第6話

声を上げたのはクラスで一番大人しい深雪だった。日本人形みたいな髪を震わせている。


「私、毛虫とか嫌です。触れません」


職員室を思い出す。毎年数人、虫嫌いの子がいるらしい。それをなだめすかすのも技術のうちだと言われた。個人的には生理的嫌悪をおしてまで無理強いなどしたくない。


「別に、深雪ちゃん絶対触らんといかんてわけじゃないよな。当番は他にも人おるし。な、先生」


隣の席のカケルが言った。そうだそうだ、と加勢する。一人だけ何かをしないということに不公平感を感じはしないらしい。虫の嫌いなかよわい少女、そんな役割が既に出来上がっている。


「絶対触らないといけないわけではないですよ」


観察するために見ないでいることはできないが、世話は別のものがするのなら、と答える。


「先生も育てるんですか?」


涙を拭いた深雪が顔を上げた。


「え?」

「先生も育てるんならがんばります。」

「え」


教室中の眼が自分を見ている。


「そうだ、先生見てるだけってずるいもんな」


誰かが言った。

なんだろう、この小さな少女に負けた気がした。女として。


それからの説明はひじょうにすんなりといった。好奇心旺盛な彼らは用意した飼育方法の冊子をすぐに読み始めた。私のしたことは彼らの要求に応じ、菓子箱と段ボールと新聞紙を職員室から調達し、温度計を理科室から持ってきて、タオルを宿直室から拝借してくることだけだった。

菓子箱の中に新聞紙と蚕種のついたシャーレを置く。それをタオルで包み段ボールの中にいれた。一緒に入れた温度計は二十五度。


「先生、だめや、温かくならん」


孵化するまでは二十七度から二十八度くらいの温度を保つこと、とある。段ボールとタオルで保温をしようとしたことはなかなかだ。だが温め続けるというのは朝夕の冷え込むこの地域ではほったらかしではできない。カイロだ、湯たんぽだ、毛布だと口々にいうが、

考え込めば、教室中の眼が集中していた。全く都合のいいことだ。


「蛍光灯であたためますか」


一日中、こどもたちはそわそわしていた。教室の隅に置かれた段ボール。その中を電気スタンドが照らしている。授業中も、何人もが振り返る。前の席の子が振り返るとその後ろも振り返る。一番席が近い子は温度の見張り番を任命されていた。何度も温度計を見ていた。


 昼休み、段ボールの周りに子供たちが集まっていた。鶏を育ててはいるが、形ある卵と、砂粒ほどのこの種が同じ生物で、蚕が出てくるということが信じられないのだろう。

帰りのHR、二日間休みに入るので種をどうするのかという話になった。何かあっても大変だろうからと世話を申し出たが、子供たちは自分たちで当番を決め、三人に分けて持って帰った。


「そっと持って帰れよ、途中で死んだら大変だからな」


悪気ない子供の声援に、責任重大な種を任された者たちは、揺らさないようにそっと持ち帰った。

変に責任の重いものを持ち帰らせてしまい、その夜三人の家に電話すれば、どの家もおおむね好意的だった。蚕は懐かしいと団らんの乏しい家庭がにぎやかだったと感謝までされた。

ゴマみたいなその種を子供たちは必死で育てようとしている。


心の中が少しあったかくなった気がした。

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