第7話

夏は暑い。当たり前すぎて確認するのもめんどくさい。

土曜日、本屋につくと章が好きだといっていたカメラ雑誌の前で立ち止まる。まだ猛暑にもならないというのに、肌寒いほどの店内に一気に鳥肌が立った。ぱらぱらとめくって閉じてを繰り返す。田舎の本屋にカメラ雑誌なんて一冊しか置いてない。その隣の釣り雑誌に手をやるも、やはり興味はニュートンにいって結局それをじっくりと立ち読みした。


「よう」


デニムのジーパンに麻のシャツ。振り向けば、少し深めにかぶった帽子の奥で章は呆れたように笑っていた。夏の定番、爽やかになるだろうとコーディネートしたアイテムをこんなにも胡散臭く着られるのは彼以外いない。とはいっても、商品管理の仕事をするれっきとした会社員だ。大柄な体に無精ひげなんか生やすから、やっぱり熊だけど。流行遅れの黒ぶちめがねの奥のたれ目が、肉食じゃなくて草食だと教えてくれるから私は安心して彼の側にいられる。


「今日は早かったね」


隣で露出の激しいお姉ちゃんの雑誌を立ち読みしていた男性が私の声にぎょっとしたように振り向いた。そそくさと文庫コーナーへと移動していく。帽子をかぶっていたから女だと思わなかったのだろう。


「相変わらずだなあ」


男性の後ろ姿を見送ると、章は読みかけのニュートンに目をやった。

問題なのは女性誌、男性誌、と性別で雑誌を分ける本屋であって、私の趣味ではない。本屋の売り上げは絶対にいくらか落ちている。関係ないことだが。

ニュートン片手にレジに向かう私の後ろを章はついてくる。

清算を済ませ、外にでた。暑すぎてまぶしすぎて、世界が白い。一気に体が解凍されていく。外側から皮膚をじわじわと侵食する熱に体が感覚を取り戻す。


「どうした?何かあったのか?」

「べつに」

「別にってことはないだろう。ここ、痙攣してるぞ」


振り返る。思ったより近くに章の手があった。私に触れた大きな手が、そっと左頬にふれた。振動が伝わった。何か気になることがあると左頬がぴくぴくと動く。人から時折不気味がられる癖だった。


「さすが、章だね」


息を吐いた。普通の人だったら気づかないだろうに彼は気づく。身内も、自分自身でさえ気づかないわずかな動揺。それに気づいてくれるから、彼を離すことができない。離れられない。

車へ戻るわずかの距離。アスファルトに反射した紫外線と熱が顔全体に集中している。


だから、手を繋いだ。大きく骨ばった肉厚の手。形のいい親指がいたわるように手の甲をなでた。汗がにじんだ。物問いた気な雰囲気に、蝉の声がやたらうるさい。反対の手で、耳にかかっていた髪を下ろした。そうすれば頬は見えなくなる。


だから、大丈夫だ。


「何かあったのか?」


車の前に来てようやく彼のどんぐり眼を見て、笑えた。


「たいしたことじゃないよ。兄が結婚するってだけ」

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