第11話 京垓さん
「それで、遅刻したと」
「はい」
「分かった。遅刻してしまったものはしょうがない。次の授業はすぐに始まる。早く教室に行け」
「はい」
美人な担任の先生……数多先生に遅刻を伝えるのは一瞬だった。
なんか言われるものだと思ってたけどそうでも無かったな。
数多先生に一礼してから教室の方へと向かった。
◇
「なぁ聞いたか? モンスターが出たって噂」
「聞いた聞いた! でもどうせグンマから来たような奴だろ? 直ぐ駆除されるだろ」
「それがさぁ──」
にわかに騒がしい廊下を通りながら、教室へとたどり着く。
ガラリと扉を開ける。教室にはクラスの半分ほどのクラスメイトが居た。その内の何人かがこちらを見たかと思うと、俺に気付いて途端興味を無くしたように各々のやっている事に戻っていった。
「……」
こうまであからさまに興味を無くされるとは。
まぁ別に良いけど。
俺はそそくさと自身の机まで行くと、荷物を机に入れていく。
教科書類は全て昨日のうちに配布されている。時間割なんかも全て配られているのでソレの指示に従って持ってきた。
結構重かった。夢界でのダッシュよりは色々と余裕が有ったが重いものは重いのだ。
「重役出勤だな、一!」
と、後ろから声を掛けられた。
このクラスで俺に声を掛けてくるような奴は一人しかいない。
「数弥……」
阿僧祇数弥。あの『不可説天』の一つである阿僧祇家の人だ。
「……あれ? なんかテンション低くないか?」
そんな数弥が、俺の顔色を伺うような態度で近づいてくる。
「今日もまたコレと登校したのか? 良いご身分だな」
小指を立てながらそう言ってみる。すると数弥は面白いくらいの反応を見せた。
「いや! だから違うって! 第一俺とアイツはそこまで仲良くないって!」
「けっ! どうだかな……」
などとコントの様に続けながらも次の授業の準備を続ける。
「まぁ良いや。聞きたいんだけど、一時間目ってどんな感じの授業だった?」
「ああ、普通の数学だったぞ」
国公立魔法高校。
こんな名前をしているのだから魔法ばかりを教えると思われるだろうが、実のところそうではない。
一年生の頃は普通の高校のような授業が多いそうだ。パンフレットにもそう書いてあった。
「ああ、それとな。午後からは早速魔法召喚の実習授業らしいから、実習室集合だって」
「ふーん。そうなのか」
それはパンフレットに書いてなかった。
そうか、もう実習が始まるのか。
「サンキュー。やっぱ持つべきは勤勉な友だぜ」
「いや、流石に初日くらいは遅刻すんなよ……」
そうはいってもだ。俺だって変なのに巻き込まれて大変だったんだよ。
しかしそのような裏事情を語る訳にもいかず、俺は初日から重役出勤するような不良生徒です、としか言えないのだ。
「ま、本当にサンキューな。マジで。その情報知らなかったら午後の授業も遅れる事になってたよ」
「気にすんなよ」
数弥はそう言いながら、ほれっとノートを差し出してきた。
「一時間目のノート。あんまり汚すなよ」
か、数弥……。
「な、なんていいやつなんだ……」
「そんなに言われる事か……?」
俺の反応に若干引き気味の数弥。
いやそこまで言われる事だって。俺は人にここまで優しくされたのは初めてだ。
優しい上にイケメンとか嫉妬しそうだぜ。
「ありがたく使わせてもらいます……」
「おう」
そう言いながら俺は数弥のノートに手を伸ばそうとして……。
「阿僧祇くん!」
横合いからけっこうな大声が飛んできた。あまりの大声に俺と数弥は互いに度肝を抜かされた。
あまりの衝撃に思わず数弥のノートを取り損ねて落としてしまう程だ。
誰だよ……。
そう思いつつ振り返れば、茶色が混じった明るい髪をセミショートに切りそろえてる美少女が立っていた。
美少女……とは言っても那由多さんとほてぷ等には負けるぐらいの感じだ。
ちょっとやぼったい雰囲気の少女だ。
「……なにか?」
そんな彼女に、数弥はイラつきを若干漏らしつつ返事を返す。
「そんな不良生徒に阿僧祇くんが構う必要はありません! 阿僧祇くんの格が落ちてしまいます! 同じ『不可説天』の一人として見過ごせません!」
「……はぁ。京垓さん。何故貴女に僕の交友関係まで咎められなければならないんですか?」
「先に語った通り。『不可説天』として、関わる相手は選ぶべきと言っているのです」
「貴方には関係な──」
数弥は大声でまくしたてる京垓さんに何か言い返そうとする。
しかし、それを遮るように彼女は言葉を投げ続ける。
「関係有ります! 『不可説天』は尊き血筋! 私やそれに準ずるレベルの名家と交流を深めるのならまだしも……その様などこの馬とも知れぬ男となど、阿僧祇の名が穢れてしまいます!」
「……」
凄い……。何というか……凄い人だな。語彙力のない表現だが……俺にはこれ以上の表現をしようとすると彼女を嘲笑うような言葉しか出てこなくなってしまう。
情熱を感じる。不可説天への熱い情熱を。
「だから阿僧祇くん。彼ではなく私たちと──」
「なぁ」
あまりにも話が進まないので、ヒートアップしてしまった彼らの間に割って入る。
すると彼女は凄い冷たい目でこちらを睨んできた。
「なにか」
底冷えするほどに冷たい声色だった。俺との会話が本当に嫌だと言う感じがする。
これはガチな感じの嫌悪感だな……。
「お伺いしたいんだが……まず君は誰なんだ……?」
しかしそれに負けず、俺は一番気になっていた事を尋ねる。
そう。さっきからずっと気になってたんだ。
この人誰?
