第44話

結婚式場前のタバコ屋の軒先に引き出物を持ったまま固まった。


「なんだよ、無視するなよ。せっかく来てやったのに」


振り返れば、和哉がいた。


「どうしてここに」


結婚式場前の小さなタバコ屋の軒先という未成年が待つには少々誤解を招きそうな場所にいた和哉は古めかしいベンチから立ち上がった。


「この前兄貴に話してただろ。新しくできたとこでやるって」

「そうじゃなくて、今日模試じゃなかったの」

「なんだ、知ってたのか」


和哉はふっと笑った。


「わざわざ私服で来る必要なかったか」


そう呟く和也は妙に老成して見えて、一瞬返事をためらった。


「知ってたのじゃないでしょう。そのために夏期講習受けていたんじゃないの?」

「別に、一回くらい模試受けなくたって変わらないよ」


和哉はつまらなそうにいうとチャペルを見上げた。


「どうして来たの?章に何か言われた?」

「兄貴は関係ない」


次のカップルを祝福する鐘がなった。


「それじゃどうして」

「別に」

「別にって」


入口から由美子の家族を見送る兄と由美子の姿が見えた。視線をやれば、和哉も兄たちの方を見た。


「あんたがなんで兄貴と付き合っているのか分からない。それが知りたかった」

どくりと心臓が脈を打った。今は何も言ってほしくなかった。どんな言葉もこの、まっすぐな少年のものはすれた人間には眩しくて鋭すぎるから。それでも、平気な顔で小首をかしげて見せるしかない。

「それで、分かったの?」


和哉はまじまじと私の顔を覗き込む。章はどちらかというと人の視線を正面から受け止めるのが苦手だが、彼はそうではないらしい。何を探しているのか私の顔をじっと見つめた挙句言った。


「泣かなかったの」

「は?」


一瞬、何のことか分からなかった。眉間にしわを寄せると和哉は引き出物をあごで指した。


「結婚式」


ああそうだ。それ以外に今話題にすべきことなどないのに。


「おめでたい席でしょ?」


和哉は続ける。向こうの家族が乗ったタクシーが横を通り過ぎていく。車中から会釈されこちらも返す。車を見送る。


「嬉しくて泣いたりするものかと思った」


それが何を指しているのか夜明けのことを気にしているのだと分からないほど鈍くはない。


「やっぱ、辛いもの?」


それが聞きたかったのか。ベンチの足元に置かれた二本の空のペットボトル。待っていてくれたのだろう。背中にかけられた問いに納得すると同時に、その言葉だけを慎重にひねり出した和也に苦笑した。


「さあね」


あの声に弾劾されたくて振り返る。どうせなら、もうぼろぼろになってしまいたかった。

後悔した。見なければよかった。青い空と太陽の光で目を焼かれ、すぐに目を閉じた。だがその一瞬でしっかりと和也の顔が焼きついてしまっていた。いつもとは違う、痛そうな、苦しそうな顔。章に似ていた。優しくて、まっすぐで、温かい。こんなところで兄弟だと気づく。


「あんた、馬鹿」


語尾の上げ方がそっくりだ。思わず後ろを向いた。


「知ってるわ」


泣いているなんて知られたくなかった。


「それから俺、今日で家戻るから」


兄貴によろしく。唐突にそれだけ言うと、走り去る足音がした。

試すような別れの言葉に気づかされる。このままでいるわけにはいかない。

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