第11話

「なんか強烈な人だな」


ひとしきり写真をとって満足した章は笑った。


「でしょ。でも姉御肌だからね。頼りにはなるの」

「そんな感じがした。曲がったこととか許せないタイプみたいだ」


そう。だから彼女には言えない。本当に好きな人がいるのに、別の人と付き合っている。そのことは友達として目をつむれても、その相手が兄だなんて彼女は絶対に許せないとわかるから。


「それでいいのか」


手の中の桑の枝を見ると、章は少し下がった。

カメラを構える。ファインダー越し、彼の目は見えない。だけど、カメラの下からのぞく少しぽてっとした唇が笑う。

風景しか撮らない章だが、時々こうやって私を被写体にする。最初はびっくりして固まったものだが、今は慣れた。


「うん、少しね。いつ孵るかわからないし。すぐに食べ始めるらしいから」


身構える必要なんてない。子供みたいに、桑の葉を大きくそらにかかげ、くるりと回る。彼に背を向け歩き出す。

カメラを構えたまま後ろからついてくる。


「手伝おうか」

「ううん、最初はそんなに食べないから」


シャッターを切る音が止まった。


「あの、さ」

「なに?」


振り返れば、いや、と口ごもる。いつのまにかカメラを肩から下げ、所在なさげにこっちを見ていた。言いたいことをためらう時の彼の癖だ。


「どっか、行きたいとこあるか?」


「なに、用事でもある?」

「そうじゃなくて、あのさ」


少し気まずくて空を見上げた。

白い筋が通った。両脇から生い茂る木々の緑と青い空。まるで、青い滑走路を飛行機が駆けていくような。


「うわ、飛行機雲!」


音が聞こえそうなほどの一本の筋に指をさせば、章も心得たようにシャッターを押した。撮れた写真は、空に霧散していく名残のしっぽの部分が桑の葉にかかり、緑の綿あめみたいだった。二人、笑った。


少し前までのじめっとした空気がどこかへ行っていた。


    ※※※


「それで、何か言いかけたでしょ」


林道わきに止めた車に乗り込めば、夏のにおいは消えた。章は視線をためらった後口を開いた。


「あの、さあ。俺んち来ないか?あ、それはそのもし都合よかったらってことで。無理にってわけじゃないんだけど」


「は?」


彼の言わんとすることが分からず間の抜けた音を出した。付き合って一年弱。すでにお互いの家を何度も行き来している。いまさら「お誘い」で照れるような仲でも年でもない。ましてこんなにしどろもどろになることでもない。いつもの彼ならもっとさりげない。

よほど間抜けな顔をしていたのか、章は天然だという癖毛に手をやるとかき回す。もどかしいときの彼の癖だ。


「だから実家だよ。俺んち親まだ現役で休みも決まってないから、本当そっちにあわせてもらうことになるんだけど」


思考が停止した。

じんわりと汗が伝った。

夏、だからだ。

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