第3話

学期末が近づけば教師の忙しさは加速度を増す。市立山尾小学校。山間の小さな町にゆかりが赴任したのは二年前だ。全校生徒百三十八人。そのうちの二十三人が受け持ちの四年生だ。


「おはようございます」

廊下に近い自分の席に荷物をのせた。朝礼の四十分前だというのに、ほとんどの先生は出勤している。それもこれも、勤務時間前の朝の見守りや、職員間のコミュニケーションを補うため、と朝活に力を入れている教頭のせいだ。


「あ、おはよう」


白髪のちらほらと見える長い髪を後ろで一つにまとめた女性が、三年生の担任の田丸先生が顔を上げた。すぐにまた日記に目を落とす。学年主任でこの学校でもベテランの域にある彼女は忙しいらしく、子供の日記を見るのにまでなかなか手が回らない。大したコメントを書くわけでもないのに、一言書くのが教師になってからの習慣だとかで朝はいつも日記に向かっている。幾分ワーカーホリック気味のそれをちらと見た。


「高井先生、どこまでやりました?」


向かいの席の垣内は相変わらず声が大きい。体育の先生らしく、大柄でいつもジャージの彼の最近の口癖が、どこまでやりました、だ。


「あとは所見と通信です」

「あ、そっか。四年生は二十三人でしたもんね」


僕のとこは三十人超えてるから、垣内はぼやく。新任で入ってきた垣内先生は、忙しいといいながらも嬉しそうだ。まだ挫折をしらない、仕事が楽しい時期なのだろう。初めてのことだらけ、保護者からも可愛がられているし。

新任で、モンスターペアレントの洗礼を受けた自分には遠い世界の話だ。


「うーん。まあ完璧にやろうなんて無理なんだから、そう気負わずに」


窓の外を眺めた。


「でもそれって失礼でしょ、子供たちに」


さすがに、何か言おう。脳みそを回転させる。言葉を吐き出そうと息を吸ったが、それはぽやぽやとした声に霧散した。


「適当、適当。何事も適度が一番」


もうすぐ定年の倉本先生はこの学校での調整役だ。愛用の黒い鞄を机に置くと、垣内先生の肩をたたいた。男性ではあるが、男女ともに頼りにされ、のんびりした校長と、いけいけの教頭と現場の教師の間に立ってくれる人だ。倉本先生が仕事の大変さを訴える垣内をなだめる。いつものことだ。


そんな「いつも」が今日は、薄皮二枚向こうの世界にあった。

度の合わないめがねを無理にかけさせられて思考が麻痺していく。

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