこから大量出血で死ぬことになるかもしれない。

 ここは、慎重にするべきと考えた。

 改めて確認する。

 猫の大きさは。

 トラクターくらいであった。

 中々大きい。

 毛並みが非常によく、どこかで飼われていた可能性は非常に高い。もしかしたら、飼い主は探しているのかもしれない。

 携帯で捜索情報を探してみたほうがいいだろう。

 私は猫の背中を触った。

 猫は小さく鳴いて私のことを見つめると背中をもっと近づけてくる。

 私は体を使って撫で、最後には強めに抱き着いた。

 毛と毛の間に体が埋もれるものの、汚れもなければ、臭くもない。手入れはしっかりとされているとみて間違いない。これで、野良猫だったら相当綺麗好きという事になる。

 どちらかと言うと犬派なのだが。

 これを機に猫派になろうかと思うくらいに目の前の猫は可愛く、ずっと撫でておきたいと思えた。

 もう一度確認しておこうと思う。

 何を確認するか。

 決まっている。

 猫の大きさである。

 猫の大きさは。

 金閣寺ほどであった。

 私は猫から少しだけ距離を置いて、友達に連絡をしようと試みた。私一人でこの状態を処理するのはさすがに難しいからである。

 猫好きの友達を頭の中で検索しながら、浮かび上がった名前を今度は画面を見つめながら探す。

 すると、猫が甘えてきたのだ。

 顔を近づけてきて、擦り付けてくるのである。

 非常に柔らかい毛並みのおかげか、そのまま体を預けて眠ってしまいたい衝動に駆られる。

 いや、しかし、それだけは避けなければならない。

 マグカップを捨てて部屋に戻るのが本来の目的であり、猫との触れ合いから始まる行動はすべて些末なのだ。

 それに気が付くべきだった。

 もう。

 猫に虜である。

 猫の大きさを確認してみる。

 猫の大きさは。

 実家の母親の指くらいの大きさであった。

 私は母親のことを思い出し、少しばかり涙ぐんだ。最近、帰っていないので、心配しているかもしれない。

 お土産を持って帰るのもいいだろう。

 猫の大きさを確認してみる。

 猫の大きさは。

 スカイツリーを越えていた。

 最早。

 猫の顔は宇宙にさえ届いているのだ。

 私はそのまま猫の体に倒れ掛かると、体を預けたまま目を瞑り手に持っていたマグカップを地面に落としてしまった。

 しかし。

 そのことさえ気にならなかった。


 目を覚ますと敷布団の上にいた。

 夢であったことも分かったし。

 時間を見なくとも。

 バイトには遅刻することになるだろう、と察した。

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