第11話 棲む(1)

「どういう、こと?」


萌香は不思議そうに高宮に言った。


「夏希は。 斯波さんと栗栖さんのこと。 心から信頼してて。 あそこがすっごく居心地がよくて。 おれと一緒に暮らすのがいやだとか、それ以前に・・あそこを離れるのがいやなんじゃないかって。」


高宮は少し笑みを浮かべて萌香に言った。


「おれは。 こんなにも夏希のことを思ってるのに。 やっぱり彼女にとってはおれよりも斯波さんや栗栖さんの側にいるほうがいいのかな・・とか。 もう、嫉妬丸出しで考えてしまって。」


彼の本音を聞いて、萌香は意外に思った。


「高宮さんのことは・・また別よ。 きっといつかは何もかも投げ捨ててでもあなたを選ぶときが来るわ。」


「来るのかなあ・・そんな時が。」


高宮は思わず宙を仰いだ。


「あなたを好きになってからのあの子は・・本当に大人になったなあって思うもの。」


「あれでも?」


彼の問いかけに思わず吹き出しながらも、


「あれでも、よ。 まあ・・うるさい『おじさん』がいるけど。 彼だって加瀬さんの幸せを誰よりも願ってるのは間違いないし。 加瀬さんにはあなたしかいないってことも・・わかってる。」



美しい瞳で


まっすぐに彼を見た。





そのころ


斯波と外出だった夏希は


やっぱり元気がなかった。


時計を見て、


「・・メシ、行くか?」


斯波は彼女に声をかけた。


「あ・・?」


もう、完全に魂が抜かれた顔だった。


「・・たまにはさ・・」


斯波は何だか気恥ずかしくて、プイっと横を向いてしまった。





焼肉かあ・・


夏希は大好物の焼肉なのに


この前のことを思い出してしまい


心はブルーだった。


「焼肉、好きだろ? 食えよ。」


斯波は言ったが、


「はあ・・」


夏希はビールばかり飲んで、あまり肉には手をつけなかった。


「まったく。 うじうじ悩んでねえで。 高宮に言ってやれ。 無理ばっか言うなって、」


斯波はイラついてそう言ってしまった。



「・・あ、あたし・・いったいどーしたいんですかね??」


夏希はビールを何杯も飲んで、少し酔っぱらっていた。


「そんなのおれに訊いてわかるかよ!」


「まだまだ・・いまのまんまでいたいってゆーのは・・わがままですか?」


夏希は泣きそうな顔でそう言った。


「え・・」


「隆ちゃんのこと大好きだけど。 ずうっと一緒にいたいけど。 あたしは斯波さんや栗栖さんたちみたく・・ぜんっぜん大人じゃないし。 今のまんまのあたしと一緒に暮らしても・・きっと隆ちゃんがイヤになっちゃうんじゃないかって。 あたし、なんもできないし。 ズボラで・・掃除だって洗濯だってテキトーだし。 ゴハンだって、ロクなもんできないし・・。 バカなこと言って笑わせるくらいしか。」


涙が出てくる。



斯波は腕組みをしながら思い出していた。




萌香と初めて会った時は


今のコイツと同じ年だった。


信じられないけど。


その頃の彼女に比べたら


コイツなんか


小学生くらいだ。


まあ、


彼女は色んなことがあって


同じ年頃の女の子よりも


すっごく大人だったけど。


それにしても


それが


信じられない。




「・・高宮は・・」


斯波は重い口を開いた。


「え・・」



「おまえにさ・・奥さん的なことやってもらいたいからって、そんな風に言ったんじゃないんじゃないの?」



なんでだか


彼のことを庇うようなことを言ってしまった。



「単に。 一緒にいたかっただけなんじゃないの?」



「斯波さん・・」



ハナをすすりながら夏希は言った。


「おまえには何も期待してねえと思うけど。 おまえがなんもできないってことはアイツが誰よりもわかってるし。 おれが・・萌に一緒に暮らそうって言ったのも。 初めはそれだけだったし、」


「え・・・」


「・・ずっと一緒にいたかったから。 彼女のことを・・もう、離したくなかったから・・」


普段は


ものすごく恥ずかしがりやで


萌香のことを話したりもしない斯波が


こんなことを言うことが


夏希には驚きだった。



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