『不可説天』の人なの?
「はっ! なんで格下のアンタにわざわざ自己紹介しなきゃならないのかしら?」
「……」
「これは私と阿僧祇くんの話です! アナタは関わらないでくださる?」
などと、一連の流れをこちらに冷たい目線を投げつけながら淀みなく語ってきた。
ビックリするくらい取り付く島がない。ここまでの人と会うのは初めてだぜ。
取り敢えず軽く煽って釣ってみよう。
「君……友達いないだろ? 一人で完結してないでちゃんと会話をしてくれないか?」
「はぁッ!? 何アンタ! 馬鹿にしてるの!?」
「おっと……触れてはいけない禁忌に触れてしまったか? 真実を語るのが馬鹿にする事に繋がるのはそちらの怠慢だぜ」
「……」
ちょっと煽っただけで彼女は数弥の方ではなく俺の方を向いた。綺麗な顔に青筋を立てながら。
あまりにも簡単に釣れてしまった。
まぁ、取り敢えずこれで数弥は絡まれなくなった。どうも彼女の言い分を聞くと、俺のせいで絡まれているらしいからな。これ以上数弥が俺のせいで変なのに絡まれるのは申し訳ない。
「貴方……名前は?」
「クラスメイトだろ? それくらい覚えておこうぜ」
「っ! あ、あんたも覚えてなかったじゃない!」
「俺は覚えているぞ、京垓さん」
「!?」
本当は覚えてないけどな。数弥が『
などと思っていたら、彼女は心底気持ち悪そうな顔で俺から距離を取るた。
「な、何で私の名前知っているのよ!? まさか私に気が有るの……? き、気色悪い……!」
「……」
何でそこまで言われなあかんねん。ただ名前言っただけだぞ。
名前知っているだけで気が有るという判断はちょっと速すぎやしないか。
「クラスメイトの名前くらい普通に覚えるだろ……。そんなんだから友達出来ないんだぜ?」
「っ、う、うるさい!」
しかし友達という単語への反応が凄いな。本当に友達いないのだろうか。可哀想に。
まぁ俺は彼女の事など全く知らなかったのだが……そんな素振は一切見せることなく煽り続ける。特に反応の良かった友達を強調しつつ。
「
「っ……」
格下の俺の事気にしないー的な事言っていた割に滅茶苦茶効いてそうなのだが……。
彼女の綺麗な顔が真っ赤になっている。ガチギレだよ。なんなら目に涙まで浮かべている。
マジかよ。泣かしちゃったよ。ええっ?
「あ、アンタ……っ」
まさかこんなに効くとは思ってもみなかった。ちょっと煽り過ぎたか?
