第4話

 俺は正気を保とうと必死になって次の考えを絞り出した。

 思考がいくら虫に顕現したところで、彼らの創造主たる俺がいる限り、怖がることはないじゃないか。ただ、こいつらを屑籠に放り込んでしまえば済むことだもの。

 ところが今度は、何も降っては来なかった。

 と、新しい考えが俺を貫いた。

 この虫は、俺の考えが当たっているときだけ生まれてくるのではないか?

 と、また一匹、虫が降ってきた。

 俺はぞっとした。

 なぜなら、恐ろしい予感、まだ言葉になる前の恐ろしい考えが浮かびそうになったからだ。

 俺はそれを考えるまいとした。

 しかし、無駄だった。


 奴らは俺の裡から外界へ這い出た俺の思考そのものなのではないか。

 だとしたら、俺の考えがこのおぞましい虫になった分、俺は虚ろになっていくのではないか。

 今度は虫は二匹降ってきた。

 俺は恐怖した。

 何故この虫、いや、俺の考えは外に出たがっているのか。何のために?

 洞窟のような暗い体内を嫌って外界の明るさを求めたのだろうか。生命を得てしまったものの本能か。それにしても、一体どうやって考えが命と体を持つに至ったのだろう…。


 俺は目まぐるしく考えた。が、疑問ばかりが渦巻いていくだけで、ひとつの答えも出て来てはくれなかった。

 とにかく俺の中にいるのが都合が悪くなって、居心地のいい場所を求めた結果なのだろう。生き延びようとしただけなのだ。

 だが、このままいったら、俺はどうなってしまうのか。

 死ぬのか、抜け殻になって、廃人となって生き続けるのか。


 俺は考えることをやめようとした。

 が、もう、機械仕掛けのように習慣として身に付いた「考えること」を止めることはできなかった。

 俺は恐怖に鷲掴みされた。

 どうなってしまうかわからないことが、ますますその恐ろしさに拍車をかけた。

 磨き上げた思考力は、恐怖をさらに大きく育てるだけだった。


 俺は自分の行く末が破滅にしか至らないという恐ろしさの余り、ゆっくりとよく考える余裕を失い、思わず反射的に右手で虫をかき集めてほおばり、飲み込もうとした。

 失われた俺自身を再び裡に取り戻そうとして。


 俺の姿をした虫たちは口の中でぞわぞわと動き回り、出口を目指して喉の奥に向かって鼻の穴を目標に進み始めた。

 俺はとっさに戸棚に走りよると、たまたま目についたブランデーの瓶を取り、ふたを開けるのももどかしく、瓶の口から直接、強い酒を飲み下した。水でも飲むようにごくごくと、喉を鳴らして。

 …虫の群れが鎮まり、喉を通って胃に落ちていく気配がした。…


 終わった……。これでもう、大丈夫だろう。

 俺はようやく安心して、何度も大きく息を吐いた。


 しかし、胃に収まったはずの奴らは、暫くすると、鎮まるどころか元気よく胃の中を蠢き始めたではないか!

 ブランデーのアルコールが気付け薬となったのだ。


 しまった! と俺は思った。

 痛恨のミスだ。ブランデーではなくオリーブオイルにすべきだったのだ。 

 耳に飛び込んだ羽虫を、オリーブオイルを注いで殺して取り出す話を聞いたことがあったではないか!

 しかし、もう遅かった。

 俺の裡側で蠢き始めた虫たちは、もう、かつての俺の一部なんかではなく、別の意思と目的を持った、全く違う生き物になっていた。

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