第2話
…何だ? こんなことは初めてだ。天井に埃が溜まっているのだろうか。そういえば、随分と長いことハタキをかけていないな。蜘蛛が巣を張ったのかもしれない。しかし、俺の頭上の天井は平らで、照明は離れたところに付いている。隅でもないのに巣を張れるような足がかりがあるとは思えなかった。
俺の視線は机の上を含めたままもう一度天井を這った。陰ってはいるが、汚れているようには見えない。手許のランプを引き寄せて上へ向け、あちこち照らしてみたが何も変わったところは見つからなかった。
次に俺は机の上に散った句読点のような点々を見やった。埃だとばかり思っていたが、そうではないかもしれない。まあ、こんなに細かければ、積もったところでたいしたことはなかろう。切りのいいところまで読んだら、雑巾で一拭きすればいい。それも面倒なら、ふっと一息、息を吹きかけてしまえばそれで済む。
どの道そんなものは俺の興味を惹かなかった。今までのところは。しかし、俺は今はもう、それまでのように無心に本を読み進められなくなっていた。テーブルの前に腰かけて、俺は未練がましく文字を目で追いながら、次に落ちてくるものを気にしていた。
読んでも読んでも文字の上を目が滑った。気がつくと、本から顔を上げて。天井から机の間の空間をぼんやりと見ていた。本に戻っても、あ、今、落ちた、と思うと、思わずそちらを見やってしまう。
埃は相変わらず振り続けていた。俺は今にもまたそれが落ちてくるのではないかと思って、じっと空間を見つめていた。何も考えず、ただ待ってみた。しかし、その間、埃は一度も落ちてこなかった。……ようやく落ち着いたらしい。
俺は溜め息を一つ吐いて読書に戻った。一体、何に気をとられているのだ。馬鹿々々しい。時間が勿体ないじゃないか、と自分を叱った。と、また埃が落ちてきた。
俺は再び空間を眺めた。今度は椅子を少し引いて背もたれに寄りかかって、糸目で天井から机までが見渡せる姿勢をとった。そして、何も考えずしばらくぼんやりとしていたが、何も起きなかった。
…きっとたまたま車が通りかかったかなんかして家が揺れたに違いない。でも、車の音なんて聞こえなかったな。そう思ったとき、ほつりと埃が落ちた。
「あ」と俺は心の中で声をあげた。ひとつの考えが意識に浮かび上がりそうだった。俺は埃の落ちてくる空間を視野に納めながら左片目で本も文字を追ってみた。
「多くのものを見るためには、おのれを度外視することが必要だ」
…自分が勘定に入ってしまうと、その分視野が欠けてしまうからだろうか。そう俺は思った。埃が一粒落ちた。
「一体認識者としてしきりに目を凝らしたりする者が、どうして物事の前景以上のものを見抜くことができようか!」
…近視眼的に見ていては、目の前のものしか目に入らないといっているんだろうか。俺はまた考えた。また一粒、埃が落ちた。
「おまえがおまえの星々をも眼下に見下ろすようになるまで!」
…世界を俯瞰せよ、ということか。それはそのほうが自分も自分を取り囲む周りもそれを包む宇宙も見えるようになるわけだし。今度は二粒だった。
しばらく空間をにらみつけた後で、俺は本を見ずに心の中で唱えた。
「この埃は、俺が何か考えた時に落ちてくるのではないか」
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