第15話 戦意

 正真正銘、現実の朝を迎える。


「……」


 時計を見ても、今度こそ遅刻せずに済みそうな時刻だった。

 朝ご飯を用意しつつ、ニュースと学校からの連絡を確認する。


『──目撃情報を纏めると、このモンスターは人型で、手足が異常に長く移動速度も速いそうですね』


『しかし奇怪な見た目をしていますね……人型にここまで近いモンスターは初めて見ましたよ私は……というかこれ、他国の魔法召喚師では?』


『うーん……確かにその可能性の方が高そうですねぇ……』


「……」


 と、ニュースにモンスターと思われる写真が載せられていた。


 どう見ても八尺だった。

 あの時俺を殺しかけたアイツそのものだ。

 確信が現実へと変わる。


「……午後から集団登校、か」


 しかし、確証が取れたからと言って自体が良い方向に向かうとは限らない。

 ニュースを見ても、モンスター……いや、八尺はまだ見つかってないようだ。今回ニュースに乗っている写真だって、たまたま撮れた一枚だという。


「……」


 ……軍すら動いているというのに、写真一枚程度の情報しか得られていないという事実に恐怖を覚える。

 シガ軍も警察も優秀だ。普通の人間や魔法召喚師くらいだったらすぐにでも捕まえるというのに。


 違和感が募る。八尺って、そんなに凄いやつなのか? 殺されかけたとはいえ、精々肉体強化の固有魔法しか使えない様な奴だ。

 軍や警察が姿すら捉えられないというのは……。


「……夢界に逃げているのか……?」


 一つ思い浮かんだのは、八尺が夢界と現実とを行き来しているという説。

 普通以上に知識が有りそうな八尺なら、それくらいしてきそうだ。

 それにこの方法なら軍も警察も八尺を捉えることは出来ない。


「……というかそもそも、何が目的でこちらに来ているんだ」


 ふと湧いてきた疑問だった。

 非常に対処がめんどくさい方法で多くの人を困らせている八尺だが、いまだにその動機が見えてこない。

 自身の存在を確固たるものにするため……? 一瞬そんな考えが思いつくも、すぐに切って捨てる。何故なら八尺は俺と既に接触している。これ以上望むことなどない筈だ。


「……」


 嫌な不気味さが俺の頭に残った。


 ◇


 登校時間になり、学校に指定された駅の出口までたどりついた。既に結構な人数が集まっている。


 もうここまで来たら学校を休みにしちゃえば? とか安易に思うが、そうもいかないのが国営の辛いところだ。

 シガの名の下に運営されている国公立魔法高校が多少の災害程度で休校にしていてはシガの名が落ちる。

 そんな校風な我らが国公立魔法高校なのである。パンフレットに書いてあった。何なら入学式に校長先生が新入生を脅すように言っていた。


 学生の事を微塵も考えていない校風である。


「普通に授業するのかよ……」


「午後から出席させるくらいだったらいっそ休校にしてくれ……」


 俺の周りにいる生徒たちも思い思いに愚痴っている。

 皆野心に溢れた魔法召喚師の卵とはいえ、午後からの登校は流石に堪える様だ。


「……」


 ……学校が始まったばかりだというのに、こんなに問題が起きているのは如何なものか。

 俺が原因であるという事を考えるとみんなに申し訳が立たない。

 

 あの時。

 ほてぷとちゃんと友達になれていたのなら、現状をもう少し把握することが出来たのかもしれない。


 ……いや、ほてぷを言い訳にするのは最低だ。


「あら、逃げずにちゃんと来たのね」


 もう遅いかもしれないけど……先生に相談しよう。

 頭がおかしいと思われるとか、そんな細かい事を気にしている次元ではもうない。


 ……いや。

 ずっと前からそんなレベルの話では無かった。

 単に俺が……頭がおかしい奴だと思われるのが怖かったから、事態を解決できる大人たちに相談できなかっただけだ。


 だが……もう覚悟は決まった。

 

「……」


 よし。そうと決まれば早速先生を探そう。

 今のところ先生はいないが、いずれ来──。


「ねぇッ!」


「うあっ!?」


 後ろから大声が飛んできた。

 そのとてもよく通る声は駅内に響き渡り、魔法高校の生徒から一般の利用者の方々視線までもが一瞬でこちらに集まった。


 え?


「……」


「……」


 後ろを振り返ってみれば、京垓さんが顔を赤くして立っていた。

 お、怒ってる……。


「……ちゃ、ちゃんと逃げずに来たのね。そこだけは褒めてあげます。だけど覚悟なさい。今日は少しだって手加減してあげ──」


「先日は大変ご迷惑をおかけしました」


 予想以上に声が通ってしまったからか、少し顔を赤くしながら言葉を続ける京垓さん。


 ──俺はほぼ反射的に謝罪の言葉を放っていた。


「……は?」


 俺のあまりの勢いからか、彼女はきょとんとした表情を浮かべている。

 しまった。勢い任せで何も考えていない。

 だがここで黙って変に思われるのもまずい……! 引くわけにはいかない。

 ならばここで決める。ここで彼女との因縁を終わらせる……!


