第18話 ジュウ

 ああ。


「はぁぁぁ!!」


 京垓さん。あんたは凄い人だ。

 ペルソナリーパーを受けた直後だと言うのに、何の気もなしに動き、かつ今まで以上のキレのある技を放ってくる。


 俺は今まで以上の速度で放たれた彼女のかかと落としを見て、どこか悠長にそんな事を考えていた。


「ぐううっ!!」


 どうにか腕のガードが間に合うも、先ほどのパンチなど比較にならない衝撃が腕を襲う。

 しかし京垓さんは間髪入れずに拳を俺の顔面に叩き込もうとしてくる。

 とっさにガードしようと思ったが──。


「っ?!」


 腕が動かない。まだ腕のしびれが解けない。これは……よけれな──。


「ぶふッ!?」


 顔面を殴り飛ばされる。やばいなこれは。体力はもう殆ど切れかかっている。正直な話、もう今にもぶっ倒れそうだ。

 足元から崩れ落ちそうになるが、どうにかそれをこらえて京垓さんの頭に手を伸ばす。


「……」


 しかし、今までの機敏な動きとは裏腹に、京垓さんは……俺が伸ばした手を避けることなく受け入れた。

 そして──。

 

「もう一度やってみなさい。亜門くん」


「……」


「もう一度やって見て……今度こそ理解しなさい」


 彼女は……もう一度魔法を使ってみせろと、俺に言ってきた。

 

「……京垓さん」


「……」


「……あんたは……」


 チカチカと点滅する視界の中、一際目立つのは……彼女の表情だった。

 京垓さんは、攻撃を振るう時には何時もきまって苦虫を嚙み潰したような表情をする。

 決闘が始まってからずっとそんな調子だ。


 そうだ。俺はずっと、そんな表情に違和感を覚えていた。

 だけど記憶を覗いた今なら理解できる。


 京垓さん。あんたは……本当は戦うのが好きじゃないんだろ?

 あんなことが有ったんだ。魔法そのものもだろうが、本当は戦いそのものすら嫌いなはずだ。

 だから俺にいつも負けを認めろと迫っていた。自分の過去を掘り返されるのを顧みずに、俺に魔法を使えと言い切れた。

 京垓さんは心の傷を押し殺してでも戦っている。

 俺と数弥を引き剥がすため。彼女が見た悲劇をもう一度起こさないために。


 きっと、京垓さんは元からお人好しなのだろう。

 俺と数弥が仲良くしているのを見て、その姿を過去の自分と重ねてしまったんだ。

 でも、だからこそ言いたいこともある。


「……俺には、さ」


「……」


「俺には今まで、友達っていなかったんだ」


「……は?」


 虚を突かれたような表情でこちらを見る。


「教室でさ……京垓さんに色々と……言っただろ? 失礼な事をさ。友達がいないとかなんとか。笑っちゃうよな……あれ全部、自分にも帰って来る言葉なんだ」


「……その話が何だっていうんですか?」


「……で、俺にとって数弥って……まぁ、初めての友達な訳なんだ」


 そこまで言ってから、俺は京垓さんの頭から手をどけた。

 俺の動きに合わせてビクッと京垓さんが揺れ動く。そしてどこか警戒した様子でこちらを見つめてくる。

 彼女にしてみれば、俺の行為は千載一遇の機会をわざわざ手放す行為にしか思えないだろう。

 

 だが元より……俺の勝ち筋は魔法ではない。


「何を──」


「俺にとって、友達は一緒に居たい相手の事だ。それを邪魔する奴が居たら、誰が相手だろうと何が相手だろうと、全力で抗って見せる」


「……」


 俺の言葉を受けて、京垓さんの表情は一気に剣呑なものとなった。

 俺よりも少し背が小さい彼女は、見上げる様に俺の事を睨み付けてくる。


「……あ」


「京垓さん」


 そして彼女が口を開いたのに被せる様に声を上げ──。


「俺と──」


『──ッ!!!』


 直後、背後から巨大な異音が鳴り響いた。


「ッ!?」


「な……にっ!? この音っ」


 嫌悪感すら覚えるその異音に、俺達はたまらず耳を抑えた。

 すぐに振り返り、その異音の正体を探ろうとして……。


「……」


「……亜門くん?」


 俺は……異音の正体に気付いた。そしてその正体に表情が凍り付く。

 京垓さんには俺が盾となっていて、そこに何が有るのか見えないのだろう。どこか戸惑った様子で呟いていた。

 けれど京垓さんの疑問に答えている暇は無い。

 

