第16話 ペルソナリーパー
放課後。俺は京垓さんに指定された場所に向かった。
野外演習場。屋内での使用が許可されていない魔法を練習するための、広場のような場所だ。
わざわざこちらが気兼ねなく魔法を使える場所である。
「よく来たわね」
そして、そこには既に京垓さんがいて……動きやすそうな服に着替えていた。
「……どうせ逃げても、結局決闘する羽目になりそうだしな」
事ここに至っては、謝っていた時のような猫かぶりは必要ない。
初対面の時の様に接する。
「あら。よく分かっているじゃない。私も手間が省けて良かったわ」
京垓さんは特に気にした様子もなく、そしてさらりと怖い事を言う。
手間って何ですか?
怖い。
「……」
あの時は勢いで言ったけど、俺は確信した。
この人絶対に友達いない。絶対そうだ。だって怖いんだもん。
「……あら? 決闘だってのに、見届け人の一人も用意できなかったの? お友達の阿僧祇くんはどうしたのかしら」
京垓さんははたと思い出したようにあたりを見渡すと、くつくつと笑いながら皮肉っぽくそんな事を言いだした。
確かに今、数弥は此処には居ない。家で何かあったらしく、席を外しているのだ。
そんな事を知る由もない彼女からしてみれば、自分のことを友達が居ないだの何だのと煽りにあおった俺が、一人で決闘に臨む姿はとても滑稽に映るだろう。
「でも京垓さんも一人では……?」
「……」
俺はそれがどうしても気になってしまった。
野外演習場の周りに人は居らず、ぽつねんと彼女が一人だけで立っていた。
多分彼女も見届け人は居なかった。
やっぱり友達いないんだな……。
果たして、それが図星だったのかどうなのか……京垓さんは黙り込んだ。
マジかよ。
しかもまた顔を赤くしている。
俺、この人の事よく分かんなくなってきたぞ。
◇
「……決闘を始めましょう」
気を取り直したように、京垓さんはそう呟いた。
「……本当にやるのか? アンタは魔法召喚が……」
「他人の心配をしている場合ですか? 不要な気遣いは結構です。構えなさい」
彼女はそう言って、拳を構えた。
友達が居ないと言われて黙り込んでしまう情けない姿は消え去り、とても様になっている構えだった。
……しかし依然として魔法を使う様子はない。
本当に、魔法を使わずに戦うつもりなのか。
だが彼女の目つきはいたって真剣で……京垓さんが本気であるという事がうかがえた。
「……」
彼女は本気なのだ。それほどの凄みが彼女にはあった。
俺は本当に、京垓さんがよく分からなかった。一体何がそこまで彼女を駆り立てたのだろう。
俺が数弥を庇った時に言った言葉は、ここまで彼女が必死にならなきゃいけない事だったのか?
そんなに友達がいないことを指摘されるのが嫌だったのだろうか。正直……言い過ぎた所もあったと思っていたけど、異常な反応に見える。
「ふん。ようやく腹をくくったのかしら」
彼女を習うように俺も構える。
きっと、彼女に何を聞いても答えてはくれないだろう。だから、これは考えても無駄な事だ。
「……」
俺は京垓さんの事を知らない。だけど少しだけ分かる事が有る。
それは彼女には友達がいなくて、手汗が凄くて……このまま放置すれば、今後の学校生活の中で、今まで以上に俺達に突っかかって来る可能性が非常に高いという事だ。
数弥は初めてできた俺の友達だ。大切にしたいし、迷惑を掛けたくはない。
だから戦う。
京垓さんがそれを望むなら、戦ってこの面倒くさい関係を終わらせる。
「勝利条件はどちらかが気絶するまで。ルールはそれだけよ」
「……」
京垓さんが語ったルール。それを要約するとつまり、魔法召喚でも何でもしていいというものだ。
野蛮極まりない。
「そして……決闘の『流儀』は当然、ご存知でしょうね? 勝者と敗者のその後も」
「……ああ」
俺が彼女の問いに頷くと、彼女は気を良くしたのか少しの笑みを浮かべた。
「安心なさい。例え貴方が負けても、命までは取らないわ」
そして自信たっぷりに、自身が勝った後の事を語り始めた。
なぜ京垓さんはあんなに自信たっぷり何だろう。数弥から聞いている話も併せて非常に不気味に思う。彼女の自身の源がつかめないでいる。
「では……開始!」
しかし、思考の暇を与えられないまま決闘は始まった。
◇
「!?」
決闘が始まった直後──目の前に京垓さんが現れた。
互いに息がかかるほどの距離。あまりの事態に俺は反応できずにいた。
──そして彼女は何の躊躇もなく俺の腹に重い一撃を放ってきた。
「ッ!!!?」
恐ろしい程の衝撃に体が浮き、胃液がせり上がる。
思わずえずきそうになったが、それを許す暇なく京垓さんのかかと落としが俺の頭上に迫る。
「くっ……!」
吐き気を我慢しながら体を反転させ、彼女のかかと落としから逃れた。
──直後、爆発したかのような音が野外演習場に鳴り響く。
「……」
思わず絶句した。彼女のかかと落としが当たった地面が陥没している。
まともに食らっていたら重傷だっただろう。
絶対人に使っちゃいけないタイプの技だよこれは。
「意外と……反応が良いのね。勘も良い。褒めてあげます」
京垓さんはゆらりと体を起こすと、また決闘が始まった時の様に構えた。
「……」
京垓さんクソ強い。
まさかの肉弾戦だよ。
いや……まあ確かに、魔法を使えないのなら取れる手段は限られてくるけどさ!
