第31話

「よう、お疲れ」

「お疲れ様」


最近、章は桑とりに一緒に行くようになっていた。


「そんなに毎日迎えに来なくても大丈夫だよ」


学校近くのコンビニで待ち合わせる。ずっと駐車し続けているのも後ろめたいのか、彼はいつも何かしらコンビニスイーツを買っていた。二人でそれを分け合いながら、鞠子の山の桑の木までのドライブ。そのまま彼の家で予備校に通うために泊りこんでいる和哉と三人食事をし、その後彼は私の家で一緒に蚕の観察をする。それが最近の日課だった。


「毎日って一日おきだろ? 俺も蚕の成長興味あるんだ。写真撮るなら毎日撮っておきたいだろう?タイムラプスみたいにするのも面白いし。それとも迷惑だったか?」

「そうじゃないけど、仕事とかいろいろあるでしょう?」


民間の会社で定時に上がる彼は職場で煙たがられないのかと聞いたら、仕事は時間内に終わらせて有意義に時間を使えというのが、社訓だから大丈夫だと笑った。


「そう」


食事会の後から彼は私との距離を密接にしようとしているようだった。両親にあったせいか、それとも兄と由美子の姿を見たからなのかは分からない。それでも週に一、二回だった会う回数が、格段に増えていた。

つるっとしたものにしよう。そんな章の一言で、冷やし中華になった。

トマトにきゅうり、卵。ハムを買うか焼き豚を買うかで小さな論争を巻き起こしたが、両方かうことでよしとした。章の家は、ゴマダレ派らしい。


「こういうちいさなことでも違うんだな」

章は感慨深そうに、焼き豚を切っている。

「あっ、ハムもっと細く切って」

「大きいほうが食べ応えあるだろう?」


すでに切られた焼き豚もかなりの厚みだ。どうやら章の家は大きいことと食べ応えを重視するらしい。


「食べやすい大きさにしたいの」

「そっか、口の大きさ違うからな」


章はハムを器用にさらに半分に切っていった。


「何、今日は二種類あんの?」


スウェットにTシャツ姿の和哉は、そそくさと席についた。二人はしょうゆダレを選び、私はごまダレを選んだ。

「おまえ、きゅうりも食べろよ」

「だって水っぽいんだよ」


和哉は私の視線に気づくと気まずそうに、端によけていたキュウリを一息で飲み込んだ。章がくすりと笑った。

最初こそ和哉に面倒くささと違和感を覚えていたが、通ううちに、一歩引いたところがある和哉の直情的な兄への信頼をほほえましいものに感じるようになっていた。


「あんたさ、結婚するの?まじで」

「なに、何度も。いいかげん失礼だからね」


こんな会話も慣れたものだ。和哉は毎度、あいさつのように、章が食器を片付けるタイミングを狙ってこの話をぶっこんできた。最初こそ心臓がばくばくしたが、人間なんでも慣れるものだ。


「あ、そう。あんた兄貴好きなんだ」

「なに、だから結婚するのだけど」

「違う、自分の兄貴」


何が慣れた、だ。ほほえましい、だ。こんなに私にとって鋭い言葉はなかった。


「なに、言っているの?」


世界から音が消えた。まっすぐにこちらを見る、黒い瞳。それは探っている目ではない。確信している目だった。

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