いや……まだ人格否定もしてないしジャブレベルだろ。
でも罪悪感が湧いてくる。ちょっと気を引くだけのつもりが……流石に言い過ぎた。
「……ゆるさない」
「……あの」
「決闘よ」
早い。手が出るまでが速い。
謝ろうとしたらそれにかぶせるように決闘を申し込まれた。
決闘って。そんな野蛮な事しちゃだめだぞ。
「まて。話し合おう。話せばわかる。決闘がどれだけ愚かな行為か──」
「下賤の者と『不可説天』とでは会話が成立しないという事が今分かったわ」
「俺と京垓さんの間に会話が成立しないのは君個人の問題だぜ? 『不可説天』とか関係ないぞ?」
ちょっと主語が大きかったのでツッコミを入れてしまった。いや、しょうがないじゃん。俺と数弥の関係馬鹿にされているみたいで嫌だったんだよ
だが案の定というべきか、京垓さんの表情は更に怒りに染まった。
「……明日の放課後。場所は後でこちらから指定するわ」
「……」
「首を洗って待ってなさい」
それだけ言うと、ずんずんと彼女はクラスから去っていった。
「亜門……大丈夫か?」
「……分からん」
決闘とか人生で初だから勝手がわからないし……。などと思いつつ、俺は落ちたままになっていたノートを拾う。
しかし京垓さん、もうすぐ授業なのに……トイレか? それとも単に気まずくなって逃げたのか。
友達いないって煽りには反応してたけど、そういうの気にするような人には見えなかったが。
「ともかくこいつは使わせてもらうわ」
「おう」
ひそひそと、俺と数弥の周りで何かをしゃべる声が聞こえる。
まぁそりゃあんなに派手に立ち回っちゃそうなるよな。
そうして授業開始のチャイムが鳴った。
次は現代国語だ。
「……」
と、そこで気付いた。京垓さん、チャイムが鳴ったというのに帰ってきてない。
早く帰ってこないかな。流石にほぼ初対面の相手に失礼を働いてしまったのできちんと謝罪したいのだけど。
「……」
そして普通に授業が始まり……授業が終わるまで京垓さんは帰ってこなかった。
そこで俺は一つの可能性に思い至った。
「……」
京垓さんってもしかして……別のクラスの人?
◇
この学校には、A~Eまでのクラスが存在する。
そしてこのクラスを決める時、成績や魔力量、『魔法召喚師』に対する心意気等を基準として選ばれる……というのがもっぱらの噂だ。
成績優秀者はA組へ。平均的か、それ以上の奴はB~D組へ。平均にも満たない奴はE組へ。
そういう風にクラス分けされる。
つまり、京垓さんが俺達C組に居ないという事は……。
「……京垓さんって何組なんだ?」
移動教室の合間。俺は数弥に京垓さんの事について聞いてみることにした。
「A……だな」
おう……マジか……。
E組は無いにしてもB組くらいだと思ってた。
「知らなかったんだな……」
「いや、むしろ何で数弥は知って……あ、そうかお前許嫁が」
「違うぞ? あの人、何故か入学式が終わってそうそうC組まで来て俺と友達になろうって誘って来たんだよ」
「え、知らない」
そんな事有ったの……? と首を傾げてみるが、入学式直後の記憶何てケツが痛いくらいしかない。
「寝てたからだろ……」
何て考えていたら数弥がすぐに答えを出してきた。
そうか、俺が寝た後か。恐らく俺が夢界で死にかけてた頃だな。
しかし俺の意識がない間にとんだイベントが起こっていやがった。
「あー……じゃあ悪い事しちゃったな」
そう言って思い浮かべるのは数々の暴言。
やれクラスメイトの名前を覚えてないから友達が出来ないだよとか友達いねぇだろとか。
「というか数弥も、あんな塩対応じゃなくて友達位なってあげればよかったじゃないか」
「俺あの人苦手なんだよ。ただでさえ『不可説天』を強調されるの嫌だってのに……あの人、普通の人より色々推してくるしさ」
数弥の言で思い出されるのは、入学式の日の数弥の言葉だ。
まぁ確かに、あの人数弥の事を『阿僧祇』としか見て無さそうでは有る。
「というか気になったんだが……京垓さんも『不可説天』なのか……?」
「そうだぞ。とは言っても、『不可説天』の中でも神の血が薄い家とは言われてる。その分『京垓』の家の人間は滅茶苦茶多いらしいけど」
「……そうか」
京垓さんはやはり『不可説天』か。
「でもあんまり聞かないよな、『京垓』って」
「……まぁ……露出の多い家ではないからな……」
露出が少ない……ね。数弥の言葉では人数的な意味では『不可説天』の中でも随一らしいけど、数が多いのに知られてないってのもおかしな話だな。
とはいえ『不可説天』なんて元々、それほど世間に出てくることなんて無いから何とも言えないが。
「ま、取り敢えず何とかなるだろ」
取り敢えず京垓さんには謝る。
しかしそれで怒りが収まらず、尚決闘を挑んでくるようであれば……。
「決闘なんてブッチすりゃ良いしな! 逃げたって傷つく名誉なんてものがねぇから気楽でいいや! がはは!」
「ま、それが一番いいな。ああいうのは無理に関わんない方が得ってもんだ」
そうだな!
なんて笑いながら、俺達は実習室に足を踏み入れた。
「あら……さっきぶりね? それで? 何をブッチするのかしら??」
すると何故か実習室の入り口すぐ横に
「え?」
「え?」
え?
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