 嘘だろ。普通来るかこのタイミングで。おかしいだろ。


「八尺……!」


 ◇


『──ッ! ──ッ!!』


 八尺は、先ほどの異音を撒き散らしながらこちらにぐるりと目を向けた。


「ッ──! 逃げるぞ! 京垓さん!」


「は、はぁっ!? 逃げるですって!? ……あ、じゃ、じゃあこの決闘は貴方の負け──」


「違う! そう言う話じゃないんだ! 八……モンスターが出た!」


「はぁ? 亜門くん。貴方何を言って」


 言うが早いか、疑問を呈する京垓さんの腕をつかんで走り出す。

 向かうは校舎だ……!


「ちょ、あも、亜門くん!?」


 先ほどまでの剣呑な雰囲気とは打って変わり、困惑した表情で俺に手を引かれる京垓さん。思いのほか従ってくれてありがたい!


「──クソッ」


 しかし現状は良い事ばかりではない。駆けだした俺達を追う様に、八尺も動き始めてしまった。

 その動きはどこか鈍重で、一見遅く見える。


「──ッ!!」


 だがその実滅茶苦茶早い。

 ほんの一秒だ。動き始めてからたったそれだけで既に俺達に追いつこうとしている。

 京垓さんのあの踏み込みも相当だがこいつの動き方も相当変だ。どういうカラクリしていやがる。


 そして、まるで死神の鎌のように八尺はゆっくりと腕を振り上げた。


「っ、亜門く──」


「先に行け! 行って先生を呼んで来てくれ!」


 俺はそう言って京垓さんを突き飛ばし、京垓さんを庇う様に構える。


「【世界に晒せ】」


 魔方陣が浮かび上がる。既にペルソナリーパーで魔力を相当に消費してしまっているが、四の五の言っている暇は無い!


「【ブレイズ】!」


 直後シャレにならない勢いの炎が上がり、手を振りかぶっていた八尺を焼き尽くす。

 ──しかし。


『──ッ! ──ッ! ──ッ!!!』


 若干身体に焦げ目をつけながらも、八尺は特に気にした様子もなく俺に振り下ろしてきた

 直後、世界がスローモーションのように遅くなるのを感じた。

 不味い、これは……避け切れない!


「世界に……」


 詠唱もまにあわ──。

 

