第3話

 するとやはり俺の思った通り、白いテーブルに埃が降ってきて、黒い粒がひとつ増えた。それは天井からではなく、空中に突然出現したように見えた。


「しかし、もし俺が何か考えるごとに小さな黒いものが落ちてくるとして、それが一体、何だというのだろう? 後で掃除をすればいいだけのことじゃないか。いや、別に掃除なんてするまでもなく、気にしなければいいじゃないか」


 ぱらぱらと肯(うべな)うように粒が降り続けた。俺は何の気なしにそのひとつを人差し指の先に軽く押し付けてみた。

 指先が微かにくすぐったくなった気がした。不思議に思って目を凝らしてみると、その小さな黒い点から、細いものが幾本か伸びているのが目に入った。…動いているようでもある。

 俺が慌てて虫眼鏡を持ってきて覗き込むと、そこには一匹の虫がいた。

 見たことのない虫だった。黒い体から細い線のような足が不格好に突き出している。何という虫だろう?


 その虫が、俺の視線を感じ取ったのか、ふと頭を上げた。黒い頭には足よりさらに細い触角と小さい目がついている。口が動いている。それらの下にある何かを見ようてして、俺は指を反らせ、虫眼鏡を下に這わせた。

 と、俺はぎょっとして虫眼鏡を取り落としそうになった。

 虫の顔はちょうど、二本の触角と二つの目と、それから口が付いた帽子のようになっていた。いや、それは本当に、頭に見せかけた帽子なのかもしれなかった。なぜならその下にはもうひとつ顔があったからだ。顔。それも、人間の顔が。

 俺は恐る恐る視線を下ろしていった。見てはならぬものを見ようとしている気がした。

 濃くて毛むくじゃらの眉。度の強いレンズのせいでますます大きく見えるぎょろりとした目は、その存在を強調するように黒々としたまつ毛にぐるりと取り囲まれている。

 俺はその先を見るのをためらった。

 が、止めることができなかった。

 視線は俺の意思に反して、勝手に先へ進んでゆく。

 

 鉤のように鋭く曲がった鼻。

 戦慄が俺の背を走った。

 固く結ばれて両端が下がっている口。

 薄い唇。

 …それは俺自身の顔だった。

 そこにあったのは、俺とそっくり同じ顔だったのだ!


 鏡を見ているようだった。

 同じ型の眼鏡までかけていた。


 ……何ということだ……。

 これは一体、どうしたことだ……。

 

 俺は茫然としかけたが、ふと我に返って、机の上にこんもりと積もった埃の山に虫眼鏡を向けた。虫眼鏡は震えていた。


 積もっていたのは、ひとつひとつに細い線のような手足の生えた、虫ではなく俺だった。

 その顔が一斉にこちらを見た。

 たくさんの俺の視線に一方的に射抜かれて、俺は気が遠くなった。

 日の光を集めたレンズになった気がした。

 思考が次第に遠ざかり、おぼろに幽んでいった。

 何かを考えようとしても、何を考えていたのか思い出そうとしても、焦点は一向に結ばれず、まとまらず、ぼんやりと溶けていくだけだった。

 

 ところが突然、ある閃きが俺を打った。


 この虫たちは、俺の裡から出てきたのではないか?


 いやいや、そんな馬鹿げたことがあるものか。

 俺が頭を振ってその考えを追い出そうとしたとき、また虫が一匹降ってきて、その山を高くした。

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