第19話 転ずる(4)

ものすごい音がして南が事業部を飛び出した。


すると夏希が廊下に倒れていて、落としたグラスが粉々に割れている。


「加瀬!」



慌てて駆け寄った。


「ど、どーしたんですか?」


八神も飛んできた。


「あ、ガラスがあるから気をつけて! 加瀬が・・。」


と彼女を抱き起こそうとした時、先にグラスを落としたようで夏希の手のひらから血がでているのに気づいた。


南はそこをハンカチで押さえた。


「八神! カンペキ気い失ってるから、おんぶして医務室に!」


「え? あ・・は、はい・・」


大騒ぎになってしまった。



「た、高宮!」


南は社長室であることを忘れて大声で入って行ってしまった。


「な、なんですか、」


仕事をしていた高宮は驚いた。



「加瀬が・・」


「え?」


「倒れた!」


「は・・」



持っていたファイルを思わず落としてしまった。





「夏希!」


高宮は慌てて医務室に飛んで行った。


「は・・?」


その声で夏希はハッと目が覚めた。


「ど・・どうしたの!いったい!」


「・・あたし。」


夏希は起き上がろうとして、また眩暈がして額を押さえた。


「ああ、無理しないで。 たいしたことないと思うけど、貧血か過労かも。 落ち着いたら病院に行ったほうがいい、」


医務室の医師から言われた。


彼女の手の包帯にも気づき、


「・・怪我も?」


高宮は驚いた。


「グラスを落としたみたいで、そのカケラで切ったらしい。 縫うほどのものじゃなかったから、」


「・・あたし、何やってんだろ、」


夏希は状況が把握できなかった。




「ごめんね・・忙しいのに。」


その後、タクシーで病院に行くのに高宮はついてきてくれた。


「・・そんなの。」


「どーしちゃったんだろ。 貧血なんて。 あんなに食べてるくせに、」


「・・夏希、」


高宮はタクシーの窓から流れる景色を見て言った。


「え・・?」


「やっぱ・・無理しちゃダメだよ、」


彼女を見た。


「無理?」



「仕事で疲れて帰ってきてるのに。 夜中まで掃除をしたり、朝は5時前に起きたり。 ほんと・・身体を大事にしないと、」


「あ、あたし・・ほんっと体力には自信ありますから・・」


「そういうんじゃなくて。 頑張りすぎると。 つらくなるから・・」


「頑張りすぎ・・?」


「おれのために、一生懸命にやってくれるのは嬉しいけど。 夏希は器用な方じゃないし。 今はまだ自分の生活とか仕事するだけで精一杯だと思う。 夏希がいてくれるのは嬉しいけど。 自分のやれる以上のことやってしまうと、ほんっと続かないし、」


「隆ちゃん・・」




高宮は夏希の手をそっと握った。


「おれが軽々しい気持ちで一緒に棲もうだなんて言ってしまったから・・。 ほんっと、ゴメン、」



「あたしは! ・・あたしだって・・一緒にいたかったのに、」



「いや。 まだまだそういう段階じゃない。 今までどおり、お互いの家に好きなときに行ったり来たりして・・そうやって過ごすのが合ってるよ、」



なんだか


失格の烙印が押されてしまったようで


夏希は一気に脱力した。



「・・ほんっと・・ダメだね、あたしって・・」


夏希は涙ぐんだ。


「ダメなんかじゃないよ。 ほんっと嬉しかったよ。 ありがとう。」


高宮は彼女の頭を撫でた。



「今日は。 夏希の家に戻って。 おれが看病すっから、」



笑顔で言う彼に


「・・隆ちゃん・・」


彼にもたれて泣いてしまった。


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