「あなた。私が魔法を使えないのに、何で決闘をしようとしていたのか……不思議そうにしていましたね」
「ああ……これが理由だったのか……」
腹を押さえながら黙っていた俺は、彼女の言葉になんとか答えて時間を稼ぐ。
少しでも休んで回復しなくちゃ魔法もままならない……!
「ええ。私は魔法を使えなくても十二分に戦える……の!」
「!?」
叫んだ直後、またもや京垓さんの姿が掻き消え、俺の目の前へと現れる。
まただ。瞬間移動とも取れるほどの圧倒的速度による移動。京垓さんは魔法を使えないので、純然たる体術という事になる。一体どういう技術なんだ?
初見殺しにもほどが有る。
──だが。
「なっ──!!?」
一度見てしまえば対応事態は出来る……!
俺は京垓さんの右フックを両手で受け止めた。バチンという音が演習場に響き渡り、ガードしていた筈の俺の体が浮き上がる。
京垓さんにとっても予想外だったのか、とても驚いた表情を浮かべている。
俺も驚いていた。どんな威力のパンチだよ。
「ちっ……!」
京垓さんは舌打ちを打ちながらも、しかししっかりとかかと落としの体制を取る。
パンチも脅威だが本当にまずいのは高速移動とかかと落とし。ちゃんと受けることが出来ればパンチはそこまでのダメージにはならないが、かかと落としは受けとめられる所を想像できない。
けれど八尺ほどどうしようもない攻撃ではない……!
「……っ、また!」
すんでのところで身をよじって京垓さんの攻撃を避ける。
思わぬところで八尺との遭遇による経験が生きた。伊達にアイツに殴られてない。
──しかしここから先はどうすればいい? 幾らよけることが出来ると言っても、こちらから打って出なければ事態は収束しない。
だが魔法をこの距離でぶっ放したら──。
「ガッ!?」
逡巡。その隙をつくように、京垓さんは強烈な頭突きを俺に食らわせてきた。
恐ろしい威力。
脳が揺れる。視界が揺れる。そして──京垓さんの行動に若干の違和感を覚えた。
「ッ……!!」
だがその違和感について考える暇もなく強烈なフックが無防備な俺の脇腹に突き刺さり、とうとう胃の中のものをぶちまける。
「無様なものね。やっぱり、貴方は阿僧祇くんに相応しくない」
「ッ、げほっ……かっ……!」
「──ねぇ」
と、何故か彼女は追撃をせずに、俺に何か語り掛けてくる。
俺は吐き気を抑えるのに必死で答えられなかったが、しかし彼女は気にすることなく話を続けた。
「貴方は『身の程』という言葉をご存じかしら?」
「……」
何を言っているんだ?
俺の無言の疑問に答えるように、京垓さんは語り続ける。
「人には誰しも身の程というものが有ります。庶民に相応しいのは庶民の友人、高貴な存在に相応しいのはそれに準ずる友人が相応しい」
「……」
「これは違えてはならないものです。自身の身の程をわきまえない交流というものは、手痛いしっぺ返しを食らうことに繋がる」
惨めに這いつくばるしかない貴方のようにね。
そう締めくくった彼女が言った言葉の意味は、しっかりと理解できた。
彼女はこう言いたいのだ。
俺では、数弥に釣り合わないと。
「──次で終わらせましょう」
京垓さんは、蹲っている俺をまるで哀れな存在でも見るかのように見つめると、またあの移動の構えを取った。
決闘が始まってたったの数秒。それだけで俺は彼女にボロボロにされていた。魔法なんか使えなくても京垓さんはめちゃくちゃに強かった。
これが彼女の言うしっぺ返しという事か?
