一齢

第2話

 煩いほどの雀の鳴き声で目を覚ました。章はすでにいなかった。

ぬくもりの消えたベッドから抜け出し、カーテンを開けた。


棚には趣味のカメラの本が並び、その横には黒いライカが鎮座している。

部屋の壁には先週彼が撮った写真が一枚。

無機質な私の部屋と違い、彼の部屋には三脚やら望遠レンズだけでなく、何に使うのかよくわからない撮影用小物なるものが置かれている。

これで本職ではないということに、最初は驚いたものだ。


一人暮らしの部屋にしては大きなテーブルに


【おはよう、先に行く。フライパンに玉子焼きあるよ  章】


いつものように置手紙があった。


「まめ、だな」


きれいな文字のそれをくしゃりと丸め、洗面所へ向かった。

シャワーを浴び、すべてを洗い流す。

顔を上げれば、鏡の中には、目が二つ鼻が一つ口が一つ。人間の顔をした私がいた。


日常から乖離していく心と繋ぎとめておいてくれる誰かを求めている情けないほどの未練が映っていた。


「まだ、大丈夫」


笑顔をつくりそう呟く。ボーダーラインも知らず、鏡の前で言い聞かせるのが、いつのころからか日課になっていた。


ブーンと買ったころよりもやけに大きなモーター音が耳にうるさかった。ファンの部分に少したまった埃を小指ですくうと、電源を切った。エアコンの効かない部屋ですでにジワリと頭皮に汗がにじんだ。


古いドライヤーを止め、化粧をする。

この瞬間が嫌いだ。鏡に映る自分が無防備な自分から余所行きの自分に変わる瞬間。

それを人は「きれいになる」というが、正直な自分に嘘を塗り重ねる時間でしかなかった。


今日もまた馬鹿なうそつきになる。

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