「──シッ!」


『──ッ!?』


 京垓さんの声が聞こえた。

 そして直後、八尺が吹き飛ばされた。それに伴って八尺から放たれた腕は俺の体ギリギリを擦れていく。


「なっ──!?」


 一瞬何が起こったのか分からなかった。

 しかし、俺のすぐ横で蹴り上げた態勢でいる京垓さんを見て何が起こったのかをすぐに理解した。

 マジかよこの人。八尺を蹴り飛ばしやがった。


「きょ、京垓さん……?」


「……」


 恐る恐る訪ねてみても京垓さんは黙ったままもう一度構え直した。


「……何ですかこいつは……」


 何かも分からずに蹴り飛ばしたのか京垓さん。やはりというか、京垓さんって手が早いというかなんというか……。


「……恐らくはモンスター、だと思う」


「だと思う? それはどうい──」


 京垓さんが疑問を呟いたと同時に、吹っ飛ばされてダウンしていた八尺がゆらりと立ち上がるのが見えた。どうも、ダメージを受けているようには見えない。


「……」


 やっぱりヤバいぞこいつ。俺の魔法を食らった時もそうだけど、異常にタフだ。京垓さんの蹴りを食らって全く気にも留めないってどういう体の構造してるんだよ。


「……亜門くん」


「……なんだ?」


「先に行け、というのはこちらのセリフです。貴方が先生を呼びに行ってください」


「……」


 ……彼女の言っている事は正しいのだろう。

 だが、それでも捨て置けないことが有る。


「いや、俺も残る」


「は? 満身創痍の貴方とほぼ無傷の私。どちらがより時間を稼げるかなんて一目瞭然ではありませんか?」


 そんな事も分からないの? と言わんばかりに京垓さんは言って来る。

 確かにその理屈は正しい。

 しかし、一つ考慮していない事が有る。


「……そんなビビってて、本調子で戦えるのか?」


 彼女は──京垓さんは怯えている。

 八尺に……いや──戦いにだ。


「……は、はぁっ? 私はビビってなんか……!」


 やはりというか、京垓さんは気取ったように言い返してくる。だけど俺にはただ強がっているようにしか見えなかった。

 そんな彼女を置いては逃げられない。


 というかだ。改めて対峙して分かったけど、こいつを一人で足止めとか不可能に近い。

 あの時は学校内で分かれ道が一杯あったりしたからどうにか逃げられたが、それでも一歩間違えればすぐに追いつかれていただろう。そしてこの野外演習場は見通しのいい広場。走って逃げられる気はしない。

 どうにか二人でかかって、別の方法で外に連絡を取らなければ確実に死ぬ。


「意見は平行線。互いに引く気は無い。なら、ここはもう協力した方が生き残れる可能性は高いんじゃないか?」


「……」


 京垓さんは黙り込んでしまった。だがこの沈黙は了承したととっても良いだろう。

 俺は言葉を続ける。


「実をいうと……考えがある」


「……何ですか?」


「……それは──」


 俺が口を開こうとした瞬間だった。


『──ッ! ──ッ!!』


 今まで妙に大人しくしていた八尺がいきなり動きだした。

 そしてゆったりと、しかし俊敏に動きながら標的を定める様に頭を振るった。


「まずっ……!」


 今度の標的は……京垓さんだ!

 

『──ッ!!!』


 俺が声を上げるよりも早く、八尺は京垓さんへと飛びつく。

 

「ッ、はあっ!」


『ッ──!』


 しかし超人的な反射速度でもって八尺の腕に動きを合わせ、京垓さんはカウンターを放った。

 カウンターは見事に八尺の頭を打ち抜き、奴の頭を振動させる。

 だが。

 

「ぐっ……!」


 京垓さんが苦痛の声をあげた。

 見れば……彼女の足が、本来なら曲がってはいけない方向に曲がっていた。

 ……というか、だらんと垂れ曲がっていた。


 身の毛もよだつ光景に思わず青ざめる。どういう事だ? あの京垓さんの足が攻撃しただけでああなるとは……。

 そこでハッと気づいた。八尺だ。インパクトの瞬間、アイツの頭が揺れて動いたのは衝撃によるものじゃなかった。頭突きだ。おそらくは京垓さんの蹴りへのカウンター。


「京垓さん!!」


「っ、関節が外れただけです! それよりも早く! その作戦を教えなさい!」


 奴がやった事に気がついた俺は、すぐに京垓さんの援護に回ろうとする。

 しかし彼女は何の気もなしにそう言って、垂れ下がった足を掴んで無理やり間接に押し込んだ。ガコンという骨と骨がこすれ合う嫌な音が聞こえてくる。

 関節が外れただけって。十分重傷だよ。


「早く……私が……時間を稼げるうちに……!」


 もう本当に漢らしいな京垓さん。

 すげぇよ。


「──分かった。ならそのまま出来る限り時間を稼いでくれ!」


「了解!」


 そして、京垓さんは叫ぶとともに、決闘の時に使っていた構えを取る。

 瞬間彼女の姿が掻き消えたかと思うと、八尺のすぐ後ろに現れた。

 直後、およそ人から出ているとは思えない程の爆発音が聞こえてきた。


「……」


 ……よし。京垓さんが時間を稼いでくれているうちに……。

 俺は走り、野外演習場の縁まで行く。決闘で邪魔にならないようにと置いておいたバックがそこにある。


「……」


 ごちゃごちゃと中身をいじり……二つのモノを取り出した。

 携帯と……。


「……わざわざほてぷが使えっていったんだ。アイツにだって効いてくれるよな……!」


 ジュウだ。

 