「……」
……思い返されるのは、数弥との会話だった。
◇
「京垓家。……より正確に言うと、京垓一派というべきかな」
「京垓一派……?」
「ああ。前にも言ったけど、京垓家ってのは数が多い。それこそ一般的な家の比ではなく、一族の総人数は……百を超えるそうだ」
「……は?」
多い。いや……多いな。想像をはるかに超えてきた。
……だがそれが決闘で魔法を使う事の理由にどうつながるというのだろう。
数弥も俺の疑問はお見通しだったのか、また口を開いた
「重要なのは、この京垓家が軍人の家系だってことだ」
「……軍人」
「……亜門。お前も覚えているだろ? シガ軍が山ごとギフ軍を消滅させたって話は」
そりゃ、覚えている。歴史的勝利、だとかどうとか言って、しばらくニュースと新聞でひっきりなしに取り上げられていたのだから。
……だが、今その話をするってことは、まさか……。
「そうだ。あの時、魔法召喚士の部隊を構成していたのは京垓家だった。そして奴らの魔法でギフ軍は消滅した」
「……」
恐ろしい話だった。俺が使った【レイズ】や【ブレイズ】をはるかに超える魔法を使ったのだろうか。そもそも消費魔力が追いつかない俺では想像もつかない世界である。
「……京垓家ってのは、数が多い分一家の中で一分野に特化させた人間を育て上げる。例えば指揮に特化した者だったり、それこそ魔法召喚に特化した者だったり。そのどれもが恐ろしい存在で、この国の最高戦力だ。だからこそ、この国の軍の中枢に京垓家は食い込んできている」
「……」
京垓さん。そう、京垓さんも当然京垓家の人間だ。
と、言う事は……。
「……京垓さんも、ってことか?」
「……おそらく。『魂起こし』を出来なかったってことは魔法特化ではないだろうが……軍人顔負けの特化能力を持っていても──あの家の人間ならおかしくはない」
◇
今思い返せば、京垓さんの特化能力は肉弾戦闘だったという事か。
俺の予想という名の願望であったオフィスワーク特化はかすりもしなかったな。
「……」
とはいっても、当然直接戦闘の線も考えていなかったという訳じゃない。だがここまでとは想定外だった。
はっきり言って、魔法抜きで戦った場合俺に勝ち目はないだろう。
「あら? 何ですかその目は。言いたいことが有るなら戦って示しなさい」
実に漢らしい事を言い放つ京垓さん。だが正論だ。何せこれは決闘なのだ。
戦って勝たねばならない。
そう、勝たなければ……俺は決闘の『流儀』に従い、彼女の願いをどんなものであれ聞き入れなければならなくなる。
「……」
決闘。
シガではその結果が及ぼす効力は非常に大きなものとなる。
決闘の結果、勝者となった者は敗者にどのような事だろうと命ずることが出来る。
それこそが県王ラインハルト様の名において保証される決闘の『流儀』。
シガにおいて、この『流儀』から逃れる事は出来ない。
だから俺は勝たねばならない。
京垓さんに負けたら一体どんな事をやらされるか、分かったものじゃないのだから。
「……」
俺は京垓さんを迎え撃つように、深く腰を落とした構えを取る。
普段なら使える機会は限られるが、京垓さんの近接一辺倒の戦いならば……上手く当てる事が出来るかもしれない。
見せてやるぜ。俺の固有魔法を。
「……ふん」
京垓さんは、いっちょ前に構えを取って見せた俺を鼻で笑ったかと思うと、またしてもあの驚異的な移動技でもってその姿をかき消す。
そして──。
「ガッ──!?」
強烈な痛みが背中に生まれた。
後ろを振り返ると、背中に京垓さんの蹴りが突き刺さっていた。
ガクンと、体から力が抜ける。
……嘘だろ? 一瞬で残りの体力が吹き飛ばされた。
どんな威力してるんだよあの蹴り。
もう足に力が籠められない。
思わずたたらを踏み、地面に倒れ伏しそうになる。
……だが!
「っ、何を……!」
俺は最後の賭けに出た。
倒れ伏す寸前、残った力を使い全力で京垓さんの足を掴む。そして倒れる方向を調整して京垓さんに抱き着いた。
俺の行動に困惑と警戒を露わにする京垓さんだが、流石にあの蹴りを放った直後だからか、彼女に出来たのは身をよじる事だけだった。
その姿を見て俺は自身が賭けに勝ったことを確信した。
やはり……蹴りの直後に少しの硬直がある。あの踵落としの時の行動は余裕から来たものでは無く、その巨大すぎる威力の反動によるものだったのだ。
小さな光明を逃さぬよう、空いた手を京垓さんの頭へと伸ばす。
「【世界に晒せ】」
そして震える手で京垓さんの頭に触れ──。
「【ペルソナリーパー】」
魔法を発動した。
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