「つきましては先日の件、どうかお考え直していただけないでしょうか」


 何より重要な事を彼女に打診する。

 しかし。


「……はぁー? 嫌です! すると言ったらします! 京垓の人間に二言はありません!」


「何か別の形で補填させていただくことは──」


「嫌です!」


 駄目だった。やっぱり京垓さん、凄く頑固な人だ。

 取り付く島もない。

 

「ふん! 既に放課後、野外実習場を取っています!」


 そして何より行動力が凄い。

 企画者の鑑だ。今はそんな彼女の優れた行動力が恨めしい。


「ともかく! 放課後、首を洗って待っていなさい!」


 彼女はそれだけ言うと、スタタっと俺から離れていった。

 恐ろしい程の勢いだった。

 俺が考えていた彼女への謝罪の言葉を言い切る事すらかなわなかった。


「……」


 どうしよう。マジで。

 本当に彼女と決闘しなくてはいけないのか? 魔法を召喚できない彼女と?


 やっぱりドタキャンするのが一番いい気が……。

 ……いや、駄目だ。わざわざこんな大変な時に野外演習場を既に確保しているような京垓さんが、ドタキャン程度で諦めるか?

 俺は彼女の決闘に対する並々ならぬ熱意というのを、今日の問答で確かに感じていた。

 この様子だと、例え逃げた所で追いかけまわされる事になりそうだ。 


 ……ならいっそ、決闘を受けるべきか……?


「……うっ……」


 俺は本当にもう、胃が痛くて仕方がなかった。


 ◇


「……ふむ」


 俺の目の前で、担任の先生である数多先生が難しい顔をしながら思案していた。


 俺は先生に全てを打ち明けた。

 夢界の事。ほてぷの事。そして八尺の事。今俺が陥っている状況を全て。

 

「……一。お前はそれを本気で言っているのか?」


「はい」


 だから、先生の疑惑混じりの質問にも迷う事無く頷く。

 先生は少し困ったような表情で……深くため息を吐いた。


「うん……まぁ、分かった。情報提供感謝する」


「……」


「一。私にとってお前の今の状況は……正直専門外の話だ。私は異界について研究している訳でもないからな。だが、それを専門的に研究している先生もこの学校には居る。その先生にお前の話を伝えておこう」


 先生は特別俺を変な目を向ける事はせずに、真摯に対応してくれた。

 しかし重要なのはそこではない。


「……先生、それもなんですけど……今出ているモンスター、というか八尺の事は……」


 言葉を重ねる、一番重要な事……八尺の事について聞き返してみる。


 ──しかし。


「すまんが、モンスターを討伐する事に関しては完全に管轄外の話だ。私にはどうにもできん」


「……そう、ですか……」


 にべもなく拒否されてしまった。


「安心しろ。シガ軍は優秀だ。この騒動もすぐに収まる。学生のお前がそんな事を気にしなくてもいい」


 先生はあくまでも淡々と、不愛想な感じでは有ったが、しかし俺を宥める様に話してくれた。まだ三日目だけど、この先生は良い先生だと思う。


 だけど、そんな先生の言葉を受けても、俺はどうにもままならぬ気持ちであった。

 確かにシガ軍は優秀だ。……だけど、それでも拭えぬ気味の悪い不安感が俺の心の底にこびりついている。

 

「一。もうそろそろ移動する。クラスの所まで戻れ」


「……はい」


 俺はどうにもままならぬ気持ちを抱えたまま、クラスの皆が集まっている所に向かった。


 ◇


「それで、結局京垓とは決闘する事になってしまったと」


 昨日の下校の時と同じように、登校は問題なく終わった。確かに居る筈だと言うのに、一切八尺の動きが見えないことに不気味さを覚える。


 しかしそんな事ばかり考えていてもしょうがない。なので、俺は数弥に京垓さんの事について相談していた。


「ああ。……どうしよう」


「……正直、京垓がそこまで決闘にこだわっているとは思わなかった」


 数弥はとても意外そうにそう呟いた。


「だろ? あの様子だと、無視しても付きまとわれそうでさ……」


「……確かに。だったら一度決闘を受けちゃうのもありかもしれないな」


 と。数弥はそう言ったが、しかしどうも浮かない顔をしていた。

 

「なぁ……亜門」


「ん?」


「京垓は……おそらく魔法を使えない」


「……まぁ、『魂起こし』出来なかったしな、京垓さん」


 思い起こされるのは昨日の出来事。

 手汗でぐちょぐちょだった京垓さんと一時間弱握手し続けたアレだ。

 彼女はその一時間の間ずっと魂起こしを行っていたが、それが実を結ぶことは無かった。つまり、彼女は魔法を使えない。


 だけど何故数弥は今更そんな事を?

 そんな事、京垓さんと一時間握手し続けて手がふやけた俺の方が知っている事だ。


「だけど……決闘では絶対に手を抜くな」


「……え?」


「魔法も躊躇なく使って行け。京垓に何もさせるな」


 一瞬、数弥が何を言っているのか分からなかった。

 それ程に数弥が言っている事は非常識だった。


「おまっ、何言ってるのか分かってるのか!?」


 思わず椅子から立ち上がり、声を荒げて数弥に詰め寄った。

 数弥は一切動じることなく、ただただ淡々と言葉を紡いでいく。


「勿論理由が有る。……いいか? 京垓家ってのは──」


 そうして数弥が語った内容は、俺の戦意を削ぐのには十分な内容だった。

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