 ◇


 俺は急いで警察に連絡を入れる。学校内にモンスターが現れた、と。

 しかし何というか、妙に反応が悪かった。

 おそらくいたずら電話が多いのだろう。俺のような感じに電話を入れている人間が多いのだろう。そしてその大半はデマ。もしその中に本当の目撃情報が有ったとしても、これじゃどれが本当の情報か、向こうにはさっぱりわからないというものだろう。

 必然対応も遅くなってしまう。

 全くもって勘弁してほしい。有事の際のデマほど困る物もない。

 電話を受けた様子だと、学校に警察が来るのはもうしばらくかかりそうだ。やっぱり警察に電話したのは失敗だったか? 


「……」


 正直キレそう。だがそれでもやらないよりはましだ。というか今は四の五の言っている暇は無いのだから。


 次は学校に……いや、それよりも先に数弥に連絡を入れるか?

 数弥は今、に学校内に居るからな。アイツから先生に事情を説明してもらった方が速い……って。


「……アイツまだ電話してるのか!?」


 電話に出ねぇ! 

 じゃあもう、学校の方に直接──。


「っ、亜門くん!」


「っ!?」


 京垓さんの叫び声が響く。

 振り返ると、京垓さんの脇を抜けてこちらに迫る八尺の姿が見えた。

 こんな距離、八尺ならば一瞬でこちらまで来てしまうだろう。


 絶望的な状況に、俺は──。


「……」


 俺は、いつになく冷静だった。

 というか俺は、キレていた。


 何なんだよ。お前本当にさ……何なんだよ。


 別にこの学校に入学してからさ、決して悪い事ばかりでは無かったよ。

 友達が出来た。友達になりたいって人が出来た。初対面だってのに、やたら親切にしてくれる人だっていた。

 俺の人生の中でも一番に素晴らしき日々だといえる。


 だけどそれとはまた別に、とても過酷な日々だったよ。

 学校入学初日。これから訪れる高校生活の不安と共に、夢界に拉致され八尺に殺されかけ。

 学校生活二日目にして遅刻。からの京垓さんから決闘を吹っ掛けられ、挙句にほてぷから謎の殺害予告を受けて。

 本日三日目にして同級生にぼこぼこにされ、また八尺に殺されかける。


 あのさ。なんで入学して三日目にして毎度毎度殺されかけないといけないの?

 おかしいだろ。毎日誰かから殺意向けられているんだけど。

 

 俺なんかした? クソがよ。


 俺は……俺はもう、本当に不安で仕方なかったんだぞ。俺のせいでお前が夢界から抜け出して、色んな人に迷惑かけて。理由も分からず夢界に拉致される恐怖におびえながら寝る羽目になって。クソ親父のせいで今まで関わる事もなかった魔法召喚の学校にいきなり通わされる事になって。事前知識は入門書一冊だけだぞクソが。


 理不尽に迫る死を目前にして……俺の堪忍袋の緒は限界を迎えていた。

 こみ上げる怒りは、俺の心のストッパーを完全に取っ払う。


「【世界に晒せ】」


 いつになくスラスラと口から流れ出る詠唱。

 ジュウを構え、引き金に指をあてる。


「【ブレイズ】」


 詠唱が終わる。通常であれば魔方陣から炎が出てくるのだが……今回は違った。魔方陣がジュウに吸い込まれていく。

 これがほてぷの言っていた弾を込めた状態なのだろう。

 恐らくこの状態から引き金を引けば良い……はず。


『──ッ! ──ッ!!』


 既に八尺は腕を振り上げていた。

 

「……」


 信じるぞ……ほてぷ!

 引き金を引く。

 直後恐ろしい程の衝撃が俺の腕を襲う。そして炎とも似つかない閃光が迸り──。


『──』


 八尺の首から上が吹き飛んだ。

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顔面偏差値至上主義の魔法高校 かいな @Yousui

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